【雑記】付き合ってよ
付き合ってよ。
ひと月ほど前、ある女性とセックスをした。
会うのは、その日が2回目。
最初に会ったとき、あまりに「いい女」で驚いた。
「いい女」は少し失礼だが、それしか形容できない女性だった。
しかも、とても面白い ──。
会うまでは、そんな想像を、全くしていなかった。
話して楽しそうだったが、容姿はほとんど期待していなかったのである。
2度目が勝負と思って、東銀座の店を予約し、ホテルも取っておいた。
失敗したら、バーでも行って誰か女性の同情でも買おう、そう思ってた。
しかし、そんな手は使わなくて済むことになった──。
◆やつが来た
彼女が明け方に部屋を出た後、やつが来た。
心に残る女性と会った後、はたまた重要な取材やプレゼンなどの大きな仕事の後などに、やつはときたま現れる。
カンカンカン、カン!!♪
「お前、やっとんなー。また、やっとったでw!」
なぜか、ニューヨーク・ダウの取引開始のベルの音のような音が出囃子だ。
僕と同じくらいのオッサンで、なぜか、どぎつい関西弁。
しかも、デリカシーがない。
彼は、僕の脳内にいる言語検閲官、ケンちゃんである。
ケンちゃん「お前、彼女に『付き合ってよ』とか、言っとったでw」
けいすけ「もう、うるさいなー。眠いんですけど」
ケンちゃん「いろいろ恥ずかったわー。『付き合ってよ』ってなんやねんw まあ、ええわ。ほな、軽めなとこから行こかw」
けいすけ「もうすぐ朝で、仕事なんで、帰ってもらっていいですか」
ケンちゃん「帰られへんて。お前の中におるんやからw で、まず、これや。この部屋入ったばかりのときの会話、思い出してみぃ。お前が何もせんと、ボケーっとしとるから、彼女が気い使って言ったセリフや」
ケンちゃん「まず、会話が成り立っとらへんやんかw 会話はキャッチボールやで!笑 それと、お前、その後、彼女にキスしたな。きっかけ、彼女にもろうとるやんけw」
けいすけ「ほんと、うっさいな! 勘弁してもらえます?」
ケンちゃん「あかん、あかんw まだ、序の口やで。お前、飯食ってた時から数えたら、『いい女』って5回、言うとったわ。彼女に『そればっかり』とか言われてたやんw」
けいすけ「うるさい、本当にそう思ったから、思ったままを素直に言っただけです!」
ケンちゃん「思ったら言うんかw お前の語彙力は小学生レベルかw 『おいしい』『おいしい』『おいしい』って、初めてスシロー行った小学生かいw 今日から毎日、講談社の『類語辞典』を1日1ページ暗唱しろやw」
けいすけ「お前、本当に最低だな……」
ケンちゃん「怒るなんて、まだまだ早いわ。お前、ベッドの上で行為中に『こういういい女って、捕まえとくの大変。すぐどこか行っちゃう』とか、言うてたやろww」
けいすけ「やめろー!! それ以上、言うな!!!」
ケンちゃん「だから、カメラをPOV(ポイント・オブ・ビュー;主人公目線)にすんのやめろって、いつも言うとるやんか。お前、顔が東京03の角田なんやから、そんな台詞、似合う訳ないやん。イケメンが言う台詞やで。カメラ、引かんと。ずーっとずーっと引いて、客観的に見んとあかんわ、自分」
けいすけ「うるせぇなー! お前、検閲官だろ。いつも、事後に登場するけど、俺が変なことを言う前に止めるのが、お前の本来の仕事なんじゃないの? お前が無能だから、俺がいろいろ失言するんでしょ。仕事や会議とかでの失言も、お前のせいじゃん!」
ケンちゃん「いきんな、ボケ。いきんな、角田w」
けいすけ「ほんと、お前、むかつくわー。角田さん、いいじゃんか。大人でかっこいいじゃん!」
ケンちゃん「ほな、メインいくでぇー」
けいすけ「いい加減にしてくださいよ……」
◆付き合ってよ
ケンちゃん「『付き合ってよ』って、なんやねんwww」
けいすけ「はいはい、そのまんまの言葉ですけど」
ケンちゃん「まず、お前、妻子いるやん。意味わからんわ」
けいすけ「いや、だから、その……、何て言うか、それだけ、いいなーって思ったというか、1回だけじゃなくて、この先、少し関係を深めたいと思っているということを言い表したかっただけ!」
ケンちゃん「お前は中坊かw。『好きです。僕と、付き合ってくださーい』って、校舎裏かw」
けいすけ「ほんと、うるさいなー。単なる気持ちの表現です!」
ケンちゃん「で、相手も既婚者で、いい大人どうし、付き合って、どうするん? 先の展望もないのに」
けいすけ「いや、だから付き合うっていうのは言葉の綾で、ある程度、頻繁に連絡し合ったり、定期的にご飯行ったりとか、そういうふうにしたいってこと! そんな感じでしょ! わかるでしょ!」
ケンちゃん「ご飯だけかい?」
けいすけ「いや、そりゃ、するけど」
ケンちゃん「先の展望もないのに?」
けいすけ「でも、まあ、既婚者どうしはそういうもんでしょ」
ケンちゃん「そんじゃ、何かい。ワレは、つまりは定期的にセックスしよ、つーたんかい。そういうことやろ」
けいすけ「いやいや、そういうことじゃない……」
ケンちゃん「いやいや、とどのつまりはそういうこっちゃ。ほんで、しかも彼女に『付き合わなくてもよくないですか?』って、言われとったやんwww めっちゃ、その通りやんwww」
けいすけ「もう、やめろっ!!」
ケンちゃん「で、あれやん。彼女、年下の彼氏とそろそろ別れるつもりとか言うとったやん。ほんで、お前が『今度はどんな彼氏にするの?』とか、聞いてたやん」
けいすけ「……」
ケンちゃん「そしたら、彼女、『今度はエスコートしてくれる年上がいいかな?』とか、言うとったやん。話の流れ的に、完全にお前やないやん♪w」
けいすけ「うるさーい! 分かっとるわ! 彼氏になれるとも思ってないし、そんな気もないわ!」
ケンちゃん「頭悪いやっちゃなー。じゃあ、お前が言うたのは、旦那と彼氏とは別に、定期的にご飯食べて、ついでにセックスさせてくれへん?って言うたってことやで」
けいすけ「……そういうことじゃない! うるさい、もう消えろ!」
ケンちゃん「ほんま、詰めの甘いやっちゃで。エレベーターでコーヒーをぶちまけるし、いびきストッパ買うのも忘れるしなwww ほな、またくるわ……」
* * *
人間の心は、意識と無意識という2つの構造に分かれていて、人間は自我を脅かすような気持ちや感情を抑圧し、無意識に押し込めることによって、自我を防衛している。
そう説いたのは、精神分析の始祖、ジクムント・フロイトである。
けいすけは、脳内言語検閲官のケンちゃんを、もとの住処である無意識に追いやった。
「ふう、もうだいぶ明るくなってきた」
銀座の空にも、そろそろ朝日が昇りそうである。
「とりあえず、美味しいご飯、用意するか──。次は、麻布十番の焼き鳥屋か、恵比寿の寿司か、目黒のイタリアンか──」
そろそろ会社に行かなければならない。
また、日常に戻らねば。