〆の言葉は「明日彼女ができます」1話

2016年4月。
新年度が始まり、博多駅には
ぎこちないスーツ姿のフレッシュマンや
フレッシュガールが行きかっている。
普段なら暗い顔のサラリーマンも
新入社員のフレッシュさを感じ、
気合が入り、ちょっとだけ明るくというか
調子に乗ったようになる時期だ。
そんな活気を見るのが楽しいのだろう。
お天道様も暑すぎず、寒すぎない光を
福岡の街にもたらしてくれている。

僕、相垣魁(あいがき はじめ)は、
そんな中発生した、熊本地震の日に
彼女に振られた。
友達の紹介で知り合った彼女は
ヒールを履けば、身長163cmの僕にならぶ
くらいの小柄な、看護師の女性だ。
決してイケメンではないが、聞き上手の僕に
彼女は色んな愚痴を話した。
女の世界でよくある話や、
看護師特有の悩みを。
それを聞いて笑顔で応えた。
長男の僕は、甘えられるのが嫌いではなく
彼女は甘えたいタイプだった。
動物園に行ったり、野球観戦したり、
彼女の手作り料理を食べたりと
模範的なデートを繰り返した。
「デート童貞の為のマニュアル」
そんなものがあるなら、自分を
掲載してほしいくらいだ。
しかし、どこかでお互い本気でないことに
気づいていた。
事なかれ主義の僕は、自分から別れを
切り出さずに、
おままごとの延長みたいなことをしていた。
おままごとなんて、子どもだって
1時間もすれば飽きるのに
大人が飽きないわけが無い。
ということで振られた。

別れたからといって、
寂しくないことはないが、
学生時代のように、怒りと悲しみが吹き荒れる
ことは無かった。
ただ、フラれた日は仕事が休みだった。
なんなら、彼女の為に連休をとっていた。
やることが無いし、ちょっとは寂しいから
この話をして、なぐさめてもらおう。
なんていう女々しい考えで
会社に向かった。

僕が勤めている会社は、ウエディング系
なのでシフト制になっている。
そして、女性が多い。
男性は6人に対し、女性は16人。
僕は、男性陣で一番年下で
目尻にしわが寄る笑い方をするので、
お姉さま方から、可愛がられていた。
会社に向かう前に、
社内ネットワークで共有されている、
スケジュールをスマホで確認し、
男性上司がいないことは確認済みだ。

コンビニでチョコレートの
アソートパックを買って、
昼食時を狙って会社に着いた。

ちょうど休憩中だった、
2歳年上の柳瀬さんと、
3歳年上の青柳さんに話を聞いてもらった。

「彼女に振られちゃいましたー」
というと、青柳さんが
「え!早くない?」
「3ヶ月くらいです」
「でも、ガッキーすぐ彼女できるイメージ」
今度は、柳瀬さん。
(ちなみに、ガッキーは僕の会社でのあだ名)
「いやいや、1年半ぶりくらいの
彼女ですよ」
と僕が言うと、
「そうだっけ?笑」
こんな感じの話を、1時間程して
2人が仕事に戻るのと
同じタイミングで僕は会社を出た。

それでも、連休1日目の昼過ぎだ。
時間はありあまっている。
「飲みに行くか~」
会社から博多駅に向かって歩きながら、
心の声か、現実の声か
自分でも分からないくらい
すれすれの声で呟いた。

博多駅に隣接されている商業施設で
適当に時間をつぶして、
6時くらいに行きつけの焼き鳥や
勝軍(しょうぐん)へ向かった。
博多駅からバスで20分くらいの
別府(べふ)にあるお店だ。
僕の家から近いので、
1年くらい通っている。
赤提灯と黒板式の看板が目印の概観。
店内はカウンター10席、テーブル2つ。
キッチンスペースがお店の
1/3程を締めている。
店長の雄太郎さんは、
僕より4歳年上。
見た目はスマートそうだが、
周りから支えられているキャラだ。
でも、本当に「キャラ」で
実際は考えがしっかりしているし、
作る料理も美味しい。
部屋が汚かったり、酔っ払って
セクハラギリギリの行為をするくらいだ。

6時過ぎに店に入った。
ほかのお客さんは誰もいなかった。
「はじめちゃん、いいところに来た!
 ちょっと店番しよって!」
そういうと、雄太郎さんは
買出しに出かけていった。
(はじめちゃんは、僕の勝軍でのあだ名)
「はーい」
6時開店だが、仕込が終わるのは
6時半頃だ。
店番させられるのもいつものこと。
とりあえず、生ビールだけもらって
店番をしていた。

しばらくして、雄太郎さんが戻ってきた。
「助かったぜ~」
お客さんは誰も来なかったので、
プロ野球速報のアプリ見ながら、
ビール飲んでただけだ。
「ゆうたろうさん、今日は1人ですか?」
「うん。なっちゃんは実家が熊本やけん
しばらくは来れんし、新しいバイトは
全然決まらんのよね」
勝軍は店長の雄太郎さんと
アルバイトのなっちゃん。
彼女は要領も愛想も良く
気が利く大学生だったが、
しばらく、バイトに入れそうにない。
以前から、バイト募集はしていて
何人か連絡もあったらしいが、
面接当日に来なかったり、
1日出勤して連絡がつかなくなったりで
なっちゃん頼りになっていた。
でも、お客さんの大半が常連で
クレームが起こることは
めったに無かった。
料理が遅くても、常連同士で話せれば
何の問題も無いのだ。

雄太郎さんから「書いといて」
と、オーダー用紙とボールペンを渡された。
自分の注文を自分で書くのは、
この店の常連でも僕だけでは
ないだろうか。
最初は、「忙しいから書いといて」
という流れで、自分で書くようになったが、
いつしか僕の注文は僕自身が書いている。
でも、この常連感は嫌いではない。
串を数本と明太豆腐グラタンを書いた。
ビールも飲み終わりそうだったので、
ビールと正の字の2画目まで書いた。

「雄太郎さん、お願いします」
「はいよっ」
残ったビールを飲み干して、
オーダー用紙と空のジョッキを差し出した。
最後に飲み干したビールが意外に多くて
食道に炭酸がまとわりついた。
焼酎にすればよかったなと、
少し後悔した。

「はーい、生お待ち」
「ありがとうございます」
ジョッキを受け取りながら
物々交換するように
「僕別れました」
と言った。
『振られました』と言わなかった
ことに自分の変なプライドを感じた。
雄太郎さんはニヤニヤしながら、
「えへっ、何で?」
と聞いてきた。
ニヤニヤとは雄太郎さんの為に
あるんじゃないかと思うくらい、
ニヤニヤが似合う。
別れた経緯云々を話すと、
「まっ、そういうこともあるよ!
 はい、豚バラとハツ」
と軽い感じで返してきて、
ずっとニヤニヤしていた。
でも、不思議とこのニヤニヤと
軽い感じが魅力に思えてしまう。

「誰かいい人、いないですか?」
別れた話のあとの、テッパンの流れだ。
彼女が欲しく無いわけでは無いが、
どうしても、ほしいわけでも無い。
ただ、この会話をしないわけにも
いかないので聞いてみた。
「めっちゃいい子がおるんよ」
雄太郎さんがまた、ニヤニヤしだした。
しかし、さっきのニヤニヤよりも
良い予感がする。
「ひとみさんの友達で、
 大分におるんやけど、、、
 いらっしゃいませ!
 ちょっと待ってて。
 はい、とり皮」
とり皮をバタバタと皿に置いた後、
接客に行ってしまった。
ひとみさんというのは、
雄太郎さんの彼女。
大分出身で僕と同い年。
学生時代に勝軍でバイトをしていて
その時から付き合っている。
もうじき結婚するそうだ。
ひとみさんに会ったことはないが、
常連さんの話も聞いていると、
仕事ができて、愛想良くて、可愛くて
雄太郎さんよりしっかりしている。
そんな人の友達なのだから、
いい人なのだろうと思いながら、
串を食べながら、プロ野球速報を見た。
福岡ソフトバンクホークスは
0対0の均衡を保ったまま、試合は
4回に入っていた。

《続く》

#ファーストデートの思い出

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