
渋谷が空っぽだった
今日、渋谷に行った。
電車で通過することはあれど降りたのはいつぶりだろう。
人混みが苦手な私ではあるが、スクランブル交差点を渡る時はカメラを構える外国人に"Japanese Ninja"としての横断術を見せつけようと心掛けている。
それでも渋谷はいつまで経っても怖い。
チャラチャラした人に絡まれて、いつカツアゲされるのかと怯えている。
だから、できるだけ長居しないようにそそくさと用事を済ませるわけだが、今回は映画のBlu-rayを探しにTSUTAYAを目指した。
一時期は大変お世話になっていたシブツタにもリニューアルされてからは初めて行った。スタバは相変わらずあったが、他のフロアはガラッと様変わりしていた。
何もなかった。
映画のBlu-rayはもちろん、CDや雑誌も人気のトピック以外は全然なかった。まあ、以前も本屋にはなりきれないくらいの本しかなかったが、買うに困るほどではなかった。
好評発売中のアイドルの展示なんかは引き続きあったし、男性女性問わず多くの若者が群がって写真を撮っていた。
それは私も通った道なので羨望の眼差しで見ていたが、上の階層に行くとラウンジという名の漫画喫茶が大部分を占領して、イベントスペースでは街コンのようなものが行われていた。
何もなくなってしまった。私にとっては。
フィギュアやパネルやVR体験スペースなど、ある人にとっては夢の空間かもしれないが、私にとっては虚無の空間だった。
東京ではお金を払ったとて、ゆっくり座ることもできないくらい場所がないとされているので、渋谷TSUTAYAも場所に価値があるのはわかる。渋谷の一等地でゆっくりお話しできるのは大変価値があるのかもしれない。
でも、ただ、場所があるだけだった。
とびきり美味しいコーヒーがあるわけでも、特徴的な品揃えの本が集まっているわけでも無い。もちろん映画のBlu-rayは1枚もない。
そこには何の価値も感じられなかった。
これはシブツタだけではない。
そのすぐ近くには複合施設の程をした只のカフェがたくさんあった。多様化する消費者のニーズに対して応えるべく、種々様々なコンセプトを詰め込んだ結果、"なんでも出来るよ"という自由空間の提供という身も蓋も収益性もない空っぽ空間があるだけだった。
表層だけみれば只のカフェにしか見えない場所を、そうじゃないと壁面にデカデカとメッセージにするしかないのは、もう敗北宣言では無いのだろうか。もうよくわらないので、何も作れませんでしたという諦めにも感じる。
もちろん認知的な効果などブランディングとしての役割を期待してのことだろうが、日本の都市の中でもトップクラスの規模を誇る渋谷が私にとってはもぬけの殻になっていて、渋谷にもう用事はなさそうだった。
どこもかしこも広告に埋め尽くされているのは渋谷に限ったことではないし、ビルが密集して大衆が行き交う姿こそ"日本らしさ"かもしれないけど、それは外部からの見え方であってそれに迎合する必要はあるのかな。
渋谷が悪いんじゃ無い。
私がただ苦手なだけ。
いつまでだって、渋谷が誰かの居場所であってほしい。
私の居場所ではなくなっただけ。
そして、映画のBlu-rayは全然売ってなかった。
「シブツタ DVD どこいった」で検索した。
タワレコにちょっとあったけど。
もう寒いし、お家に帰ろう。
家でAmazonで探そう。