
三陽商会のV字回復に学ぶ業績不振からの復活方法
2024年10月8日ライトオンがワールドによる公開買付を受け入れて、子会社化されることが発表されました。
ライトオンは2007年8月期の1,066億円、営業利益58億円をピークに売上が右肩下がり、コロナ禍からの復活で各社が業績を戻す中でも業績を戻すことができず24年8月期も営業損失50億円と不振が続いています。
ワールド傘下となり、不採算店舗からの撤退、販管費の圧縮を進めると書かれていますが、自社単独で売上を減らして販管費を圧縮する決断を下す難しさが伺えます。
ライトオンのニュースを見ている中で、売上を大幅に落とした後にV字回復で黒字化した三陽商会のことを思い出しました。三陽商会についてはバーバリーのライセンス事業を失ってから不審に陥り、何度も再建プランを推進したもののうまくいかず、2020年に社長に就任した大江氏の元で再建が進み、2023年2月期に黒字化を達成しています。
今回は大江氏のインタビュー記事を振り返りながら、アパレル事業を再編する上で重要なことを整理できればと思っています。
三陽商会の業績推移
三陽商会の2017年から2024年までの業績推移は下記のグラフの通りです。

コロナ前の2020年2月期までは売上600億円規模を誇るものの、売上総利益率が46%〜48%と低く推移しており、営業赤字が慢性化しています。アパレル事業における売上総利益率46%という水準はかなり危険水域で、百貨店系のブランドであれば企画原価率が30%程度と言われており、全てがプロパー販売できれば売上総利益率70%になります。売上総利益率46%という水準は、全体の値引き率が45%程度と考えられて、ほとんどの商品を半額セールで販売している状況になります。
コロナが直撃した2021年2月期と2022年2月期は売上を大幅に落としていますが、そこから一気に回復し2023年2月期はコロナ前の売上水準に近い582億円の売上、61.97%の粗利率と大きく回復しています。2024年2月期は更に売上・粗利率ともに伸ばして増収増益となっています。
大江氏が三陽商会の社長に就任したのが2020年の5月であり、そこからV字回復で業績が回復したのが見て取れます。
インタビューから見るアパレル再建における重要なこと
ここからは大江氏の過去のインタビューを振り返りながら、アパレル再建における重要なことを財務上の数字と一緒に確認していきたいと思います。参考にしたのは主に以下の記事になります。
①楽観的な目標ではなく実力値に基づく売上を前提に全てを考える
まず前提となる売り上げ計画については、確実に実行できる最低限の売り上げをベースにしました。それでも利益を確保するための施策を実行しました。
売り上げ計画を前提に適正な販管費率にするには、どれほどの販管費削減が必要か見積もりました。希望退職を募集したほか、広告宣伝費も絞りました。けですよ。
楽観的な目標ではなく、三陽商会の実力値に基づいたトップライン(売上高)を前提に全てを考える。コストマネジメントは、販管費を身の丈にあったレベルまで引き下げること。
インタビュー内で繰り返し言われていることが、楽観的な要素や努力目標を排除した実力値に基づいた最低限の売上水準をベースに考えるということです。最低限の売上水準でも利益が出るように販管費を圧縮する、身の丈にあった販管費に切り下げるということが徹底されています。
私自身も前職で子供服ブランドの経営をしていた時にはこの考え方とほぼ同じ考え方で経営していました。急成長はしていたものの、消化率99%を達成できる実力値の中で仕入を行い、売上高を確実に達成できる範囲で計画を立てていました。
一方で諸先輩方の話を伺っても、アパレル経営においては一定の売上規模をキープしたい根源的な欲求のようなものがあり、なかなか踏み込んだ改革をする決断が難しい、そこには中で関わる「人の感情」が大きく影響しているという話もよく聞いています。
伝統ある大きな組織の中で、実力値に見合った売上を前提に人員削減も含めて大きなコストカットを進めたのはすごいことだと改めて感じます。
②商品を絞り込み売り切る構造に変化させる
大江氏の改革の2つの柱のうちの一つが前述の最低限の売上に基づいたコストコントロールで、もう一つは在庫コントロールの徹底にあります。
在庫コントロールを徹底的にやること。商品力や販売力の向上によって消化率を上げることはできない。それは努力目標だ。消化率を上げるには入り口規制。つまり仕入れの抑制であり、品番やSKUを徹底的に絞り込むしかない。
インタビューの中でも上記のように、消化率をあげるためには入口である仕入を絞り込み、そのためには品番やSKUを徹底的に絞り込む必要性を伝えています。
実際に仕入の絞り込みは財務データにも現れており、大江氏が社長に就任してからの2021年2月期以後は仕入金額が大きく減っています。

2024年2月期は売上高613億円と2017年12月期の625億円に迫る金額ですが、仕入金額は2017年12月期の約75%ほどの221億円となっています。少ない金額の仕入で同じ程度の売上をあげることができており、消化率・在庫効率が大きくあがっています。
③構造改革と成長戦略を同時に行わない
調達原価の削減は、決断すれば実行できる。仕入れの抑制による在庫コントロールも同じだ。販管費の削減だって、具体的に削減額を決めて実行するだけのこと。構造改革の基本だろう。これを疎かにして、(新ブランドの出店拡大などの)成長戦略を同時に行うからおかしなことになってしまう。
「①の楽観的な目標ではなく実力値に基づく売上を前提に全てを考える」に繋がるが、販管費の削減や仕入の削減を徹底的に行う構造改革中に、不確実な成長戦略を実行しようとすると販管費・仕入の削減が中途半端になってしまいます。構造改革中には構造改革に集中する重要性を伝えており、そのことは大江社長が社長に就任してからの決算説明資料の中からも伺えます。

新規ブランドや出店の話はなく、原価率の低減、消化率の改善、不採算店舗の撤退、不採算事業のローコスト化など成長戦略が含まれない構造改革の話に集中していることが見て取れます。併せて売上・粗利が確保できていなかった旧品の比率を下げて、新規品の比率を上げているところも重要なポイントであるように思えます。
決断すればできることを着実に実行する難しさ
実力値の売上に基づき、販管費を削減する、仕入を減らす、調達原価を削減するといったことは大江氏のコメントにもある通り、決断すればできるものであるものの、その決断ができずに悩んでいるのが実際の現場だということを日々の業務を通じて感じています。確保したい利益水準から逆算して、努力目標も多分に含んだ売上、粗利率の計画をたててしまうのは多くの経営現場で行われてしまっていることだというのを感じています。
だからこそ三陽商会のV字回復の事例を通して構造改革のやり方について多くのアパレルだけでない小売事業の経営者の方に知ってもらいたいと思いました。
現場あってこその改革の成功
ここまで見てきたように、三陽商会のV字回復において、方向性と何をすべきか明確に示して実行に落とし込んだ大江氏のリーダーシップの役割は非常に大きかったと言えます。一方で実際に商品を企画し、お客様が欲しがるものにした上でお客様の手元に届けたのは、商品企画・MD・生産管理・物流・販売といった現場の方々の力によるものです。逆に言えば、経営陣が正しい方向性を示して、現場の方々の力をちゃんと引き出すことができれば慢性的な赤字に陥っているような企業でも成功することができるということを、私も含む経営者は忘れてはいけないのだろうとも考えさせられました。
私自身としては、今後も経営コンサルティングおよび小売企業向けのシステム提供を通じて、小売企業が良質な経営を実行していくサポートをしていければと改めて思いました。