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リザエレ! エレミネイション+ウィンクルム EPISODE 01 『RE:START↑↑↑↑』 Vol.1

はじめに

 この度は数ある記事、作品の中から本作品(「リザエレ! エレミネイション+ウィンクルム」)をお手に取っていただき、心より感謝を申し上げます。

 これからお読みいただく際の注意事項を以下に添えさせていただきます。

 本作品は現在『note』のみで連載しております。その他のブログサイト、小説投稿サイト、イラスト投稿サイトでは連載しておりません。この作品は一部無料にて公開しているものですが、掲載されている画像、文章などは著作権フリーではありません。無断転載、コピー、加工、スクリーンショット、画面収録、AI学習及びプロンプトとして使用する行為はお控え頂くよう、ご理解の程よろしくお願い致します。

 この作品の物語はフィクションであり、登場する人物、場所、団体は実在のものとは一切関係ありません。また、特定の思想、信条、法律・法令に反する行為を容認・推奨・肯定するものではありません。本作には、演出上一部過激な表現が含まれております。お読みの際は、十分ご注意ください。





プロローグ


 青い空。鏡のごとく空を写す水の上で、二人の若き女性が戦っている。
 紅く輝く勇気の鎧を纏う少女は揺るがない強き意志を大斧に込め、女性は白と黒の鎧装束を身に纏い、決して揺らぐことのない信念を宿した黄金に輝く籠手を振るう。
 激しく競り合う両者の攻撃は、神に等しく、失われていた確定的な景色を舞い戻らせる。
 斧から、腕から、炎が吹き、水面へこぼれ落ちた閃光は飛沫とともに火柱を上げる。
 息もつかせぬ攻防のさなか、二人は何かを言い合う。しかしここからでは彼女らの声を上手く聞き取ることは出来ない。だが、悲痛な叫びであることは明確だ。これは単純な善悪の戦いではない。
 すべての命のため、世界のため、そらへ飛び立つことを決意した者。それを引き止めようとする友を想いし者。自分以外の誰かを救いたいと願う、互いの素直な気持ちがこの悲劇を繰り広げてしまっている。
 青い空は次第に二人の心に同調するかのように雲に覆われ、やがて完全な白となる。
 女性は黒の鎧装束に姿を変え、左手に瞬時に溜めた闇のエネルギーを少女の腹部に打ちこんだ。少女は苦痛の声を上げてよろめき、彼女との間隔を生む。全身に亀裂が入っていく鎧はもう役割を果たせない。
 白の鎧装束に姿を変えた女性は周囲に五つの光の球を漂わせる。内側から砕かれそうな痛みに耐えながらも、少女は彼女のため、大斧を振り上げる。
 女性は全身を光らせ、黄金の右手を突き出す。光の球は拡散し、赤、青、黄、緑、紫の軌跡を素早く描いて少女に向かって飛んでいく。
 体を通り抜けていく光の球。紅く輝く勇気の鎧は修復を待つ間もなく破壊され、姿を赤明色の強化衣服スーツに変える。口から血を吐き、少女は倒れた。
 打ち付ける水の音。冷たい気が徐々に体を浸食していく。
 虚ろな目に映る白い空。どうすれば救えるのか、どうしたらこの戦いを終わらせることができるのか、そう問いかけても、作り出された現実の空間ではその答えは返ってこない。
 やっぱりわたしのせいだ……。みんなと出会わなければ良かったんだ……。あのときの悔しさが再び彼女を責め立てている。
 湧き出る涙。涙は頬をつたい、水に流れ落ちた。
 怒り、悲しみ、絶望――負の感情で満たされた一滴は透明な水を暗黒色に染めていく。
 意味がないんだ、戦いというのは。誰も笑顔にならない。エゴを押しつけ、傷つけ合うだけ。もういいよ……負けで。疲れた。眠らせてよ……。


 『ねえ、私との約束、破るの?』


 少女の心声にかぶさるように、甲高い女性の声が遠ざかる意識の中でこだました。少女は間もなく闇を迎える。


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「闇の願い 1.0」


 私には才能がない。


 何をするにも中途半端で、すぐに情熱が冷めてしまう。


 恋愛だってそう。嫌なところが見つかると一瞬で興味がなくなる。


 気がつけばこの二十年間、何一つ達成できていない自分がいる。


 みんな私のことをいいモノを見るように語るけど、全然そんなのじゃない。むしろその逆。見た目が良いだけのロースペックな人間だ。


 自分よりできてる人には嫉妬するし、実績解除目的やりたいだけのサブカルオタクとマイルドヤンキーは嫌いだし、人の弱みにつけ込んで見下すインテリ系も嫌い。


 こんな性格をしているから、攻撃されたり、ネットに作品を投稿しても再生回数や閲覧回数が増えないのかも。


 みんな何が欲しいの? 何を求めてるの?


 お金? 名声? それとも…………愛?


 私だって欲しいよ。


 でも、欲しがり過ぎるのは愚かだよ。


 聞くほう、見るほう、描くほう、作るほう、みんな羊の群れのように同じ方向へしか進まない。


 どこが選択の自由なの? 全然自由がないよね。


 自分自身の未来は諦めてないけど、みんなが支えている社会には絶望しかけている。


 今の私たちは、質の良いものや自分が望んでいるもの、完全親切で丁寧なサービスが当たり前のように手に入ると勘違いしている。


 第一声から笑える落語や漫才、一小節目、書き出しから人を感動させる音楽や小説なんて存在しない。


 物語が進むにつれて、パズルのピースがはまっていくから面白くなるんだ。


 あの有名な冒険漫画だって、最初は物語の面白さよりも設定でわくわくしていた。


 次はどこの惑星を冒険して、どんな宇宙海賊と戦うのか、仲間はどれくらい増えるのか、このキャラのもしもの能力は何なのだろうとか――。


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Chapter 01 「目撃」


 ここは島国『日和』――かつて、龍の形をしていたこの国は、今から約二十年前に起きた日和大震災によって七つの島々に姿を変えた。
 西から数えて五つ目の島『関京県』の東部に位置する街『東浜辺市』は、震災後、復興とともに誕生した人口約七〇万人の政令指定都市。面積はおよそ八九・九三平方キロメートルで、六つの行政区――琴球ことたま区、代田しろた区、英賀えいが区、弾教だんきょう区、浜辺はまべ区、利加りか区がある。
 貿易を盛んとする五大都市の一つ『南浜辺市』と、首都機能の一端を担うかつての日和国の中心地『雛都市』に隣接しており、アクセスしやすい、比べて家賃相場が低い、田舎と都会のバランスが取れている、治安がいい、地方税も安い、などの理由から近年は国内、国内外からも移住者が増加している。昨日北の県からこの街へと引っ越してきたばかりの十六歳の女子高校生、勇木ゆうき愛叶あいかもそのうちの一人。彼女は今、電動シェアバイク『キャビー(CADBE)』に乗り、東浜辺市の街中を駆けている。
 クリームカラーのコートと赤いマフラー、ミディアムショートの茶色い髪の毛が風になびく度、香ばしい、甘い匂いが彼女の鼻を通り胃袋を誘惑してくる。
 雁木造《がんぎづくり》のアーケードが歩道に設けられた道路は片道二車線で見通しが良く、この先の大通りの交差点まで続いているのがわかる。駐車禁止の表示板や路上駐車場が無いにもかかわらず、専用道路を越えて無理に駐車をする車もない。都会にしては珍しい光景。
 左折可能な青信号の交差点を左に曲がり、琴球大通りに出る。この道もまっすぐで平らだ。
 空を埋め尽くしそうなほどの高い木々や建物たちが次々と現れる中、愛叶が向けた視線の先に、周りの建物と距離を置くように建てられた他とは明らかに差異のある形状のビルがあった。
 二つの長方形のブロックを縦向きに交差させて重ねたような建物は上下色が異なっていて、上部は金色、下部は銀色を基調とし、その境目をハッキリとさせるためなのか、中央は螺旋状の骨組みになっている。
「うわっ! あれすごいな~。よく建てたね。おっと、前見なきゃ」
 信号が黄色から赤になった。前後ブレーキをゆっくりと効かせ横断歩道の手前で停止する。愛叶はキャビーを降りて専用道路から歩道へと移った。
 手袋を外して、コートのポケットから取り出したスマートフォンを縦に開いてスリープを解除。メニュー画面から、プリインストールアプリ『モノシリ』を起動させる。
 スマートフォンのカメラをビルに向けると、画面上に建物の名前と詳細情報が表示され、スピーカーから内蔵AIによるアシスト音声が流れてくる。

 《「東浜辺クラウンズスクエアは華山ファースト不動産株式会社が運営する地下5階、地上60階建ての駅直結型複合施設ビルです。東浜辺市都市再開発プロジェクト「バースシティ」を主導する華山地所によって建設されました。2039年1月から着工を開始し、2044年12月に完成。2045年に商業施設、同年の7月にはホテル、屋上展望台がオープンしました。二つの長方形の積み木を縦に重ねたようなデザインは上と下の『交流』をイメージしており、建物の約50%が木造という環境に配慮したこの高層ビルは世界に類をみない、日和国を代表する建築物の一つとなっています。屋上展望台の他に庭園、公園、屋外のイベントスペースを併設しています。(ウエキペディア百科事典情報より引用)」》

「ふむふむ。どんな内装かお邪魔させてもらいましょうかね」
 元ネタ不明のものまねをした愛叶は再びキャビーに乗り、専用道路へと戻った。
 彼女は好奇心が旺盛だ。しかしその好奇心が災いし、あの悲劇を招くことになってしまった。何があったのかは今はここでは言えない。彼女の身に起きたことは彼女自身から自然と語ってくれるだろう。
 信号が赤から青色へ変わる瞬間、一台の黒いワゴン車が重低音と爆音を鳴らしながら交差点を通過した。
「うわ、危ないな……。都会でもあんなことしてる人いるんだね」
 少量の毒を吐きつつ、愛叶はアクセルを回し次の目的地、東浜辺クラウンズスクエアへとキャビーを走らせた。


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Chapter 02 「クラウンズスクエア」


 ◇


 ポートにキャビーを停め、そびえ立つビルを見上げる。
 愛叶が住んでいた岩城県北瑠日市にも駅前に高いビルは何棟もあったが、どれもバブル期から戦前に建てられたものばかりで、耐久性、耐震性に優れる反面、色は地味で曇り空がよく似合う暗い印象だった。しかしそれらとは違い、このビルは若者に明るい未来を、希望を持たせてくれるようなデザイン性がある。さすが六十階ある建物だけあって迫力も違う。
 心に感銘を受けた愛叶はスマートフォンを取り出してカメラアプリをクイック起動。カメラモードをプロにして建物の外観と自撮り写真を撮った。
 その場で写真の映え具合を確認していると、横から冷たい風に吹かれてしまった。愛叶は肩を竦め、入口へとそそくさと足を動かした。
 寒さから一転、店内の暖房は全身をじんわりと温め、クスクスと鼻の中をくすぐってくる。押し寄せて来るくしゃみを彼女は鼻をつまんで堪えた。
 東浜辺クラウンズスクエアの建物内は和風モダン様式で、噴水広場を中心とした広い吹き抜けの構造が遥か上階まで続いている。各階の柱や天井の至る所に設置されている照明は、来たもの拒まず、和を以て貴しとなすといった暖色で、心にホっと、豊かさをもたらしてくれる。
「わ、めっちゃ落ち着く……。え~っと、お店は何があるんだろう」
 店内入口近くのエレベーター横にデジタルフロアガイドが設置されている。愛叶はそこまで歩き、画面に手を触れる。すると、

 【 お客様へのお願い 】

 近年、全国で子どもを連れ去ろうとする悪質な事件が多発しております。
 小さな子どもをお連れのお客様は、お子様から手を、目を離さずに、ショッピングを楽しんで頂くようお願い致しております。

 という、注意喚起を促す文章が表示された。
「連れ去ろうとする事件? そんなニュース最近あったかな……。でも、物騒だね。ここで迷子になったらお終いかも。なんて言ったらダメだよね。子どもに何かする人がいたらわたしが許さないから」
 愛叶は一言言いながらもう一度画面をタッチする。滑らかに切り替わった画面に銀色と金色で分けられた各階のフロアが表示される。
 銀色の枠で囲われた地下三階から地上八階のフロアにはお手軽な価格でコスメ、ファッション、雑貨・インテリア、食品・フード&グルメ、サービスなどを楽しめる店が多数出店。金色の枠で囲われた九階から一四階のフロアには世界的有名ブランド店や、三ツ星を獲得したレストラン、ホテルなど、ワンランク上を提供する店が出店している。
 四十四階分のオフィスビル、構造切り替え層を挟んだ上にある五八、五九階、最上階フロアは有料の展望台で、ここは予約必須の人気観光スポット。
 この日は週末。店内はどの階も人々が多く行き交っている。愛叶は考える。
「どうしましょうかね……上の階は人多そうだし、降りてくるの大変そう。行くのはまた来た時にでいいかな。今日は地下のフロアを巡ってみよう」

 総店舗数三五〇店が軒を連ねる食品・フード&グルメフロアは東浜辺クラウンズスクエアの顔の一つ。お惣菜、お弁当、お菓子、デザート、有名チェーン店、各県のご当地グルメ……お金と胃袋がたくさんあれば全制覇してみたいほど、美味しそうなものばかりが陳列している。
 しばらく流れるように店や商品を眺めていると、向こうから人混みをかき分けるように、いや、避けられるように、このフロアに相応しくない恰好をした男性二人組が歩いてくる。
 一人は長身長髪白肌で鼻ピアス、上下黒のレザー服にウォレットチェーン、ライダーブーツ。もう一人は色黒のツーブロックヘア、赤色の『ザ・アンダーフェイス』ジャケットにグレーのスウェットパンツ、白いハイカットスニーカーは中肉中背の体を覆っている。
 眼つき鋭く肩を揺らしながらガニ股で歩くこの二人はチンピラ? ギャング?――いやいや、人を見た目で判断するのは良くない。ただイキってるだけだ……。そう控えめに思っていても明らかに異様な雰囲気を放っている。アクション映画などでよく出てくる悪役といった面構えと服装だ。懐に銃やナイフを隠し持っていてもおかしくはない。
 愛叶は目を合わせないように背中を向け、陳列棚にある商品を見つめる。ガラスに写る男たちは彼女にかまう様子もなく後ろを通り過ぎた。デニムジーンズにコート、可愛らしくない格好が幸運をもたらした。
 一刻の緊張から解放された愛叶は男たちに視線を向けてこう呟く。「アレ、本物のヤバい人たちでしょ……。ここに何の用があるんだろう。気になる……」 
「こちらの商品おすすめですよ。お土産にいかがですか?」
 笑顔で接客をしてきた津中つなか紅蓮ぐれん唐揚げの店員さん。愛叶は、
「あ、わ~すごく美味しそうですね。他のお店も見たいので、またあとで来ます」と、愛想のいい顔で断りを入れ、その場を離れる。人混みをするりと抜けていきながら男たちの後を追う。
 道を外れたような男性はめっぽう苦手だが、何か間違っていることをしていたらガツンと言ってやりたい気概はある。その強い意思が彼女の脚を前へ前へと動かしている。
 やがて男たちは、何も書かれていない黒い扉を開き、扉の向こうへと進む。
 黒い扉の前まで辿り着いた愛叶は、周りを見て恐る恐る扉を開ける。
 冷たい風とともに入り込んでくる白で統一された無機質な空間。長い廊下を歩く男たちの先に、左へと曲がる角が見える。
「何ここ、お店のバックヤードとかじゃ無さそう……。どこまで続いてるんだろう? ちょっと見るだけなら後つけても平気だよね……」
 薄く白い息をこぼしながら今から自分が行う行為を正当化し、靴を脱いで忍び足で男たちに近づいていく。
 通常であれば、警備員がやって来て注意されて追い出されてしまうが、何故かここには防犯カメラなどのセキュリティ対策の機器が一つも設置されていない。また、暖房も作動しておらず、店内と比べ温度に大分差がある。従業員が使うところではないのは間違いなさそうだ。
 突き当りに差し掛かり、愛叶は陰から顔を覗かせる。
 廊下はさらに続いていて、男たちはその途中にある扉の前で立ち止まり、煙をふかして談笑をし始めた。
 お酒とタバコで肥大化した声。気が悪くなるほどの周波数が狭い空間内に響き渡る。
 愛叶は確信した。あの人たちは人の気持ちがわからない、モノとして扱うタイプの人間だと。
「絶対、裏社会と関係あるよ……引き返そう……う?! ひゃっ、はっあ、はっくしょーん!(あっ! ヤバい!)」
 盛大なくしゃみ音に男たちは反応し、彼女が居るほうに顔を向ける。
 愛叶は亀のように頭を引っ込ませ、これ以上音を立てないよう急ぎ足で出口へ向かう。
「ヤバいよヤバいよ……顔見られちゃったかも……。なんでくしゃみなんか出るの。さっきまで全然予兆なかったじゃん。……もう、早く出よう」
 後悔を速さに変えて愛叶は歩く。
 扉はすぐそこ。今駆ければ〝現世〟へ出られる。だが、それは叶いそうにない。
 冷さと恐怖による興奮状態で太ももが上がらない。早歩きで精一杯だった。
 あと三歩、二歩、一歩で扉に手をかけられる――その直前で大きな声が響き渡った。
「おいお嬢ちゃん! ここは関係者以外立ち入り禁止だぞぉ~!」
 これまで何度も相手を黙らせてきたであろう威圧的な声にびっくりしつつ、愛叶は振り向いて、
「はっ! す、すみません! すぐに出ます!」と、言って扉に手をかける。
「迷子か?! 迷子なら俺がサービスカウンターまで連れてってやるぞ!」
「け、結構です! 失礼します!」
 明らかな意図を持って近づいてくる男にただならぬ気配を感じた愛叶は、急いで白い空間から抜け、人混みの中に紛れ込んだ。
 後ろを振り向く。男たちの姿は無い。
「はぁ~危なかった~。あの場所何だったんだろう……。これ以上深堀りしない方がいいね。ふぅう……しかし暑いなぁ、一旦外に出ようか」
 恐怖からは解放されたが、心理ストレスを受けたことによる体温の上昇と店内の暖房の良さで嫌になるほど暑い。コートを脱いでも、着ているセーターが暑さから解放させてくれない。
 靴を履き、体中汗でまみれる前に速足で一階へと上り、出口に向かう人の流れに乗っかって外へ出た。

「うわっ、さっきよりも寒い……もう、店の中ってなんであんなに暖房が効いてるの?……。デニムじゃなくてロンスカ履いて来ればよかった」
 白いため息が薄っすらとこぼれた。
 髪の毛をかき分けて、額、首筋の汗をピンク色のハンカチで拭く。そしてコートを羽織る。
「えっと、ここは西口か……あっちに行けば公園と庭園があるみたいだね。そこを一周したら帰ろうかな」
 案内板で場所を確認し、今日最後の目的地へと足を運ぼうとしたその時、近くから重たく鈍い音が轟いてきた。
 車のクラクションが鳴り、また鈍い音が轟く。悲鳴も聞こえ、煙も上がる。
 歩く人々は立ち止まり、事が起きたほうに顔を向けている。あるカップルは少し興奮気味に何が起きたかを知りたがっている。
 愛叶もそう思い、事が起きているほうへと歩き出す。
「屋外イベントスペースに車が突っ込んだらしいぞ」「おいおい、まだ奴らが暴れてるのかよ。アレ、規制されたんじゃなかったのか?」「奴ら完全に駆逐したって聞いたんだけどな……」「ホント迷惑だよね。あの地区の人」
 通りすがりに不吉な会話が聞こえてきた。愛叶はここから離れようと後ろを振り返った。

 ――うわわわあああっ!

 ある人が突然大声で叫び、それに連鎖して周囲の人たちも声を上げ、一斉に走り出した。
「へっ、なになに……?! きゃっ!」
 また何が起きたかを知れる間もなく、愛叶は逃げまどう人々に押し倒され、地面に倒れ込んでしまった。
「痛っあ……」
「大丈夫ですか!?」
 彼女に手を差し伸べる人がいたが、その人は後ろを振り返るや否や、血相を変え、慌てて逃げ出した。
 起き上がった愛叶は視線を正面へと向ける。彼女は声を漏らした。
「はぅ?! 何、あれ……」
 そこに立っていたのは、白と茶色の装甲を全身に纏った人型の鎧猫よろいねこだった――。


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Chapter 03 「青水と緑風」


 猫の特徴と精密機械ロボットを掛け合わせた突起形状の装甲。毛色を表現したメッキは太陽の光に反射し、左右狂いなく完成されているフォルムは恐怖よりも先に美しさを与えてくる。
 鎧猫は地面に手をついて二足歩行から四足歩行へと形態を変え、素早い動きで駆け回り、人々を襲い始めた。
 通報を受け、駆けつけて来たと思われる警察官たちは、拳銃、ライフル銃を構え、鎧猫へ向けて即座に発砲。銃弾は次々と鎧猫の体に火花を咲かせる。しかし怪物は怯む様子はない。
 鎧猫は振り返り、警察官に向かって疾走。高く跳び上がり警察官の一人を襲った。
 コンクリートに押さえつけられた屈強な体格の警察官は怪物からの攻撃を受け、血を流しながらも鎧猫の体を殴り、蹴るなどの抵抗をした。が、力及ばず力尽きてしまう。バディであるもう一人の警察官は退避し、応援を要請する。鎧猫――怪物は人々を襲い続ける。
 血を流し、はげしく倒れ込む人々。なぜこんなことが起きているのか。この非現実的な〝惨劇〟を目の当たりにしている愛叶には考える余地もない。今すぐ逃げなきゃ――。だが、恐怖で足がすくんでしまい、その場から動けなくなってしまった。
「ちょっ、ちょっと動いてよ……!」
 呼吸が荒くなる。視線の先では愛叶に気がついた怪物が、四足歩行から二足歩行に形態を戻し、鳴き声を上げながら徐々に近づいてくる。
 怪物の鋭い両手爪には血が色深く付着している。全身に悪感が走る。今にも泣きだしそうな声で、嫌だ、と発する。しかし彼女を助けられる者は誰もいない。これで最後だと悟り、強く目を瞑る。
「きゃあ!……あぅ!!」

 ――ビシャン!!

 その時、煌びやかな音ともに、強い風が突如として吹き荒れた。
「わっ!」
 何かが当たったのか、怪物は勢いよく吹き飛んでいく。
 愛叶の頭上を緑色の帽子と緑色の制服に身を包んだ女性が通り過ぎる。
 地面に着地した女性は槍の形をした武器を手に、体勢を戻し威嚇する怪物に向かって走り出していく。
「え!……ちょっと何あれ?!」
「おい、そこの! そこにいないで早く逃げろ!」
 後ろから声が聞こえ、誰かが強い力で愛叶を掴み立ち上がらせる。
 青い帽子と青色の制服を身に纏った少女は愛叶の腕を掴み、戦闘現場から近くの物陰へと導く。
「終わるまでそこにいろ!」
「う、うん!」
 水色髪のツインテールを揺らし、青色の制服の少女は振り向きざまに背中から青いライフル銃を取り出し、タイミングを見計らって怪物へ向けて発砲する。銃弾は光る水の塊のように見える。
 愛叶は柱のくぼみから、色付きの二人を見つめる。
 二人の服装はそれぞれデザインは異なるが、共通して金色の菱形のダイヤが胸元に、金色のラインが服の随所に施されている。帽子――キャスケットに近い形のキャップハットをかぶり、左手首には腕時計のようなものを付けている。
 深緑色のショートボブの女性は緑のネクタイに黒と白のツートンカラーブラウス、右側は長袖、左側は半袖の左右非対称のジャケットロングコート、肩、肘に黒のプロテクター、両手にはブラック&ホワイトカラーのグローブ、黒のスパッツがちらっと見えるほど短いストライプウェーブプリーツスカート、ディープグリーンのブロックヒールサイハイブーツ。と、全体的に少し露出が多い印象。
 一方、少女が身に纏う青色の制服には露出が全くなく、ストライプウェーブ柄の短いプリーツスカート下には活動的な黒のレザーレギンスを履いている。両足には青と白のショートブーツ、胸元には二葉の青いリボン、両肩、両肘に黒のプロテクター、ブラック&ホワイトグローブ、黒と白のバイカラーブラウスの上に着ているロングコートはスカートを隠しつつ、風に靡いていた。
 激しく金属がぶつかり合う音が何度もお腹に鳴り響いてくる。
 緑色の制服の女性は鎧猫を突き飛ばし、機械の槍から機械の弓へと武器を変形させ、引き金の音を鳴らして緑色に輝く矢を弓に装填。光る弦を引き絞り、鎧猫へ向けて矢を放った。
 風音を鳴らして射られた矢は鎧猫の胸に命中、鎧猫はふらふらと揺れ体勢を崩す。
 その隙を狙い、青色の制服の少女は青いライフル銃の銃身下部を二回スライドさせ、怪物へ銃口を向けると――「オリエンス・アクア!」――魔法の呪文のような言葉を言い放った。すると、銃口から即座に水色の大光弾が発射された。
 高速回転しながら進む大光弾はやがて鎧猫の足元に着弾。大きな水飛沫が上がる。
 吹き飛ばされた鎧猫はイベントスペースの大型ディスプレイを破壊し、地面に転がり落ちる。
 全身を覆っている鎧機が徐々に剝がれて消えていき、やがて人間の女性の姿になっていく。女性は衣服も何も着ておらず、裸体だ。
 青水と緑風の二人組は武器を特定の位置に収め、動かなくなった女性に近づき、腰を下ろして何か確認を行った。
「……まさか、お亡くなりに……?」
 愛叶はそう思ったが、女性の体は動いており、命が奪われたわけではなかったようだ。
「よかった……。でも、襲われた人は……」
 視線を現場に戻すと、惨劇があった場所はいつの間にかブルーシートが敷かれ、バリケードが設置されていた。見渡しても怪我をした人たちを処置している姿は見当たらない。
「へっ、どういうこと? 悪質なフラッシュモブ? そんなことないよね。あの人たち、血流れてたよ……」
 違和感に遭遇した愛叶。先ほどまでの恐怖はすっかりと無くなっていた。
 色付きの制服を纏う彼女たちは警察官と会話を交わした後、再び風を起こし姿を消した。
「あれも何なの……ご当地ヒーロー? 色は派手だけどちょっとかっこよかったかも……」
 愛叶にまた、好奇心を刺激するものが増えてしまった。
 イベントスペース一帯は完全に立ち入り禁止となった。何事もなかったかのように人々は再び歩き出す。この街ではこういう事件が起きることは珍しくなく、強盗や交通事故と同じで日常茶飯事なのだろう。物騒だ……とにかく早く家に帰ろう。そう思い、その場を離れようとしたとき、後ろの方からまた誰かに声をかけられた。驚いた愛叶は振り向く。
 そこには先ほど戦っていた二人に似た顔つきの深緑色のひし形ショートボブヘアーの女性と左前髪に黄色いヘアピンを付け、長い水色髪を束ねているおさげの少女が立っていた。どちらもセンスのある服装をしている。
 少女はスポーツミックススタイルで愛叶より身長が低く、女性はエスニック・ベーシックスタイルで彼女との年齢の差分、身長は高い。
「君、怪我はなかった?」深緑色の髪の女性が訊ねる。
「は、はい……何にも……」
「よかったわ~。今後も巻き込まれないように気をつけてね」
「あ、はい……(今後もって、やっぱり日常的に起きてるの?)」
「サキ、いちいち確認はいいから早く昼飯に行くぞ」
 水色髪の少女は愛叶に一言も言わず、不満げな顔をしながら彼女の横を通り、立ち去っていく。サキという女性はため息をついて返事をした。
「わかってるわよ。もうせっかちだな……それじゃあまたね!」
 元気にそう言い、深緑色の髪の女性も彼女の目の前から去っていった。
「はい……さよなら……」
 突然のことが連発し過ぎて情報の整理が追いつかない。愛叶はほんの少しだけ、ボーっとしてしまった。
「あ、まだお礼言ってない……あ、あのっ!」
 後ろを振り返り、今すぐ追いかけてお礼を言いたかったが、魔法でも使ったのか、二人の姿はどこにも見当たらない。
「えっ、もういない……。あの二人何者なんだろう? 気になるけど、それよりもお腹空いちゃったな。この辺にレトロな感じのいいお店ないかなぁ。スマホで調べるのは何か味っ気ないから、誰かに教えてもらおうっと。えーっと、訊きやすそうな人……あ、あのおじいちゃんとおばあちゃんに訊いてみよう。――あの、すみません。お尋ねしたいことがあるんですけど――」


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 お話はEPISODE01 Vol.2へと続きます。

 お忙しい中、最後までお読みいただきありがとうございました!✨

 気に入っていただけましたら、続きも読んでもらえると大変嬉しいです!😊

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毘名敬太
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