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2・24有明アリーナ3試合評

☆2月24日(月・祝)東京・有明アリーナ
PRIME VIDEO BOXING11

◇WBA世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
△堤聖也(角海老宝石)△比嘉大吾(志成)
引き分け(114-114、114-114、114-114)

 分厚い攻撃一辺倒だったフライ級時代とは一変。距離を操って誘い込み、左フックのカウンターを狙う。猛然と攻め込んでこない比嘉のスタイルに堤は大いに戸惑ったのだろう。
 行くか行くまいか。ほんのわずか迷いが生じ、中途半端な行動に陥ったその間隙を比嘉の左ジャブが捕らえる。リズムを取れず、もちろんペースも握れずに苦しい展開の中、バッティングが起こって右目上をカットし大量流血。鋭い左フックを警戒する上に、傷口を守る意識も重なって、右腕をカバーに充てる時間が長くなり、右ブローを打ちづらい状況にもなった。堤がこのままズルズルとジリ貧に陥っても仕方のない展開だった。

 比嘉の勝負ポイントはここだったように思う。だが、比嘉は戦い方を変えなかった。いや、変えられなかったのか。この日は隠れた技巧派ぶりを存分に発揮したが、試合の中でのモードチェンジをできない“愚直さ”があるのかもしれない。武居由樹(大橋)との前戦で見せた、荒々しくエネルギッシュで恐怖すら感じさせる攻撃に転じなかった(られなかった)のは悔やまれる。

 6ラウンド、意を決して間合いを詰めるスタイルに移行した堤がここで流れを変え始めた。主客がゆるやかに逆転し始めた瞬間だった。堤が打てばピーカブースタイルでガッチリとアゴの両サイドを守る比嘉を見越し、堤は左ボディーブローのダブルから左フックを上に返す攻撃で、じりじりと挽回に努める。比嘉の左フックへの警戒心は解けないゆえ、井上拓真(大橋)戦のような連打(これが必ずしも効果的とはかぎらないのだ)はできなかったが、それでも徐々に右クロスも打ち始めていた。

 9ラウンド、しかし左フックを決めてダウンを奪ったのは比嘉だった。アマチュア、プロはおろか、スパーリングでもダウンしたことがないという堤。乗りかけていた矢先の出来事だっただけに、比嘉にとっては第二の勝負ポイント。しかし、一見すると試合を決めにいっているように見えるものの、その攻撃に彼の特異性ある厚みが見えてこない。この日の彼に闘争のリズムが取れていなかったから、とみる。そのほんのわずかの隙間を今度は堤が突いた。ものの見事な右カウンターだった。前のめりにバッタリと倒れ込んだ比嘉が立ったのが不思議なほどだった。

 続く10ラウンド。堤は一気に勝負をかける。ここをなんとかさばき、ダメージ回復に充てた比嘉も立派だったが、苦しい展開の中でギアをさらに上げられる堤のスタミナと執念が、全体的に比嘉ペースで覆われていた膜を引き剥がす。
 比嘉の戦いに翻弄されかけたこともあるが、この日は決して出来のよくなかった(と感じた)堤の“ここぞ”が引き分けに持ち込んだ。結果は同じだが、4年4ヵ月前の両者の戦いとは逆の印象だ。中嶋一輝(大橋)、比嘉と“ふたつの引き分け”が、堤に「勝負所での瞬時の仕掛け」、その嗅覚を植え込んだのだろう。

◇119ポンド契約10回戦
○那須川天心(帝拳)●ジェイソン・モロニー(オーストラリア)
判定3-0(97-93、97-93、98-92)

 最小限の動きでカウンターを狙う。現代ボクシングの主流となっている間合いを超速で学ぶ那須川は、自身の“立ち位置”を試すという強い好奇心もあったのだろう。しかし、武居戦での反省を踏まえ、サウスポー対策として間合い潰しに奔走するモロニーの戦い方にハマりかけてしまった。初回に棒立ちにされた右をはじめ、右ストレートに活路を求めるモロニーにとって、那須川の出だしのスタイルはおあつらえ向きだったろう。
 モロニーの左ジャブに対し、下からインサイドに突く右ジャブや、リターンジャブなどは瞬間的に効果を上げたものの、武居のような強さをともなわないそれは、モロニーに圧を与えられず、ジャブでは全く止めきれなかった。

 警戒すべき右に対し、アッパーを主体にした左ボディーカウンターを狙ったのは那須川の格闘家としての精神力の強さを表す。右ストレートに対し、顔面がガラ空きとなるアッパーを打つのは特に容易ではない。しかし、これを出さなければモロニーペースはやまない。そこを迷いなく繰り出したことでモロニーの右も前進もかなり制限することができたのだ。
 が、リズムに乗り始めていた6ラウンドに食ったワンツーは、心に芽生えたゆとりを突かれた失点だ。大きく腰を落とし、あわやノックダウンとなるところを堪えたのは格闘家としてのプライドだろう。ダメージ残る7ラウンド、勝負をかけたモロニーの攻撃に鼻血も流す大ピンチを迎えたが、接近戦を挑むモロニーにフィジカルの強さ、頭や顔、立ち位置等の位置取りの巧さ、絡め取る技術で押し戻したことはモロニーを驚かせたはず。キックボクシングのキャリアの太さがここに大いに生きた。この7ラウンドが勝負を決したとみる。

 かつてのナジーム・ハメドのごとく大胆に動き、時折放った右アッパーは、モロニーの体にはインプットされていない間合いやリズム、タイミング。正統なボクシングのリズム、テンポでかたどられているモロニーにとって、那須川の“ナチュラル”こそが厄介で、終盤にようやく飛び出した那須川イズムで序盤スタートしていれば、もっと明白に試合を構成できた気がする。
 ナチュラルに動いてモロニーのリズムを壊し、そこからハイブリッドなボクシングに移るという順だ。結果論かもしれないが、戦略的に逆だったように思う。受け身に回ってしまってからの追い越しは、那須川の地力の強さを証明するものにはなったけれど。

 モロニーの左サイドへ動く那須川の右回りもまた、功を奏すステップだった。右ストレートを打つことに執心していたモロニーのラインを外すポイントでもあった。ほんの数回、モロニーは右から左フックへ繋いだり、至近距離で左ショートフックをねじ込んだりしていたが、那須川はこれに対し反応が薄かった。モロニーがもっと左フックを多用していたら、那須川はおいそれと右回りをできなかっただろうし、警戒網をさらに広げなければならなかった。モロニーには間合い潰しと右ストレートにサウスポー対策の痕跡が十分見えたが、退路を断つ左フックまでは未完成だったようだ。那須川はこれにも救われた。

◇WBC世界バンタム級タイトルマッチ12回戦
○中谷潤人(M.T)●ダビ・クエジャール(メキシコ)
KO3回3分4秒

 クエジャールの左サイドの死角から右フック、左フック、右フックから左ボディーアッパー。さらに左ストレートを顔面に突き刺して一気にダウンまでもっていく。実質、この1度目のダウンでクエジャールの心を折ってしまった。相変わらずの恐ろしい決定力だ。

 瞬間的にスイッチが入り、エンディングまで一気になだれ込むインパクトが毎試合強すぎるあまり、見ている者の意識から吹き飛んでしまいがちだが、しかし中谷のそこまでの“過程”は決して盤石ではないと常に考えている。フィジカルコンディション的に見ても、ベストパフォーマンスは、フライ級の世界前哨戦となったミラン・メリンド(フィリピン)戦(2019年10月5日)まで遡らなければならない印象を持つ。“ライバル”井上尚弥(大橋)に照らして言えば、彼のオマール・ナルバエス(アルゼンチン)戦に匹敵するインパクトだった。アンドリュー・モロニー(オーストラリア)戦やアレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ)戦を挙げる声はもちろんあるのだろうが。

 懐の深さ、距離の遠さ。中谷は体格的有利を十分に意識して、スタンスを広く取ることで自ら作り上げている面ももちろんあるが、向かい合っただけ、もっと言ってしまえば戦う以前から相手は勝手に意識過剰になってしまう。だが、クエジャールにはそれがなかった。中谷もそこを感じ取って、創出に走らなかった。

 出だしから、左ストレートがクエジャールを捕えた。反応できていないに近かった。そのことで、ただでさえ左偏重のボクシングにいっそう拍車がかかった。力んで空振りし、バランスを崩すシーンが目立った。同じように長い距離をもつクエジャールがどこまで意識していたかわからないが、あれを続けていれば、中谷のリズムは完全に壊されていたかもしれない。

 そこで、自重して呼び込む作戦に切り替えた。右を伸ばして左ストレートを打つ間合いとタイミングを計る。だが、その伸ばした右に対し、潜り込ませるように放つクエジャールの左アッパーが邪魔だった。めずらしく慌て打ちする左をかわされてバランスを乱し、左フックを合わされるシーンもあった。

 リズムに乗れず、かき回される雰囲気が漂っていた。これは、フィニッシュの凄まじさに比べ、そこに至る道程、その組み立て方が追いついていない中谷の、特に世界戦に共通する印象である。これは、前の手があくまでも左へのつなぎであって、右ジャブで試合を構成できないためだろう。

 那須川と戦ったモロニー以上に、クエジャールはサウスポーが苦手と感じた。メキシカン特有の妙なテンポということもあるが、ギクシャクとした動きや左への反応の悪さにそれがにじみ出ていた。だからこそ、左への過剰意識を逆手にとって、右フックに切り替えた中谷はさすがだった。

 強すぎるがゆえのジレンマがある。苦戦らしい苦戦を経ていない悩ましさがある。だからこそ、戦い方を間違えたサンティアゴや、対戦がひとまず幻となった井上拓真(大橋)の敗戦が痛い。

 そしてもうひとつ。力み以上に下半身の乱れ、粘り弱さを感じた。元々軽快な動きをするタイプではないが、いつも以上に足取りの重たさを感じた。これは、すでにバンタム級も厳しい体格になっている兆候ではないだろうか。

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