バド グリン

❡ 英語版 抜粋 〕ドリス デイ歌唱 センチメンタル ジャーニーの歌詞を制作したバド グリンは1897年、オーストリア=ハンガリー帝国に生まれ、幼少期のうちに米国に移民、1900年前後、ニューヨーク市ハーレム地区に移住し、早くから作詞家をめざした。
 初期にはヴォードヴィル用の歌詞を書いたが、音楽出版社の編集者になり、また、ブロードウェイの演奏譜やミュージカル挿入曲の作詞を手掛け、アラバミー(1924年、ティン パン アレイ曲)やザッツ マイ ウィクネス ナウ(1928年)を作詞、ウクレレ アイクやヘレン ケインの歌唱で大ヒットした。
 とくにヘレン ケインの舞台用に作詞したスキャットの歌詞は1920年代の米国で流行したフラッパー様式の同義語として、1930年に始まる漫画キャラクター ベティ ブープの着想になった。
 ヘレン ケインが歌ったこの曲はグリンとサムHステプトの自費出版で、事務所はニューヨーク7番街745番地のブラス レイル ビルにあったが、間もなく映画産業用の作品作りのためハリウッドに引っ越した。この会社は最終的にはワーナー ブラザー社に売却、グリンとステプトはニューヨークに戻って来る。
 グリンの共同作業者は幅は広く、レスブラウン、エラ フィッツジェラルドほか多数。1981年、82歳没。

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