「助けてくれないなら死んでやる」と言われました、どうしたらいいですか?
「どうする?」
質問を読み上げたわたしは訊ねる。彼女は小さな頭をことん、と、絵に描いたようにかしげる。
「あなたが言うの?」
「わたしでもいいけど。たとえば、わたしが、絶対に一緒にいて、とあなたに言う」
「いるけど」
「出かけないで、いつも一緒にいて、ごはんの途中でいなくならないで、外に出ないで」
「やだ」
「やでしょう。でもそれをしてくれないなら、わたしは死ぬ」
「死ねばいい」
簡潔に彼女は言う。それから眉をひそめて「うそ。死ねばいいとは思わない」と言葉を続ける。
「ありがとう」
「でも、ばかだと思う。だって、いなくなるよ」
「知ってる」
「それが嫌なら、さいしょから、友達にならなければよかった」
彼女は友達、という言い回しを随分気に入ったらしく、近頃ときどき使う。
彼女はわたしの部屋に住み着いている架空の同居人で、わたしは彼女の生活に踏み込まないし、彼女もわたしの生活に踏み込まない。わたしの人生相談員としての、あるいは神様としての業務は順調で、わたしの部屋には彼女以外の架空がいくにんも出入りするようになる。それを彼女は許容する。「わたしはあなたの友達だから」。
「でもあなたは、わたしが病気で寝ているとき、そばにいてくれたよね。あのとき、絶対にそばにいて、とわたしが言ったとしたら、どうだった?」
「どうせそばにいるのにばかだねえ、って」
「思った?」
「思った」
「ばかだねえって思えてるうちは、たぶん、ちゃんと、友達のままで、でも、そばにいてよ、当たり前でしょ、そうじゃないと困る、死んじゃう、になったら、それはもう、友達じゃない、気がする、わたしは」
「うん」
わたしたちはソファに並んで腰かけている。彼女はペディキュアを塗った爪先を引っ張りながら、あいかわらず首をかしげている。
「それがもっと進んで、自殺します、って言われる」
「言われるの?」
「相談してくれたこの人は言われた。わたしも言われたことがあるよ」
彼女は顔をしかめる。わたしがすこし笑うと、彼女はさらに顔をしかめる。
「自殺をされるのはいやだ。でも、わたしのせいじゃない。死んでほしいとは思わない。でも、わたしがいないと死ぬという。優先されるべきなのはこのとき、『何』だろう」
「『誰』じゃなくて」
「うん。できればふたりで生き延びたい」
彼女はさらにいやそうな顔をした。
「……やっぱり、ひとりで死ねばいいよ。関係ない」
そうだね、とわたしは言う。
「関係なくなるしかないんだと思う。そうなったら。だってできないことを求められてる。絶対に無理なことをしてほしいって言われてるんだから、それは無理です、無理だとわかってもらえないなら、無理だとしか思えないくらい遠ざかります、って答えるしかない。わたしはあなたに死んでほしくない。でもわたしだって死にたくない、本当は無理なのにそれを遂行しろと求めるのは『わたしの代わりにあなたが死んで』というのと同じことだよ。ふたりでいるとどちらかが死ぬしかなくなるんなら、ふたりでいるのをやめるしかないね」
「死ぬの?」
彼女は少しだけ腹を立てているような声で言った。わたしはまたすこし笑った。
「……何かが犠牲になることで解決するものなんてない。ほんの一瞬何かが満たされるだけで、いつか無理が来て全部が終わる、それを少し延命する機能があるだけ。だれも犠牲にならないほうがずっといい。その方法を、考えるべきだった」
わたしは過去形を使う。わたしもそれを言われたことがある。多分。彼女は息をついてわたしから目をそらして、目を伏せる。
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