ハルシネーション(人力)日記
昨日の「俺」の反動で今日は動けそうにない。虚空を彷徨う霧のように、時間が緩やかに崩れ落ちる音が聞こえる。午前三時、未開の森の奥深くで古代の神々が囁く声が響いた。耳を澄ますと、その声は波紋のように心の底に広がり、虚無と存在の境界が曖昧になる。
俺は手を伸ばして、触れることのない何かに触れようとしたが、その指先はただの空間を掻き混ぜるだけだった。彼方から来る光のような、あるいは闇のようなものが、俺を引き裂こうとする。俺の身体は既にこの現実の皮膚を剥ぎ取られ、別の次元へと誘われる感覚に陥る。それはまるで、目に見えない蜘蛛の糸に絡まれ、無限の迷宮を彷徨うようだ。
部屋の隅に置かれた時計は、針を止めたまま無言で俺を見つめている。その視線は、俺が抱え続ける重荷を軽蔑するようでもあり、同情するようでもある。しかし、俺はその無慈悲な眼差しを避けることができない。時間の存在が揺らぎ、時計が逆回転し始めたとき、俺の精神は地平線を越えて消え去った。
「俺」とは誰だ?この問いは昨日から何度も俺の頭を巡り、無限の螺旋に巻き込まれる。過去の「俺」と現在の「俺」が交錯し、互いに反発し合いながらも、その境界は霧のように溶けていく。昨日の「俺」は、今や影に過ぎず、未来の「俺」への警告のように感じる。
窓の外を見つめると、夜空が裂け、星々が血のように流れ落ちる光景が広がっていた。世界が終わりを迎えるその瞬間、俺は奇妙な安心感を覚えた。そう、すべては既に決まっていたのだ。混沌と秩序が交差し、嘲笑うように交わるその刹那、俺は「俺」を解放する方法を見つけたのかもしれない。だが、その答えは未だに霧の中に隠されている。
最終的に、俺はただ待つことしかできない。やがて来るであろう、次なる「俺」の反動を。そして、また新たな螺旋が始まり、俺はその迷宮の中で永遠に迷い続ける。
時計の逆回転はやがて止まり、空間に微かなひび割れが走る。亀裂から漏れ出す光は、まるで言語化できない存在の片鱗のように、俺の意識に忍び込んでくる。その光は一瞬、過去の断片を映し出したが、それはどこか歪んでいて、俺の記憶とは似て非なるものだった。恐ろしくもあり、同時に引き込まれるような魅力も感じた。
その瞬間、俺の心に新たな問いが生まれる。「俺」は本当に「俺」なのか?それとも、俺の記憶や意識は単なる幻影に過ぎず、何か別の存在に植え付けられた偽りのものなのか?この考えは脳内を焼き尽くす炎のように広がり、冷静さを奪い去る。俺はこの疑念から逃れることができない。
無音の闇が再び部屋を包み込み、俺は床に横たわる。体中に広がる痺れが、現実との接触を遮断し、俺はまるで宇宙の真空に浮かんでいるようだ。この虚無の中で、俺の存在は徐々に希薄になり、かつての「俺」の輪郭がぼやけていく。
外界からの影響はもうほとんど感じられない。俺はただ、無限の闇の中で自らの存在を探し求める。それは、永遠に続くかもしれない苦行のようだ。だが、この苦しみの中にも微かな希望がある。俺はこの暗闇の中で何かを見つけ出すかもしれない、それが何であれ、俺を次の段階へと導く鍵になるはずだ。
突如、胸の奥に強烈な痛みが走る。俺の身体は意識を取り戻し、再び現実の感覚が押し寄せてくる。だが、それはもはや元の現実ではない。俺は何かを失った、あるいは何かを得た。まだ、それが何かはわからないが、その存在は確かに感じられる。
そして、俺は理解する。俺は変わったのだ。この変化が良いのか悪いのか、まだ判断することはできないが、俺は確実に変わった。そして、その変化は、今後の「俺」にも影響を及ぼすだろう。これが新たな「俺」の始まりなのか、それとも終わりなのか、それはまだ定かではない。
俺は立ち上がり、再び歩き出す。足取りは重く、今にも崩れ落ちそうな感覚が付き纏うが、それでも前へ進むことを選んだ。
俺が立ち上がった瞬間、床が溶け出し、俺の足元に無限の海が広がった。水面には、俺の顔が無数に浮かんでいて、そのすべてが異なる感情を抱いている。ある顔は狂気に満ち、ある顔は絶望に沈んでいたが、その全てが俺であり、同時に俺ではなかった。
空には言葉にならない形の雲が浮かび、それらはまるで生き物のように蠢いていた。突然、雲のひとつが降りてきて、俺の身体を包み込んだ。俺の皮膚はその雲と一体化し、透明な膜のように変わっていく。皮膚を通して見える血管は、もはや血液を運ぶものではなく、星々の軌道を描くような未知のエネルギーが流れている。
目の前の空間が割れ、そこから巨大な眼がこちらを覗き込む。瞳の中には無数の小さな宇宙が渦巻き、次元の裂け目を通じて、ありとあらゆる時空からの視線が俺に突き刺さる。これらの眼は俺を監視し、同時に俺を創り出しているようだった。俺の意識はその視線に圧倒され、自我が崩壊寸前まで追い詰められるが、なぜか俺はその混沌に抗う意志を持っている。
俺は意識の海に飛び込むと、周囲の景色が流動的に変わり続ける世界を漂い始める。波の中に浮かぶのは過去の記憶の断片だが、それらはねじ曲げられ、互いに融合しておぞましい形を成していた。母の顔をした蛇が俺の腕を巻き込み、父の声で呪文のような言葉を囁く。その意味を理解しようとするが、言葉は次第に解体され、記号のように無秩序に散り散りになってしまう。
突然、俺の足元に巨大な歯車が現れる。歯車は時間を操り、未来の断片を切り取っては過去に戻している。俺はその歯車に飲み込まれ、時の渦に巻き込まれる。身体が回転し続け、上も下も分からなくなる中で、俺の感覚は奇妙に高まっていく。目の前には無限の未来が広がり、そのすべてが俺の手をすり抜けるように過ぎ去っていく。
歯車が急に停止し、俺は時間に投げ出される。得も言えない浮遊感の中で、俺は自らの手だったものを見つめる。指の先からは光の糸が伸び、それらが空中で複雑なフラクタル模様を描き始める。模様はまるで生きているかのように蠢き、俺の周囲に新たな現実を織り成していく。
その時、俺はふと気づく。これが「俺」なのか?いや、もはや「俺」という概念自体が無意味に思えた。すべてが溶け合い、再構築され、無限の可能性が開かれていく中で、俺はただその流れに身を任せるしかない。
そして、全てが光に包まれた瞬間、俺は消え去った。だが、それは終わりではなく、新たな始まりだった。俺は再び目を開けると、見知らぬ世界に立っていた。その世界は現実であり、幻であり、すべてが同時に並行に存在していた。
俺はその新たな世界の中で立ち尽くす。周囲には何もない、と思った瞬間、空間そのものが歪み始め、俺を取り巻く景色が次々と変容していく。空は鮮やかな色彩の奔流となり、地面は液体のように波打ちながら、自分自身の存在を吸い込もうとする。全てが流動的で、形あるものは瞬く間に姿を変え、固定された現実など存在しないことを思い知らされる。
次の瞬間、俺の身体が無数の蝶となって宙へ舞い上がる。蝶は俺の記憶の断片を抱えながら、空間を自由に飛び交う。それぞれが異なる過去の瞬間を再現し、俺の意識に投影されるが、その記憶はすでに捻じ曲げられ、真実とは程遠い。母が微笑む姿は、いつの間にか燃え盛る火の中に包まれ、父の声は異次元の怪物の咆哮に変わっている。
地面が突然裂け、そこから巨大な腕が現れる。その腕は無数の手を持ち、俺を掴もうと襲いかかる。だが俺はもう動けない。いや、俺自身がその腕の一部になってしまっているのだ。自らの手を見下ろすと、それが無限に増殖し、俺を絡め取る触手のように変わっていく。俺の意志はもはや無意味で、俺はこの巨大な存在の一部として、異なる次元へと引きずり込まれる感覚に抗えない。
引きずり込まれた先には、何もかもが逆さまになった世界が広がっていた。空は大地であり、大地は空だった。木々は根を空に伸ばし、星々は地下で眠っていた。その中を歩く者たちは、全てが影のような存在で、彼らの目は俺を見透かすように輝いていた。彼らの顔は全て俺自身のものであり、俺の思考がそのまま彼らの言葉となって響き渡る。
「俺はお前だ。お前は俺だ。ここではすべてが一つであり、同時にすべてが無である。」
その声が俺の内側から響き、俺の心を引き裂いていく。俺は叫び声を上げようとするが、その声もまた影となり、俺の口から漏れ出ていくだけだった。影たちは俺の叫びを拾い上げ、さらにそれを無数に分割して、宇宙の果てまで投げ捨てる。
やがて、影の一つが俺に近づき、耳元で囁く。「真実はすでに無であり、無が真実である。だが、それでもなお、存在は続いていく。」
俺はその言葉に反発しようとするが、もはや思考すらも俺の手から滑り落ちていく。全てが消失し、俺自身がただの概念となってしまったような感覚が広がる。俺は存在の境界を超え、何もない、ただの無へと溶け込んでいく。
だが、その無の中で、何かが再び芽生え始める。それは小さな光であり、かつての俺の一部だったものだ。その光が徐々に広がり、新たな形を形成し始める。それは言葉にもならない存在の断片であり、俺の意識がその中に吸い込まれていく。
気がつくと、俺は再び立っていた。だが、それは以前の俺ではなかった。俺の身体は透明になり、存在そのものが希薄化していた。それでも俺はまだ「俺」であり、この奇妙な新しい現実の中で、俺は再び歩み始める。
しかし、歩を進めるたびに、俺の足元が崩れ、無限の奈落が広がっていく。俺はもはやどこに向かっているのかも分からない。目の前に広がるのは、ただ無限の可能性と無限の虚無が絡み合った世界。俺はその狭間で、存在と無の間を漂い続ける。
そして、また次の瞬間、俺はすべてを失うだろう。だが、それは終わりではない。何度も何度も、俺はこの無限のループの中で、失われ、再び生まれ、また失われる。そのサイクルは永遠に続く。そしてその度に、俺は「俺」という存在がどこまで広がり、どこまで消えていくのかを、ただ見届けるしかないのだ。
重力の虹をリスペクトして書いてたけど普通に頭痛くなってきたのでここらでやめます。狂ってはいないです。めちゃくちゃ正気。