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【ブックレビュー】フェリシアの旅ほか

4月の読書を振り返るのはまだ早いですが、最近読んだ本の紹介をします。
※主に海外の文学作品です。

【「断絶」/リン・マー (訳:藤井光)/白水社】

2023年4月頭に読んだのですが、できれば2020年以前に読んでおきたかったなあ、と思ったのがこの本。

(とはいえ、白水社の出版年月日が2021年3月みたいなので、原書でないと無理ですね……)

簡潔に言うと、パンデミックが起こるSF小説。この小説の発表は2018年なのですが、その設定や状況が奇しくもコロナと重なる部分があり、物語の不思議な力というものを感じたのですよね。

主人公は中国系移民でアメリカに住んでいます。ところが、中国でシェン熱というものが流行りだし、この感染症がNY(というか世界のほぼ)を襲うわけです。

読んでみたところ、文章や設定に少し粗い部分があるのですが、移民の当事者の問題などをユニークな筆致で描いているのがおもしろいところ。他にも中国系で移民された作家だと、イーユン・リーを思い出すのですが、彼女は笑いを誘うものではなくもう少しシリアスなので、別の面で見られたのが興味深かったです。

冒頭でコロナ以前に読みたかったなあ、と思ったのは、実際にパンデミックを経験しているからリアリティに欠けると感じてしまうからかな。小説だから、ということもあり、コロナよりも「断絶」のほうがひどい惨状です。(リアリティを感じないとて、現実には起きてほしくはない

【「第三の男」/グレアム・グリーン(訳:小津次郎)/早川書房】

こちらは、作者の経歴をよく読んでおけばよかった、と感じたものです。

この小説は「映画化を前提に」書かれた小説で、過去に読んだことある「情事の終わり」よりも、軽い作品かなと感じました。明るい物語では、決してありません。

主人公は大衆小説を書く作家。友人に招かれて、第二次世界大戦後のウィーンに到着します。しかし、そこで待ち受けていたのは「友人は交通事故で亡くなった」という訃報。しかも、警察は「あなたの友人は闇商人です」と言われ、彼を追っていたと言います。主人公はその真実を知りたいがために、独自で調査を行ないますが……というあらすじ。

軽い作品かな、と感じたのはラストですね。ウィキペディアで読んだら、ラストは単純な結末になっている、と指摘があったのだそうです。(珍しいパターンですが、映画のほうがもっと重いラストになっていたのだとか)

わたしは文学性を期待していたのですが、ラストまで読み終えたとき「?これってエンタメ枠に入るのかな?」と疑問に思いました。そこでまた調べると、グレアム・グリーンは文学作品と娯楽などのエンタメ小説を描き分けていたとのこと。この作品は映画化が目的なので、どちらかというと推理小説(エンタメ)の領域ですね。

グレアム・グリーン自体、スパイ活動経験があり、スパイ小説も多数書いていたとのこと。映画化されているものも多いようです。

ただ、唸ってしまったのは(比喩です)、構成がとても巧いのですよ。ほかにも会話のやりとりや、駆け引きなども上手で、他作品も読んでみたいと感じた作家です。

【「フェリシアの旅」/ウィリアム・トレヴァー(訳:皆川孝子)/角川文庫】

続いては、大好きなトレヴァー作品です。こちらも映画化された模様。

十七歳の少女フェリシアは、恋人を探しにアイルランドからイギリスに旅をしに行きます。しかし、言葉も慣れず、手がかりもなく……途方に暮れてしまう。そんな彼女を影で見ていたのは、町工場の食堂責任者・ヒルディッチ。彼は独身の中年男性で、見た目もふくよかな冴えない人(おそらく)。彼はフェリシアの恋人探しを助けようと手を差し伸べます。しかし、彼には暗い闇、歪んだ考えがあって……。

サスペンスだとは知らず、読んだのですが……、ラストまで読まないとわからないですね。ラストまで読んでも、ヒルディッチがどんな過去があったのか、読者の想像力に委ねられる作品です。

少しネタばれになってしまうのですが、ヒルディッチの目的はただ純粋に「若い女の子と友だちになりたい」というもの。しかし、この願望はかなり歪んでいるのです。作品を読めばわかりますが、ヒルディッチの思考は錯乱・あるいは妄想が入っていることがわかります。

当然、そこに至る「過去の傷」があるわけですが、トレヴァーはそれを詳細に書きません。スナップ写真のように短い描写を挟み、読者にヒルディッチがどんな傷を負ってしまったのか、想像させます。筆の慎重さが、トレヴァー作品に品を与えていると言ってもいいかも。小説の閉じ方もとてもいい。

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少々辛口ではありますが、なかなか満足のいく読書でした。あとロシア文学を積読しているので、それを消化したいと思います。

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