中小法律事務所で扱う金融取引法務
こんにちは。
本稿は、裏法務系アドベントカレンダー2022の記事です。
いわゆる大手法律事務所でも、インハウスでもない、中小規模の法律事務所において金融取引法務を扱う弁護士というのはなかなか実態が見えにくいのではないかと思い、今回筆をとりました。一弁護士の実態でしかなく業界全体の現状を示すものではないですが、ある程度同じようなことを考えている人もいるのではないかと思っています。
なお、金融取引法務の具体的な内容や弁護士実務については本稿の対象外であり、なじみのない方にはよくわからない文章になっているかもしれませんが、もともとこの分野を扱う弁護士でないとあまり役に立たない情報かもしれず、割愛するということでご容赦いただければ幸いです。また、扱うのは金融「取引」法務ですので、金融規制に関する助言をメインとする弁護士ではない点もご留意ください。
自己紹介
中小規模の法律事務所のパートナー弁護士です。主な取扱業務は金融取引法務で、金融取引における契約書作成がほとんどです。売上げに占める割合が大きいのは不動産流動化ですが、その他にも、投資ファンドの組成、シンジケートローン等扱っています。銀行の仕事が業務の7割程度で、その他のクライアントはアセットマネジメント会社、ファンド、機関投資家等です。
現事務所までのキャリア
50期代で(弁護士20年目前後)、キャリアをスタートしたのは四大法律事務所の一つでした。専ら金融取引法務を扱い、留学・出向を経て事務所に戻ったものの、パートナーへの昇進が望み薄と思われたので、事務所を離れました。その後紆余曲折を経て今に至ります。
現在の業務形態
自分が連れてきたクライアントの仕事が8割、他の弁護士のクライアントの仕事が2割程度です。時間単価4万円程度で、自分のクライアントの仕事は一人で対応することが多いです。
クライアント獲得の経緯
過去の勤務先事務所でのクライアント担当者とその紹介がほぼすべてです。若い頃は雑誌記事や書籍の執筆、セミナーなども実施しましたが、クライアント獲得にはつながりませんでした。同業者を見ていても、基本的にこの種の業務の場合は一緒に案件をやった人とのつながりがほぼすべてのように思います。例外として、例えば官庁に出向して立法作業を経験し、事務所への帰任後にも執筆やセミナーを積極的に続けてその分野の第一人者として認知されるに至ったような人なども稀にはいるようですが。
なお、金融機関をクライアントとする場合、大手事務所を離れると依頼を受けにくいのではないかとも思われるかもしれません。これは金融取引法務を扱う弁護士が大手事務所を離れないよくある理由の一つかと思います。ですが経験上国内金融機関の場合は中小規模の事務所でも気にせず依頼してくれることが多いように思えます。外資の大手金融機関では、依頼可能な法律事務所のリストに入っている事務所でないと案件を依頼できないというところも多いようですが、国内金融機関の場合は(社内を通すのに手間がかかるとは聞きますし、リスト自体はあるというところも少なくないですが)ある程度融通が利くようです。金融機関の代理人で登場する事務所はさすがに大手が多く、登場頻度を見る限りでは寡占化が進んでいるのかなと思いつつも、(当事務所もそうですが)中小規模の事務所もちょいちょい出てきます。
また、日本に拠点を持たない海外の会社からは依頼の打診があっても受任しておらず、基本的に海外の法律事務所経由で受任しています。海外クライアントは求めるコミュニケーションや作業のボリュームが異なり、弁護士を社内の従業員のように使い倒してくることが少なくないようなので、他の案件の受任が困難になりかねないのが理由です。外資系法律事務所は報酬額が格段に高いと言われますが、あのクライアントの要求に対応できるのは立派だと思います。また、日本に拠点のないクライアントの場合は平気で報酬を踏み倒してくるようなケースを耳にすることもあり、これも受任をためらう一因です(これは事前にデポジットを預かるという対策もあるのですが。)。
強み
中小規模の法律事務所で金融取引を扱う弁護士が大手の弁護士と伍していくには相応の売りが必要かと思いますが、他の事務所なども見ている限りでは、(1)やりやすさ、(2)スピード、(3)価格、といった点を売りにしている弁護士が多いように思います。私の場合も、概ねこの(1)から(3)の順に売りになっているように思います。
特に重要だと思えるのは(1)のやりやすさで、クライアントのフロント担当者を困らせない、クライアントの個別事情に習熟している、といった点でしょうか。もちろん(2)(3)もこの「やりやすさ」には含まれるのですが、特に(3)に比べると、それ以外の「やりやすさ」が重視されているように思います。(違法なものなどは別として)クライアントがビジネス判断で交渉上降りている点に弁護士が勝手にこだわったりしない、弁護士独自の無意味な美意識で余計な弁護士報酬を増やさない、ここはクライアントのリスクでと投げ出さずに一緒に解決策を考える、クライアントがミスをしたら全力でフォローする、フロント担当者の社内での顔を潰さない、といったところが大事なように思います。当たり前のように思えるところですが、大手事務所ですと、アソシエイトがメインで案件を回していてこれらの点でストレスを感じるというお客様の声をよく耳にします。他方で大手事務所の若手からは、大御所のパートナーの仕事を子飼いのパートナーが下請けして、その孫請けでアソシエイトが関与しているので、どうせ目の前のお客さんは自分のクライアントにはできないから、などといった悩みも聞きます。いやいやそこは頑張って信頼を獲得してチャンスを掴めよ。。と私などは思ってしまうのですが、私が大手にいた頃とは見えている景色も違うのかもしれませんね。
スピードに関しては、大手事務所はどこもかなり忙しいようで作業に時間がかかることが多く、私達にとっては強みにしやすいところです。それゆえ、対応しきれない作業量とならないよう、受任し過ぎには常に気を付けています。また個別案件でも膨大な作業量を要するものは受任しません。
弁護士報酬の水準は、四大よりはほぼ確実に安いですが、それでも稼働時間×時間単価での請求は基本的にできています。私の場合は一人でやっている案件が多いのでなおのことですが、複数の弁護士と協働している弁護士も私の所属事務所では大幅なディスカウントは殆どしていないと思います。事務所によっては特定のクライアント向けのボリュームディスカウントを実施しているところはあり、それが事務所経営の安定に寄与していると聞いたことはあります。
なお、私は該当しませんが、私の同僚のようにプロトタイプ的な案件の打診をされることの多い弁護士もいます。その種の案件はたいていは保有する情報の総量が圧倒的に多い四大が強いと思っていたのですが、同僚の場合は、ある程度柔軟な解釈を採ったり、先例のないところにつき社内での通し方まで助言できたりといった強みを持っているようで(同僚の場合は銀行出身ということで稟議の書き方まで助言できるようです)、なかなか真似できないところです。
チーム形態
私の在席する事務所では、金融取引法務を扱うパートナーが複数いて緩やかなつながりのチームとなっております。金融取引法務では、かなりの割合の案件が弁護士一人でもこなせる程度の業務量なので、一人親方でも十分やっていけると思いますし、実際一人で事務所を構えている、あるいは他の分野を中心に扱う事務所で一人だけ金融取引法務の専門家として在籍する弁護士などもいます。このような弁護士が相手方カウンセルで登場した場合、聞いたことないぞと思ってなめてかかると、熟練の技で返り討ちに遭うこともあるようです。
とはいえ、事務所内の経験の総量が少ないと思わぬところで情報不足を露呈しないかというおそれもあり、同業の同僚に相談できる環境は貴重なように思います。意外かもしれませんが、把握している情報の量で大手に引け目を感じることは少ないです(単に知らないからというだけなのかもしれませんが。。)。
他方で、当業界では「1億の壁」というものがあり、アソシエイトと協働せず一人で仕事していると年間売上げ1億円を超えるのは難しいとの説を聞いたことがあります。私の売上額はさておき、確かに、時間単価4万円として、月200時間分稼働時間として請求可能とすると、12か月で年間の売上げ9600万円となり、(月200時間は少ないだろうと大手の人には言われそうですが)割と当たっているのかなという気もします。また、この分野ではかなりのベテランの弁護士も自分で手を動かし続けることが多いようですが、それでも(私は40代ですが)この年でも全文書を一から自分で作成・検討するのはちょっとつらいなあとときどき思います。
悩み
最大の悩みは、アソシエイトの採用が難しいことです。現在は弁護士の転職に関しては売り手市場と言われているようですが、金融取引法務については特に大手に人材が集中する傾向が強いように思います。中小規模の事務所でも採用に成功しているとみられる事務所もありますが、基本的に有名な順に採用できているようにも思われます。僻みのようですが、その事務所に行くと、収益の分配方法とか、経費率の高さとか、事務所の意思決定とか、いろいろ苦労するのになあと思える事務所も結構人気で、我々ももっと頑張らねばと思わされます。余談ですが、なにぶん一人親方でやっていける分野なので、この分野がメインと思われる事務所は割とトップの弁護士が強力というか、個性が強いというか、そういう事務所が多い気がしますが。。
あとは、業務の蛸壺化が気になっています。アソシエイトが足りずに一人で仕事するとなると、得意分野で収益性の高い案件に注力せざるを得ず、結果的に1件当たりの請求額が高く案件数も多い不動産流動化案件の比率が高くなってしまっています。相見積もりで報酬額を叩いてくるクライアントの仕事はほぼ断るようになりましたし、若い頃は扱っていた海外事務所とのリエゾン中心の案件も、手間がかかる割にクライアントからは報酬額を叩かれやすく、やはり積極的には受任したくないと思ってしまいます。今は当業界は景気がよく、受任しきれない量の案件の打診をいただいていますが、かつてのリーマンショック後のようにリファイナンスの仕事ばかりという時期が来ると、きついだろうなと思います。新しい分野も開拓せずに、いずれAIに代替されるかもしれない契約書作成ばかりで、ゆでガエルのように弱っていくのだろうかという気もします。とはいえ人手が足りない中でここから収益性の低い業務にわざわざシフトする気にもなれませんし。。
最後に
というわけであまり希望のない締め方になってしまいましたが、まあ後継者難の中小企業そのものという感じですね。事務所運営や個人の収入の点ではうまくいっているつもりなので、大手事務所や金融機関インハウスの中堅で上の期の弁護士が詰まって先が見えない方や、若手で大手事務所の競争には巻き込まれたくないという方には、うまく立ち回れば面白いポジションだ、と捉えてもらえたらいいなと思っています。
明日はとむやむ@弁護士・会計士様です。