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ステーブルコインの全貌:基本概念から最新動向まで
ステーブルコインとは何か
ステーブルコインとは、法定通貨や資産の価値に1対1で連動(ペッグ)するよう設計されたデジタル通貨です。一般的な仮想通貨(暗号資産)であるビットコインやイーサリアムが市場の需要によって価格が大きく変動するのに対し、ステーブルコインは米ドルやユーロなどの法定通貨、あるいは金などのコモディティ(商品)の価値に価値を固定することで価格の安定を図っています。ブロックチェーン上で発行・取引される点は他の仮想通貨と同じですが、価格が安定しているため日常的な支払いや送金の手段として利用しやすいのが特徴です。例えば1米ドルにペッグされたステーブルコインであれば、常に1トークン ≒ 1ドルの価値を保つよう設計されています。これは「仮想通貨の世界のデジタルドル」を実現するものであり、価格変動の大きいビットコインなどとは異なり、より予測可能な価値を持つ安全資産的な役割を果たします。
ステーブルコインは2014年頃に登場し始め、当初は仮想通貨取引における一時的な資金の待避先(ボラティリティの高い仮想通貨から安定した価値のトークンへ逃避する手段)として普及しました。その後、分散型金融(DeFi)の発展やクロスボーダー送金ニーズの高まりとともに用途が拡大し、暗号資産市場全体の中で欠かせない流動性供給源となっています。実際、近年では暗号資産取引所での取引量のうち80%以上がステーブルコイン経由で行われており、ステーブルコインの存在が暗号資産エコシステムの基盤インフラとなりつつあります。また世界全体のステーブルコイン発行残高は2023年時点で1,240億ドル超と推計されており、そのほとんど(約99%)は米ドルに価値を連動させたドル建てステーブルコインが占めています。これは、ステーブルコインが米ドルのデジタル版として機能し、グローバルに流通している現状を示しています。
ビットコイン誕生以降、ブロックチェーン技術は送金の即時性やネットワークの分散性など画期的なメリットをもたらしましたが、価格変動が激しいという欠点がありました。ステーブルコインはブロックチェーンの技術的利点(透明性・効率性・プログラム可能性)と価格安定性を両立させることで、仮想通貨を日常生活やビジネスでも利用しやすいものにしています。例えば、従来の銀行送金では中継銀行を経由して数日かかる国際送金が、ステーブルコインを使えば数分で完了し、手数料も安価になるケースがあります。また銀行口座を持たない人々でもスマートフォンとインターネットさえあれば米ドルなど安定した価値を持つデジタル通貨を利用できるため、金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)の促進にもつながると期待されています。このように、ステーブルコインは価格変動の小ささと決済手段としての利便性を併せ持つ点で、ビットコインなど他の仮想通貨とは一線を画しています。
ステーブルコインの種類
一口にステーブルコインと言っても、その価値の裏付けとなる仕組み(担保)の違いによっていくつかの種類に分類されます。大きく代表的なものとして、以下のようなタイプがあります。
法定通貨担保型(フィアット型)
実在する法定通貨を担保とし、その通貨に価値をペッグする方式です。もっとも普及しているタイプで、発行体(民間企業など)が銀行預金や短期国債などとして発行額と同等の法定通貨資産を保有することで価値を保証します。例えば、米ドル連動のTether (USDT)やUSDコイン (USDC)、ユーロ連動のStasis Euro (EURS)などがあります。基本的に1トークン=1通貨単位となるよう常に準備金の額を調整し、ユーザーは希望すれば発行体にトークンを償還して法定通貨を受け取る権利を持つ点が特徴です。法定通貨建てのため価格変動が最小限で、暗号資産市場では主流となっています。コモディティ(商品)担保型
金や原油などの現物資産を担保に、その資産価格に連動するステーブルコインです。ユーザーはトークンを保有することで間接的にその商品に投資した状態となります。代表例として、パックスゴールド (PAXG)は1トークンが1トロイオンスの金(ロンドンの保管庫に保管)に対応しており、トークン保有者は実物の金価格と連動した価値を手にします。同様にTether Gold (XAUT)も金担保型のステーブルコインです。商品価格に連動するため法定通貨型ほど価値は安定しませんが、コモディティへの手軽な投資手段として利用されています。暗号資産担保型
仮想通貨(暗号資産)そのものを担保に発行されるステーブルコインです。価格変動の大きい暗号資産を担保にするため、想定するペッグ価値以上の評価額の担保(過剰担保)を預け入れる仕組みになっている点が特徴です。ユーザーが担保用の暗号資産(例:イーサリアムなど)をスマートコントラクトにロックすることで、安定価値を持つトークンを借り入れる形で発行します。代表例のDAI(ダイ)は米ドルと等価になるよう設計されたステーブルコインで、担保にはETH(イーサリアム)やUSDCなど複数の暗号資産が使われています。価格維持は担保価値が下落した際の自動清算(強制売却)や、ステーブルコインをバーン(焼却)して担保を回収する裁定取引によって行われます(後述)。暗号資産担保型はスマートコントラクトによる運用で発行体が存在しない分散型のものが多く、中央管理者を介さずに済むメリットがありますが、担保となる暗号資産自体の価格暴落リスクに備えて通常は200%以上の過剰担保を要求されるなど、非効率な一面もあります。アルゴリズム型
明確な外部資産の裏付けを持たず、プログラム上のアルゴリズム(供給量の調整メカニズム)によって価格安定を図るステーブルコインです。需給に応じてトークンの発行量や焼却を調節することで価格を目標値に近づけます。例えば、Ampleforth (AMPL)は価格が安定水準から乖離すると保有者のウォレット内残高を自動的に増減させて調整し、Frax (FRAX)は一部を担保、一部をアルゴリズムで制御するハイブリッド型です。革新的な試みですが、持続的な信認を得ることが難しく価格が維持できなくなるリスクがあります。実際、米ドルと連動することを目指していたアルゴリズム型ステーブルコインのTerraUSD (UST)は、関連トークンの信頼性崩壊により2022年5月に劇的な崩壊(デペグ)を起こしました。USTは短期間でほぼ無価値となり、数十億ドル規模の損失を出したことから、アルゴリズム型ステーブルコインの脆弱性を示す象徴的事例となっています。
この他にも、近年では国債担保型とでも呼ぶべき新種のステーブルコインも登場しています。例えば、Ondo社のUSDYやHashnote社のUSYCは米国財務省短期証券(Treasury Bills)やレポ取引を裏付け資産とし、保有者に利息(イールド)を分配することで実質的にマネー・マーケット・ファンドのトークン化に近い機能を持たせています。これは高い信用力を持つ国債を担保に安定性を確保しつつ、ステーブルコイン保有者にも金利収入を与える試みで、規制当局とも協調しながら安定性と利回りを両立させようとするものです。このように、ステーブルコインには多彩な設計が存在し、安定した価値を実現するために何を担保としどのように維持するかという点でタイプが分かれています。各タイプごとに利点・欠点があり、利用シーンに応じて使い分けられています。
価格を安定させる仕組み
ステーブルコインがどのようにして価格ペッグ(目標価値)を維持しているかは、その設計によって異なりますが、基本的には「充分な裏付け資産の確保」と「市場メカニズムによる調整」によって安定性が保たれています。主要な仕組みを、担保タイプごとに解説します。
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