「スカパーJSATHD」VS「WOWOW」財務諸表からの比較
2020年4~5月、コロナという未知のウイルスにより在宅ワークが余儀なくされ、いわゆる「お家時間」が増えたところ、地上波テレビの視聴時間が全国的に伸びたという事が起こりました。
ネットフリックスをはじめとした有料のVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービスも流行する一方、有料のBSやCSの衛星放送は「お家時間」の増加の影響はあったのか、VODサービスの盛り上がりの波に乗れているのか、それとも、乗れていないのか、気になりました。
という事で、野球やゴルフ、アニメなど専門的なチャンネルが多いCS有料放送を保有するスカパーJSATHDとライブ中継やテニス、映画に強いBS有料放送のWOWOWの比較です。
BS有料放送・CS有料放送は、会員数を伸ばしているのか、減らしているのか、予想してみて下さい。
正解はCMの後・・・いや、最後にお伝えします。
<地上波と衛星放送(BS放送・CS放送)の違い>
企業比較に入る前に、そもそも、地上波と衛星放送(BS放送・CS放送)の違いとは何なのか。
その違いは電波を飛ばす設備の場所の違いにあります。
電波というのは障害物(山やビルなど)があると届きにくいため、高い所から発信して極力、広い範囲に電波を届けようとしています。
関東でいうと地上波は、各放送局からスカイツリーへ回線で電波を送り、スカイツリーから各家庭へ電波を飛ばしています。山やビルなどの障害物の関係で、スカイツリーから電波が届かない場所もあるので、そうした場所には中継局という名の鉄塔を山の上などの高いところに設置して、スカイツリーからの電波を中継させて、各家庭に電波を送信しています。放送局から各家庭に電波を届けるまでの設備がすべて地上に設置されているため、地上波と呼ばれています。
一方、衛星放送(BS・CS)はスカイツリーの代わりに、宇宙にある衛星に電波を飛ばして、衛星から各家庭へと電波が届けられます。放送局から直接、衛星へは電波を飛ばせないので、放送局から衛星地球局(アップリンクセンター)という、衛星に電波を飛ばす施設を経由して、衛星から電波が送信されています。放送局から各家庭に電波を届ける際に地上の設備ではなく、衛星から届けているため、衛星放送と言われます。
<BS放送とCS放送の違い>
では、BS放送とCS放送の違いは何なのか。
単純に使用される衛星の違いだけです。
元々、衛星には目的が設定されており、放送用の目的の衛星を経由するのがBS(Broadcasting Satellite)放送、一方、通信を目的とした衛星を放送にも利用して経由するのがCS(Communications Satellite)放送となっています。1989年に法律改正により、通信目的の衛星でも一般向けの放送が可能となったことにより、CS放送が可能となりました。
<CS放送:スカパーJSATHDとは>
前置きが非常に長くなりましたが、ようやくここからが本題です。
プロ野球全試合中継や、アニメなど専門的なチャンネルの多いCS放送を保有する、スカパーJSATHD。
様々な企業と合併を繰り返してきていますが、1996年に日本初の衛星デジタル多チャンネル放送を開始。1998年には「スカイパーフェクトTV!」となり、加入者が100万件突破。2000年に200万件、2002年に300万件を突破し、2007年には通信衛星の保守・運営を行っていたJSAT株式会社と統合して、スカパーJSATに。BSスカパー!を始めとした自主運営チャンネルの製作から各チャンネルをとりまとめて、各家庭へ届けるまで一貫して自社で対応できる会社となりました。
事業としては各チャンネルを運営する放送事業者に、顧客管理業務などのプラットフォームサービスの提供を行いつつ、通信衛星や光ファイバ等の回線を利用して放送を行う「メディア事業」と、保有している衛星を利用した通信サービスを提供する「宇宙事業」で成り立っています。
宇宙事業というと壮大に聞こえますが、一般消費者にも関係があり、飛行機の中でWi-Fiが使えるのも、宇宙事業の一環のようです。
2021年3月31日現在のスカパー!加入件数は約303万件、2020年度の連結営業収益は1396億円。視聴料金は基本料金の月額429円に契約チャンネルによるプランやセット料金を合わせた金額となっています。
セグメント別売上では6:4でメディア事業が多いですが、セグメント別利益でみると逆転して、3:7で宇宙事業の方が多くなっています。
<BS放送:WOWOWとは>
アーティストのライブ中継や、錦織圭・大阪なおみで盛り上がりを見せているテニス中継、最新の映画放送に強いWOWOW。
WOWOWは1991年に営業放送を開始。1992年に有料放送契約加入者が100万世帯を突破、1996年には200万世帯を突破、2011年には現在にも続く、3チャンネル放送サービス(WOWOWプライム・WOWOWライブ・WOWOWシネマ)を開始しています。
事業としては番組の制作・調達を行い、衛星を使った有料放送サービスを行う「放送事業」と、顧客管理及びテレマーケティングを行う「テレマーケティング事業」で成り立っています。
2021年3月現在のWOWOW加入件数は約279万件、2020年度の売上高は792億円。視聴料金は月額2,530円となっています。
セグメント別売上では95:5で放送事業が多く、セグメント利益としても97:3で放送事業が多くなっています。
<クイズ>
2社の概要を見たところで、ここでクイズです。
スカパーJSATHDはどちらでしょうか。
正解はAがスカパーJSATHDでした。
判断のポイントは固定資産にあります。
スカパーJSATHDは放送局設備のみだけでなく、衛星地球局(アップリンクセンター)や、18機もの衛星も自社で保有しています。
これが非常に高額で、貸借対照表の固定資産を確認しても、2020年3月期は約963億、2021年3月期は約840億と高額で、2021年3月期では固定資産の45%を占めています。
ちなみに、衛星を1機打ち上げるだけでも300億円かかるそうです。
一方、WOWOWは衛星地球局や放送衛星はBS各局が出資した別会社「㈱放送衛星システム」が5機保有しています。
出資比率はNHKがおよそ50%、WOWOWが20%、残りを民放各社で出資しあう形となっています。それにより、固定資産比率が低く抑えられていました。
<BS・CSの契約者数推移>
では、当初の疑問であった衛星放送契約者数推移はどうなっているのか。
一般社団法人衛星放送協会のHPに衛星放送契約者数の推移データがありました。
数字ではわかりにくいので、グラフにしました。
NHKのBSも含めた契約者数推移は右肩上がりのように見えますが、NHKの契約者数が全体の7割を占めており、影響が大きすぎるので、NHKを除いた契約者数合計で出し直しました。すると、2012年をピークにアップダウンありつつも下がり続けています。
2020年度でも下がっているという事は、コロナ禍による在宅時間が増えた中でも、その恩恵を受けられていないという事で、なかなか厳しい結果ではないかと思われます。
サービスごとの要因を調べてみるため、「スカパーとWOWOW」、更に、「スカパーごとのサービスとWOWOW」に分けてみると、スカパーの減少が主な原因、中でもスカパープレミアムの減少が主な要因であることがわかります。
スカパーとスカパープレミアムの違いは、プレミアムの方が特別なチューナーの購入が必要で、その代わり、公営競技や韓国ドラマ、成人チャンネルなど視聴できるチャンネル数が増えるようです。
月々の料金的な差はないようですが、スカパーJSAT自体がテレビ1台分の料金で3台まで追加料金なしにするなど、「スカパー!基本プラン」に力を入れている事がスカパープレミアムの減少要因かと思われます。
WOWOWについてはスカパーのように大きく契約者数を減らすこともなく、微増してきているものの、1991年の開業から見ると、1年で100万件(1992年)、そこから4年で200万件(1996年)を達成した後は、2018年の290万件をピークに微減傾向。300万件が大きな壁になっているようです。
加入者の壁についてはスカパーも1996年の放送開始から、1998年に100万件、2000年に200万件、2002年に300万件と、2年ごとに100万件ごと契約者数を増やしてきたものの、それ以後、400万件には今日現在も届いていないので、スカパーについては400万件が大きな壁になっているようです。
年度では下がっていたものの、ピンポイントの月ごとではどうか。
2020年4~5月の「お家時間」の増加に伴う地上波の視聴時間が増えた月はどうなっていたか、月ごとの加入件数を調べました。
しかし、スカパー!、WOWOWともに同時期の正味加入件数は減少しており、ここでも「お家時間」増加の恩恵はないようです。
スカパー!、WOWOWともに、スポーツやコンサートイベントなどの特定コンテンツの減少の方が影響が大きいようで、両社の有価証券報告書にも、その旨の記載がありました。実際、WOWOWでは「全米オープンテニス」や「LPGA全米女子オープンゴルフ」など、特定コンテンツが新規加入を牽引しているようです。
こうした事から、地上波と異なり、時間が出来たから加入者が増えるというよりは、コンテンツ優先で「見たいコンテンツがあるから加入する」という特定の番組狙いで加入してくる人が多いようです。
そうした人たちを捕まえられるような魅力的なコンテンツを獲得できるか、いかに解約させず、継続させるかが大事なようです。
ちなみに、有料VODサービス各社の契約者数はどれくらいなのか、2021年10月7日の映画.comの記事によると、アマゾンプライムビデオの加入者数は1460万人、ネットフリックスは600万人、ディズニー+は180万人でした。
日経クロステックの記事によると、ネットフリックスは2019年9月から2020年の9月の1年間に約200万人増やして約500万人になっているそうなので、2020年9月から2021年9月までで、さらに100万人増えた計算になります。比較すると、有料VODサービス企業のとんでもない成長率が際立ちます。
<売上推移>
契約者数が減ってきている中で売上推移を見てみると、スカパーJSATではメディア事業は契約者数減少の通り、減少傾向。営業収益(売上高)は宇宙事業での売り上げの増減に左右されているようです。
一方のWOWOWはセグメント別売上で放送事業での売り上げが95%のため、売上高もほぼ加入件数通りの推移となっています。
<損益計算書>
両社の損益計算書としては、下記の通りです。
スカパーJSATの方が利益率の高い宇宙事業を展開しているためか、営業利益率はWOWOWよりも高めとなっています。
両社とも放送事業においては契約者数がカギとなってくるため、販管費の内訳をみると、広告宣伝費や販売促進費など、集客するために費用を多く使っているようです。
<今後の課題>
両社とも伸び悩みへの危機感は感じているようで、課題にも共通の物が多く見受けられましたが、プラットフォームの側面の強いスカパーJSATと、メディアであるWOWOWでは微妙に違いがみられました。
配信サービスの強化という部分は共通していますが、その一方で、スカパーJSATは「事業構造の見直し」や、「ファンの嗜好に合わせたファン・マーケティングを実践する」など、「今あるものを整理させる」事に重点が、WOWOWは「新コンテンツの開発」や「新たな事業開発」といった、「新しい物を生み出していこうとする」事に重点が置かれているといった点に違いがあるように思われました。
<まとめ>
BS・CSの有料放送局は有料のVODサービスの流行の波に乗れず、コロナ禍のお家時間増加でも会員数は減少傾向である事がわかりました。有料放送としては、いかに魅力的なコンテンツを確保できるかが重要になってきますが、競合が増える中、状況は厳しそうです。
プラットフォームとしての側面が強いスカパーJSATの方は宇宙事業の方が利益も大きく、まだ売り上げを伸ばせそうな余地がありそうですが、ほぼメディア事業のみと言ってもよいWOWOWについては地上波同様、放送外収入を模索していかなければ、より厳しくなりそうな気がします。
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