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リザエレ! エレミネイション+ウィンクルム EPISODE 05 『さぁ、華山邸へ』 Vol.1

はじめに

 この度は数ある記事、作品の中から本作品(「リザエレ! エレミネイション+ウィンクルム」)をお手に取っていただき、心より感謝を申し上げます。

 度々のお願いで恐縮ですが、お読みいただく際の注意事項を以下に添えさせていただきます。

 本作品は現在『note』のみで連載しております。その他のブログサイト、小説投稿サイト、イラスト投稿サイトでは連載しておりません。この作品は一部無料にて公開しているものですが、掲載されている画像、文章などは著作権フリーではありません。無断転載、コピー、加工、スクリーンショット、画面収録、AI学習及びプロンプトとして使用する行為はお控え頂くよう、ご理解の程よろしくお願い致します。

 この作品の物語はフィクションであり、登場する人物、場所、団体は実在のものとは一切関係ありません。また、特定の思想、信条、法律・法令に反する行為を容認・推奨・肯定するものではありません。本作には、演出上一部過激な表現が含まれております。お読みの際は、十分ご注意ください。





Chapter 26 「…三週間後」


 勇木愛叶がリザレクトエレメンツ――リザエレの正式メンバーとなってから約三週間が経った。
 日々トレーニングを行い、エレメティアと武器の扱い方、戦い方を覚えていく中で、彼女はイヴィディクトとの戦闘、人助け、事件解決などでその訓練の成果を見せていた。

 バイソン・イヴィディクトとの戦いで怪我を負い、入院をしていた華山芽瑠。
 顔の怪我以外にも、助骨、腕、膝に軽い打撲があったことを彼女から伝えられると、愛叶たちは憂わしげな気持ちになってしまったが、痛みに負けず元気に振舞う彼女の姿を見て逆に励ましを貰っていた。

 後期の中間テストも無事に終わり、例年よりも早めの終業式を終えて、愛叶たちは今日から冬休みに入った。
 午後二時半。数日後には聖夜の日を迎えるこの日、愛叶と希海の二人は東浜辺商店街に出現したイヴィディクトと戦闘を繰り広げていた。

 #スパイダー・イヴィディクト

 蜘蛛と人をかけ合わせた桃色の鎧怪物が建物を縦横無尽に這い、口から粘液の付いた黒い糸を吐いてくる姿が気色悪い。そう思いながらも愛叶は希海と連携を取り、負傷者、犠牲者を出すことなく、スパイダー・イヴィディクトを無力化した。変身していた男性は警察官たちに取り囲まれた。
「ふうぅ……やったな」
「糸にまかれて引っ張られたときはどうなるかと思ったよ……。オリエンス・バースト、改めて便利な技だね」
「お前のスーツが炎属性で良かったな。あたしのスーツじゃ、多分相性悪かった。あの糸は水圧でも千切れない」
「そうなの? うーん、今日は乾燥しているから燃えやすかっただけなのかもしれないよ? 水気のある硬いゴムみたいな糸だったし、湿気があったらわたしのバーストでも無理だったと思う」
「雨の日に現れていたら負けてたか」
「だね。まあ、一件落着したし、もう考えなくていいね。これでまた商店街にお客さんが戻ってくる――あっ?!――お客さん、お店で待たせちゃってるの忘れてた!」
「……早く戻るぞ」
「君たち、いつもありがとうね」
 一人の警察官がその場を去ろうとする愛叶、希海に声をかけた。
「こちらこそ、いつもありがとうございます! あとはよろしくお願いいたします!」
 愛叶は警察官にそう応え、希海は黙って頭を下げ挨拶をし、現場を後にした。
 変着状態のまま二人は路地裏へ駆け、建物の上へ跳び上がり、棟間を渡り移りながら、お客が待つペミィ・ペミィーへと戻っていく。

 店の扉を開けて――「遅れちゃってすみません!」――愛叶たちは店の中に入った。

「いいえ、じっくりプレゼントを選べましたから気にせずに。イアシスさんとの話も楽しかったです」
 幼い子どもを抱きかかえ、礼儀正しく応える紫色のストレートヘアーの若い女性。彼女はレザージャケットに鼠と猫のキャラクターがプリントされたトレーナー、紺のロングプリーツスカート、白いスニーカーというストリートカジュアルスタイルで、子どもはスーベニアジャケットにジーンズと、大人が小さくなったような服装で可愛らしい。親子共に一見高そうに見える服は、ダンダンタウンという古着店で毎週水曜日に行われるセールで安く買ったものだそう。

 店内にイアシスの声が響く。

 《「三点の品で、お値段は666バースコインです」》

「イアシス、せかすなよ」
 レジカウンターに立った希海がイアシスに言う。同じく隣に立った愛叶も、
「うわ、ゾロ目。そんな細かく金額設定したかな……」とイアシスに言う。

 《「希海様、迅速な対応は信用につながりますよ。愛叶様、消費税分が加算されていますので、偶然このような金額になったんです」》

 を見せるイアシスに対し、愛叶は「あ、消費税ね……」と言い、希海はため息を吐きながら「はいはい……」と、折り畳まれている服とインテリア小物を紙袋の中へと入れる。紙袋の取っ手には小さな鈴と赤いリボンが付けられている。
「あの、お支払い方法は?」
「ナンバーカードで払います」
「は~い。こちらにタッチをお願いします」
 愛叶はレジ横にあるナンバーカード専用の決済端末を手のひらを上にして示した。
 お客が決済端末の読取部分にナンバーカードを翳すと、レジモニター上とナンバーカード表面に支払い金額が表示され、ベルの音とともに決済が終わる。希海は商品を手渡した。
 商品を受け取ったお客からこんな言葉がこぼれる。
「おしゃれで素敵な御品を譲っていただき、どうもありがとうございます」
「いえいえこちらこそ、この店を選んで来てくださり、ありがとうございます!」愛叶はそう言い、頭を下げて応える。
「ほら、セイくん、かわいいお姉ちゃんたちにありがとうって言って手を振って~」
 お母さんに促され、坊ちゃん刈りの小さな男の子はくりくりとした目で愛叶と希海を見ながら、「ありがと。ばぁいばぁい」と言って、小さな手を振った。
「ありがとう、また来てね~!」
「どうもありがとうございました」愛叶の隣で希海はゆっくりと頭を下げた。
 親子は笑顔で店を出ていった。店の扉がゆっくりと閉まる。
「あー、あの男の子かわいかった~。一気に疲れが取れちゃったよ」
「まぁな。ほっこりはしたな」
「あの男の子のお母さん、どっかで見たことあるなって思ったら、オストロの店員さんだったね。あの人結婚してたんだ」
「マジか、あそこの店員さんか。髪型で気づかなかったな」
「いつもポニーテールだからね。髪の毛ストレートのほうが大人っぽく見える。何歳なんだろう。沙軌と同じぐらいかな?」
「そのぐらいには見える」
「へー、ということは若いお母さんかぁ……。くぅ~、いいねぇ」
「お前の中身はおっさんかよ……」
 希海はそう言ってレジ裏の椅子に座る。愛叶は振り向いて話を続ける。
「ねね、希海は結婚したいって思う?」
「は? その話ちょっと早くねえか……」
「だって一八歳から結婚できるんだよ? 一六、一七、あと二年もないよ! 今のうちに婚活しておかないと独身税が……」
「誰も一八から結婚しろなんて言ってない。独身税のニュースはただの政府の脅し。あんなバカな政策、本気で施行するわけないだろ」
「そうなの?」
「当たり前だろ。まだまだ修行が足りないな」
「う~……でも、結婚は早くしたいよ。子ども可愛いし欲しいもん。あ~、優しくて子どもを大事にできる男の人と巡り合えないかな~」
「あたしはちゃんと大人になってから結婚する。時期は大学卒業してからだな。これ以上は訊くなよ」
 理想の男性のタイプは? と、会話の流れから訊かれることを勘付いた希海は、そう言って愛叶からの質問を回避した。彼女はスマートフォンで時刻を見る。
「あと十分で戸締まりか……」
「ねぇ、希海。さっき戦ったクモのイヴィディクト、わたしたちが現場に到着したらいきなり襲ってきたよね。この間の牛のイヴィディクトと同じような行動だったよ」
「あたしもそれが気になってたんだよな。一般の人には危害を加えてなかったみたいだし、やっぱりあたしらに合わせて意図的に出現してるとしか思えない」

 《「考えすぎでは? と、言いたいところですが、これまでの出現データを集計し、解析したところ、そのほとんどが希海様たちが外出中に出現しているように見受けられます。不思議ですね……」》
 
「不思議で片付けるなよ。確実に人の手が加えられているだろ。……まさか、この間のカメラに映っていた男たちもイヴィディクト側の人間だったのか? あれ以来、店の前には現れてないんだよな」

 《「はい……。もしかしたら彼らの目的はこの店ではなく、愛叶様たちなのかもしれません。今後外出や帰宅する際は細心の注意を払いましょう」》

「ちょっとイアシス、怖いこと言わないでよ~。家に帰れないじゃ~ん」

 《「怖がらせるつもりで言ったのではありませんよ。注意喚起です。リザエレのメンバーなんですから、怖がらずに堂々としていましょう」》

「そうだ。堂々としていればいい。恐怖に耐えられないようならメンバーカード返納してもらうぞ」
「え~、じゃあ、怖いから家に帰らないで希海と一緒にいるよ」
 愛叶はピタリとくっつくように希海の隣の椅子に座った。
「こういうところがあいつに似てるんだよな……はあ~」
「あいつって、ルミカちゃんのことでしょ。ルミカちゃんの話するの禁止じゃなかったの?」
「あたしから言うのはアリなルール」
「何それ不公平~。じゃあ、芽瑠の話しようっと」
「話すって何話すんだよ。もうとっくに退院したし、一緒にトレーニングもした。この前も牧島と三人でクラウンズスクエアの展望台に行ったんだろ?」
「うん、めっちゃ楽しかったよ。だけど、今日はなんとなく芽瑠の顔が見たいんだよね~」
 愛叶は手で相槌を打つ。
「そうだ、芽瑠の家に行くってこの前約束してたんだ。貰った服の恩返しまだしてないから行っちゃおうかな」
「店閉めたら行ってみるか?」
「うんうん! 行こう行こう! じゃあ、芽瑠に訊いてみるね!」
 愛叶はポケットからスマートフォンを取り出し、画面を開いてフェイスラインでメッセージを送る。

 《『今日芽瑠の家に行きたいんだけど、今から行っちゃって大丈夫?』

 める
 》『退屈だから来てよ!』
 》 退屈ぅ~……キツネが暇そうにしているスタンプ

 《 やったー!!イヌが喜ぶスタンプ

 める
 》『希海も連れてきて(^_-)-☆』

 《『希海も一緒に来るよ!』

 める
 》 やったー!!ネコが喜ぶスタンプ

 愛叶は椅子から勢いよく立ち上がった。
「だって! うわ~、待ちきれない! 早く店閉めて行こう!」
「おい落ち着けよ、まずはお前のお返しの品を買ってからだろ」
「そだった。お返しの品かぁ……何にしようかな。服で返すのはちょっと違うよね……アクセサリーとかかな」
「アクセサリーか……」
 希海は右手に付けているブレスレットを外し見つめる。
 石座に埋め込まれた菱形の紅、青、黄、緑、紫の石は照明光に反射し煌めいている。
「おおっ、そのブレスレット可愛い~。どこで買ったの?」
「これは貰い物。あたしの一五歳の誕生日記念にルミカが作ってくれたんだ」
「手作り? へ~、ルミカちゃん偉い器用だね。ハンドメイドのブレスレットか~、う~ん……それもいいけど、やっぱり物で返すのは何か違うかな。ここは無難に食べ物にしようっと」
「それがいいと思うぞ。ほら、片付けするぞ」
「うん。わたし、外のトルソーと看板を片付けるね」
 愛叶は扉を開けて店の前に出る。
 着用済みのトルソーを持ち上げて店の中へ入れ、次に看板を折り畳む。
「こんにちは愛叶ちゃん。今日もお疲れ様」
 愛叶に話しかけてきた初老の小柄な女性。ペミィ・ペミィー斜め向かい側に店を構えるシンドウ理髪店の店主、新藤しんどうセイラだ。
「あっ、セイラさん。こんにちは。お疲れ様です」
 笑顔で挨拶を返した愛叶にセイラは表情を変えて話を続ける。
「ねぇ、あなたたち気をつけたほうがいいわよ」
「へっ? なんでですか?」
「最近、あなたたちの店の近くで怪しい人たちがうろついてるのよ」
「えっ、そうなんですか……。その人たちってスーツを着ていましたか?」
「スーツも私服も着てたわよ。しかもマスクもして、数人で集まって何か話し合ってたわ。もしかしたら弾教区の人かもね……」
「(数人で……やっぱり見張られてるのかな)」
「ああ、怖がらせてごめんなさいね。私達も同じ気持ちだから、あんまり思い詰めないでね」
「は、はい、そうですよね。お気遣いありがとうございます」
「それじゃあね。たまには女の子の髪も切ってあげたいから、もしよかったら来て頂戴ね」
 セイラはそう言い、シンドウ理髪店へ戻っていった。
「は、はい! 可愛くお願いします!」
 折り畳み看板を持ち、置き忘れがないか確認後、店の中へと戻る。
 営業時間が終了した。
 事務室内の床下扉の戸締りを確認。事務室の扉の戸締りを確認。 
 店内の電気を消し、希海はイアシスに話しかけた。
「イアシス、また怪しい奴がここに来たらすぐに連絡して」

 《「かしこまりました。来客が着き次第、即座に連絡いたします」》

「よろしくなイアシス。よし、買いものに行くか」


 ◇


 > 東浜辺クラウンズスクエア 地下二階 食品館

「芽瑠が食べたいものってなんだろう。この前メロンが好きだって言ってたけど」
「メロンか。メロンといえばプリンだな。たしかこっちに……」
 希海は愛叶を置いて歩き出した。先を行く彼女の後を愛叶は続いていく。
 お買い物客の間をすり抜け、希海はほかの店舗とは一線を画す店構えのお店の前で立ち止まった。
「ほら、これ。これならいいんじゃないか」仙餡堂せんあんどうという和洋菓子店の商品陳列棚を指さした。
「焼きメロンプリン?」
「あん。これ結構美味かったぞ」
「プリンかぁ……ほかにいいの無いかな」
 モナカ、カステラ、どら焼き、焼きまんじゅう、羊羹、串団子、大福、ミニバウム……プリン以外の商品も美味しそうだ。
「うう、どれにしよう~……。あの、すみません、プレゼントにオススメなものってありますか?」
 愛叶は店員さんに訊ねる。すると店員さんはその質問を待っていたかのように客側からは見えない商品棚の引き出しから、ブラスチックのケースに入った食品サンプルを取り出した。
「それでしたらこちら、メロン大福はいかがでしょうか」
「メロン大福?」
 商品棚の上に丸くて可愛らしい大福の食品サンプルが置かれる。緑色の皮に包まれた黄緑色のあんこが食欲をそそる。これなら芽瑠も喜びそう――。
 心を打たれた愛叶は希海を見ながらメロン大福サンプルに指をさす。
「希海! これでいいんじゃない! すっごく美味しそうだよ!」
「いいんじゃないって、お前が決めろよ。あたしはそれでいいと思うけど」
「そうだったね。じゃあ、これにしよう。すみません、一二個入りの一つください」

 仙餡堂メロン大福は海熊うみぐま県で生産されたメロンと能岐のぎ県産の小豆を練り合わせ、六田ろくた県の大地で育った餅米を乾燥させた餅粉で作られた皮で包んだ和菓子である。
 過去に全国的に大ヒットを記録した商品であり、数年経った現在でも根強いファンは多く、一部の店舗では品切れになることがあるという。
 お値段も他の人気の商品と比べお手頃で、愛叶が注文した一二個入りは1000バースコイン。生産コストを抑えるため六個入、二四個入は販売されていない。
 希海は何度かメロン大福を食べたことがあり、味は彼女曰く、焼きメロンプリンと比べてまあまあらしい。

「お待たせいたしました。こちら、お品物です。賞味期限は12月30日ですので、お早めにお召し上がりください。一二個入一点でお会計が――」

 お気持ちの品を購入した二人。彼女たちは東浜辺クラウンズスクエアを出て芽瑠の家がある石森町駅方面へと向かう。


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Chapter 27 「華山邸」


 マップに表示されているブックマークアイコンを頼りに二人は華山邸を目指す。
 希海は一度、徒歩で華山邸へ訪れたことがあるらしいが、久方ぶりで詳しい行き方は忘れているという。だけど、石森町駅を過ぎた先に立ちはだかるこの上り坂だけはよく覚えている。華やかで息があがるこの坂だけは……。
 東浜辺クラウンズスクエアから約一·五キロほど離れたところにある住宅街――黄豆納きずな町。大明たいめい時代からあるこの御竹みたけ坂は華山邸へと向かう最短の道。坂の長さは二百メートルほどあり、勾配な道のためか、車や人の通りは少ない。
 冬の時期は寂しげだが、毎年春から梅雨の時期になると、歩道に植えられた植物たちが一斉に芽吹き、満開の花を咲かせて御竹坂を色鮮やかな道に変えてしまう。希海はその時撮った写真を愛叶に見せた。
 虹色に咲く花々がコンクリートの道を彩っている。素直に綺麗としか言葉が出ない。
 NSNSで話題になりそうな風景だが、意外にもここは映えスポットではないらしい。なぜ? その理由を愛叶は訊ねる。
「高級住宅街で住んでいる人たちに迷惑になるからだろ。バエラーもそこまでバカじゃない……ふぅ」
 希海は若干偏見を交えて答えを出した。
「いい場所は純粋なままのほうがいいよね……ふぇ~。しっかし、芽瑠の家、こんな坂の上にあるの?……さすがはお金持ち……」
「芽瑠は華山ファーストグループを創設した華山ネツキを祖父に持つ、現社長の一人娘だからな。高いところに家があるのは当然だ。はあ……」
「へっ、華山ファーストグループ? 社長の娘?」
「この間お見舞いに行ったとき、入院室の前にスーツ着た人たくさんいただろ。あれ、全員会社の人たちなんだ」
「全然気づかなかったよ。あのおじさんたち会社の人だったんだ……。ルートの人かと思った」
「護衛で一人や二人ぐらいはいたかもな。それぐらい華山家は有名な家柄なんだ」
「護衛……お、お金持ちを超えてるね。……あの子たちが言ってたこと、ちょっとはわかる気がする」
 あの子たちとは誰のことなのか。愛叶はそう希海に尋ねられ、彼女は同級生の生徒がトイレで希海や芽瑠の陰口をしていたのを聞いたと答えた。それを聞いて希海は平然と返す。
「その二人、成川と石畳だろ。あいつらまだ陰でそんなこと言ってるんだな。早く枯れ果てるぞ」
「ふふっ! その言い方おもしろい。わたしたちも早く枯れ果てないようにしないとね。いつかあの子たちと和解できたらいいな。可愛らしい格好してたし、仲良くなったらもっと楽しくなるかも」
「やめとけ。無視するのが一番だ」
「えー、それは良くないんじゃない? ますます愚痴を言われるよ。『1.校内においては上級クラス下級クラスともに互いに人格を尊重し、生徒間でも挨拶を交わし、礼を失わないようにする。』これ、マリトワ女子の校則でしょ? ちゃんと守らないと」
「法律じゃねーんだから、律儀に守る必要ないだろ。お前テストの点数悪かったくせに、そういうところは覚えてるんだな」
「ちょっと~、それは言わないでよ~。あとトゲトゲしいお前発言も禁止。胃が痛くなっちゃう……」
 冗談もほどほどに、彼女たちは御竹坂を上り続ける。
 やがて坂の頂上にたどり着くと、これまですれ違ったどの邸宅たちよりも存在感のある大邸宅が目に飛び込んでくる。
 木造の瓦屋根の門、三百尺先の交差点まで続く瓦壁かわらかべ、その壁の向こう側に生い茂る木々からひょっこりと顔を覗かせる西海洋風の煙突。ここが、芽瑠が住む華山邸である。
 愛叶は今いる場所とスマートフォンに表示されているマップを見比べた。
 100フィートの高さからでは小さく見えるが、10フィートまで拡大するとその大きさが伺える。華山邸の一文字よりも、アイコンよりも、愛叶たちは小さい。
「あわわわ……芽瑠の家デカすぎっ」
 邸宅正門の右側に鐘の形をした伝統的な呼び鈴が備え付けられてある。希海は呼び鈴があるところまで歩き、鈴から垂れ下がっているアームを下へと強く引っ張った。
 キン、コーン――鈴音が静かな住宅街に鳴り渡る。
「わっ! 何してるの?! ちゃんとピンポーンしないと」
「これがチャイムなんだよ。まあ、見てろ」
 門堀に設置してあるポストが半回転し、ディスプレイ画面が現れた。画面には群青色の着物を着た品の良い老いた女性が映っている。

 『華山で御座います。本日はどのようなご用件でしょうか?』

「あの、あたし、華山芽瑠さんと同じ高校の同級生の高乃希海と言います」――「ゆ、勇木愛叶です」――「今日は芽瑠さんに招待されて参りました」

 『高乃様と勇木様ですか、お話は聞いております。どうぞ中へお入りください』

 門の扉が開いた。二人は邸宅敷地内に足を踏み入れる。
 水が流れる音、石畳の通路、その先の竹林に囲まれた道は静寂で砂利を踏む音が静かに轟く。
 やがて竹林の道を抜けると開けた場所へ出て、文明開化した時代の校舎を思わせる淡黄色の建物の前に辿り着いた。
 和風建築とロマン建築様式を巧みに組み合わせた大邸宅。外からは見ることのできなかった建物の細かい造りに圧倒される。
 四本の柱に支えられた瓦屋根付きの正面玄関。そこに先ほど正門で応対してくれた品の良い老いた女性が立っている。女性は愛叶、希海の姿を確認すると腹部に手を添えてゆっくりと頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました。高乃様と勇木様ですね。どうぞ段差にお気をつけてお入りください」
「「お邪魔します」」断りの挨拶を掛け、二人は段差を上がって屋内へ。
 グランドピアノが置かれた白と茶色を基調としたエントランスホール、左右へ広がる赤い絨毯の廊下、中央には上の階へと続くアンティーク調の木製の階段がある。
 花形のシャンデリアの照明の下、数人の和服を着た女性たちが食器や衣類、寝具などの荷物を運びながら、このエントランスホールを行き来している。
 希海と愛叶は脱いだ靴を靴箱にしまい、来客用のスリッパに履き替えた。
「芽瑠様のお部屋はこの階段を三階まで上がり、右の廊下を進んだ一番奥にございます。どうぞごゆっくり」
 女性はそう言い、頭を軽く下げ立ち去っていった。
「あれ、案内してくれるんじゃないの?」
「色々忙しいんだろ。あたしが案内するよ」
 二人はエントランスホールを進み、中央の階段を上がっていく。階段は時折ミシッ、と音を鳴らしている。
 階段踊り場に降り注ぐ陽光。空気の通りがいいためか、邸宅内は木の匂いや、絨毯の匂い、一般家庭で漂う生活臭などはしない。しかし、邸宅の雰囲気と相まってどこか懐かしい匂いが漂ってくる。
「ねえ希海、ここって昔、学校だったのかな?」
「おん、そうだよ。ここは廃校になった小学校と土地を華山家が買い取って、丸ごとリノベーションした豪邸らしい」
「へっ、丸ごと?! そうなんだぁ〜。だから造りに面影があるんだね。どおりで懐かしい感じがしたと思ったよ――きゃ!」「うあっ!」
 二階から三階へ続く階段廊下を歩いている最中、二人は左側の廊下から出てきた何かとぶつかってしまった。
 織りたたまれた何枚もの和柄のシーツが形を崩して床に落ちる。
「す、すみません! よそ見してました……」
 そう言いながら和服の女性は慌ててシーツを拾う。愛叶と希海も急いで拾う。
 和服の女性が二人をちらっと二度見した。すると女性は何かに気づいた。
「あれ……愛叶? 希海?」
 聞き覚えのある声色に二人は顔を上げる。
「えっ? 沙軌!?」

「「なんでここに?!」」

「って、こっちが聞きたいよ二人とも」沙軌が訊き返した。
「いや、こっちのほうが聞きたいぞ。なんで沙軌がここでそんな恰好を……」
「そんな恰好って華山様に失礼でしょ」
「そうだよ希海」
「なんでお前も……」
「二人はどうしてここに来たの? お土産なんか持って」
 シーツを拾いながら訊ねてくる沙軌に、手伝う希海は説明をする。
「芽瑠に招待され……いや、遊びに来たんだよ。暇らしいからさ」
「おぁー、いいじゃない。学生らしいわ」
 シーツを畳む愛叶は訊き返す。「沙軌はここで何してるの? もしかして……」
「私まだお仕事中だから、仕事が終わったらお姉さんが教えてあ・げ・る♡」沙軌はウインクをした。
「はぁ? 気持ち悪いぞ」シーツを渡しながら希海はぼやいた。
「あとはあっちの和室で綺麗に畳むから。よいしょっと……。二人とも手伝ってくれてありがとうね。それじゃあまたあとで。バイバイ~」
 一五枚のシーツを抱え、沙軌は去っていった。歩く彼女の後ろ姿を二人は見つめる。
「いくつ仕事掛け持ちしてんだ?」
「パワフルだよね沙軌……。にしても、和服すごく似合ってる。シーツ運びじゃなくて、モデルさんの仕事したほうがいいと思う」

 二人は階段を上って三階の階段廊下を通り、右に曲がって廊下の一番奥へ。
 三階はシックなモダンから一転し、パステルカラーを基調とした空間に変わった。桃色の天井にクリーム色の絨毯が可愛らしい。
 芽瑠の部屋の扉はドアに似せた引き戸になっていて、すぐ横にはインターホンが付いている。
「あっ、今度こそピンポーンしたほうがいいんじゃない」
「しなくていい。実はこれ、飾りなんだ」
 希海はそう言ってインターホンを押す。
 …………。彼女の言う通り、何も音がしない。
「ダミーのインターホン?」
 希海は戸をノックした。中から芽瑠の声が聞こえた。自動で戸が開かれていく。
 戸が完全に開かれると、ラベンダーアロマの匂いとともに、フリルコーデに身を包んだ芽瑠が二人を出迎えた。
「か、かわいい芽瑠ぅ~!」
 紙袋を手に持ったまま愛叶は小走りしていく。そして両腕で芽瑠を挟み込こんだ。
「もう愛叶、昨日も抱きついてくれたでしょ?」
「だって可愛いんだもん~……」愛叶は腕をほどいて、お気持ちの品を差し出す。
「はいこれ、わたしからの感謝の気持ち」
 芽瑠は愛叶からお気持ちの品を受け取った。
「ありがとう愛叶。別にこんなことしなくても……」
「この間服をくれた恩返しだよ」
 愛叶がそう答えると、芽瑠の表情が一瞬曇った。
「(前に見たときと同じ表情だ……何かあるのかな?)」――愛叶はそう思い、彼女を見つめる。
 笑顔に戻った芽瑠は本棚の上にあるボタンをタッチし、遠隔で部屋の戸を閉めた。
「二人とも、上着脱いだらあそこに掛けてね」

 上着を脱いでハンガーラックに掛けた後、二人はソファーに腰掛ける。
「ごめん、今日黒森さんお休みで迎えの車出せなかったよ」
「クラスクから歩いてすぐなんだから、毎回車は要らないだろ」
「でも、あの坂結構キツイでしょ?」
「わたしはキツかったよ。頑張って上ってきたから喉乾いちゃった。ついでにお腹も空いちゃった」
「何か食べようか。下から持ってくるよ。飲み物は何がいい?」
「あっ、待って芽瑠。その袋に入ってるの食べ物だから早めに食べてよ」
「食べ物? 何だろ……」
 芽瑠は紙袋の取手を広げて中を覗き込む。
「ん? これって……」手を入れてお気持ちの品を取り出す。
「メロン大福?……」
「この前芽瑠がメロンが好きだって言ってたから喜ぶかなーって思って選んだんだけど……。もしかしてそうでもない?」
「……いや、超好きだよ。メロン大福でしょ? これ食べたかったんだよ~。ありがとう二人とも!」
 芽瑠は愛叶の問いかけに口角を上げて応えた。
 早速テーブルの上に品を載せて紐と包み紙を綺麗にほどき、箱蓋を取って袋に包まれたメロン大福を一つ手に取る。袋を切り開けて左手で大福をつまみ、「いただきます!」と言って口の中へ。
「んん〜! うまいぃ〜!」
 芽瑠は数秒で幸せに包まれた。口をもごもごさせながら、彼女はまた箱に手を伸ばしてメロン大福を手に取る。そして袋を切り開けて二個目をほおばった。
「おい、そんな速いペースで食べたら喉詰まるぞ」
「お、落ち着いて芽瑠……」
「んんんん!(これぐらいにするから安心して!)」
 幸せに包まれたまま芽瑠はメロン大福を嗜んだ。
「ごちそうさま~。美味しかった……残りはお手伝いさんにあげよう」箱に蓋をして紙袋の中にしまう。
「ふふ、喜んでもらってよかった。芽瑠の食べてるところ見てたらなんかキュンキュンしちゃったよ」
「キュンキュンってお前……」
「希海はそう思わなかった?」
「……まぁ、少しは思った」
「ごめん二人とも。飲み物は何飲みたい?」
「あたしはブラックコーヒーで」
「わたしは麦茶!」
「オッケー! じゃあ下から持ってくるね」
 芽瑠は戸を開き、メロン大福の入った紙袋を持って部屋を出ていった。
 彼女が戻ってくるまでの間、愛叶はソファーから立ち上がり、芽瑠の部屋を眺める。
 花文様の天井、建物と同じ淡黄色の和と洋が掛け合わさった部屋には暖炉型のエアコン、ソファー、ローテーブル、勉強机、収納機能付きのベッド、本棚、箪笥、観葉植物、アロマキャンドル、服を着せたマネキン、ゴルフバッグ、バイオリン、木目調のパーテーションで囲まれた内側には緑色の背景布と桜色のデスク、チェアー、フレームレスモニターパソコン。デスクの上にはリング状の蛍光灯スタンドとマイク、キーボード、ゲーム機とコントローラーが置いてある。
「芽瑠の部屋、色々あってメルヘンチックだね」
「シャレか?……。メルヘンチックとはかけ離れているとは思うけど、ロマンがある感じだな」
「こんな広い部屋に住んでたら退屈で怠けそう~。あー、落ち着く。希海の部屋もこんな感じ?」
「あたしの部屋は狭い。それを聞いてどうすんだよ」
「今度遊びに行こうかなって……」
「断る」
「やっぱそうなるよねー……ううっ」
 薄々感づいてはいたが、予想通りの希海の返事に愛叶はひどく轟沈した。


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 お話はEPISODE 05 Vol.2へと続きます。

 この度は貴重なお時間の中、最後までお読みいただきありがとうございました!✨

 続きも読んでいただけると大変嬉しいです!😊

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