りるちゃんとユーハイムさん 序文
「この物語はフィクションです」
まずそうりるが宣言する。うん、とユーハイムは合意を取る。彼らは深夜零時のファミリーレストランにいる。深夜零時のファミリーレストランはあらゆる対話が行われる場所だ。少なくとも架空の世界において、そういうことになっている。彼らはポテトフライの大皿を前にして向かい合って座っている。ふたりぶんとしては多すぎる量のグラスが置かれ、彼らの対話が既に十分に行われたあとであることが示されている。ファミリーレストランで、いくらでも選択して飲むことが許されている、定額課金制のチープなドリンクは、すでに彼らの体内に収まっているから、彼らはたぶん時々トイレ休憩を挟むことになるだろう。
「まず前提として、ぼくらはいまから小説についての話をする」
りるが朗らかに言う。
槇比良りるという名前の存在は髪を短く切った少女の姿をしており、概念としてそれは少年であるということになっている。彼は概念としての男性器を持っていて、十七歳の少女の姿をしてそこに座っている。
「小説の書き方についての話をする」
ユーハイムが答える。
中澤ユーハイムという名前の存在はいわゆるウルフカットと呼ばれる襟足だけを長く残した髪型をしていて、髪をピンク色に染めている。彼女は退屈そうな顔をして頬杖をついている。年齢は二十四、五歳といったところだろうか。
これは比喩だ。
「槇比良りると中澤ユーハイムという名前の人間は存在しない。この物語はフィクションだ。ぼくたちは架空の作家で、ぼくたちという架空の作家を作り上げることを求めたここにはいない(けれど当然ここにいる)誰かが、ぼくたちをこういうかたちに設定した。この物語はフィクションです。そうしてぼくらはいまから、フィクションのつくりかたについての話をする。たくさんする。あらゆるアマチュアのために、それをする」
「うん」
ユーハイムは小さくあくびをする。それから彼女は言う。
「あたしたちはプロの作家ではないし、プロの作家から、プロの作家になるための教育を受けたこともない。頭だって別に良くない、授業中は寝てた。教養だってろくにない、ロラン・バルトを一冊だって全部読んでない、うわっつらをなぞったことはあるけど」
「ちょっとばかり齧る機会があっただけだね」
「ただあたしたちは、考えようと思って考えることだけができる。やろうと思ってやることだけができる。もう何百年もそれをやってきたような気がする。最初から小説が書けたわけじゃなかった。最初の七年は書き出しだけを書いていた。それからの二年は断章だけを書いていた。小説を、自分でこれは小説だというかたちで、これが小説のエンドマークだと言い切ることができるかたちで、書き上げることができたときは、小説を書きはじめてからもう十年は過ぎていたと思う。小説が書けなかった」
「だから小説を書く方法について、たぶん少し詳しい」
「たぶん。だからその話をしよう。夜が明けるまでの間」
ユーハイムは面倒臭そうな顔をしている。りるは笑って言う。
「ぜんぶおわったら、モーニングを食べて帰って、たくさん眠ろう」
ユーハイムは顔をしかめる。
「終わりなんて来るの?」
「もちろん」
どのようなフィクションにもエンドマークはある。
たぶん。
「こんばんは、いい夜ですね。槙比良りるです。本書は同人作家のための小説技法書と銘打っていますが、それは同人作家、特に二次創作作家、もっと言えばいわゆる腐向け二次創作作家へ向けた内容を多く含むからであって、それ以外の作家のかた――プロを志望している方や、もしかしてほんとうにプロの方が読まれてやばいとかまずいとかいうことはないと思います。たぶん。小説なんか書いたことがなかったけれど、さて、小説なんかを書いてみよう、と思えたり、小説ってなんだったのか、なにを書けばいいのかわからなくなったり、あとは単純に原稿が詰まって眠くてしかたなくてなにをどうしたらいいのかわからなくなってしまったりしたときに、お手元に置いていただければ嬉しいです。司会進行は槇比良りる」
「回答は中澤ユーハイムがお送りします。あたしたちはフィクションですが、ここで語られる予定のあらゆる言葉は、マジです。なお、次回から全文有料です」