比較的徐脈の定義
以前,書いた↓とも重複しますが,比較的徐脈の色々な定義をまとめておきます。
日本語では比較的徐脈や相対的徐脈と表現されますが,英語でも
・relative bradycardia
・pulse-temperature dissociation
・sphygmothermic dissociation
・Faget‘s sign
など呼び名は様々です。
Liebermeister’s rule
まず,体温上昇に伴い,どれくらい心拍数が上がるのが生理的なのか?
Liebermeisterが1875年に急性または慢性発熱疾患(心疾患と脳疾患は除外)の成人患者280人,腋窩で4205回を計測,記録したことに基づき,体温が1℃上がる毎に心拍数が8回/分上がると報告しました。
これをLiebermeister’s rule: P=80 + 8 (T-37) と呼びます。
(Liebermeister C. Handbuch der Pathologie und Therapie des Fiebers. Leipzig: Verlag F C W Vogel, 1875. p463-7.)
その後も体温上昇と心拍数の関係については色々な報告があります。
・Mackenzie, J. The Study o f the Pulse, 1902, p.138.によると
“Roughly speaking there is an increase of ten beats with each rise in temperature of one degree Fahrenheit.” (データの提示なし)
→1℉上がる毎に約10回/分脈拍が上昇(1℃で18回/分に相当)
・Lyon DM. The relation of pulse-rate to temperature in febrile conditions. Qu J Med 1927;20:205–18.では,
測定部位不明,(発熱患者40人)大葉性肺炎21人,気管支肺炎5人,リウマチ熱4人,扁桃炎2人,腸チフス2人,以下1人ずつ急性気管支炎,ジフテリア,急性肺結核,腎盂炎,膿腎症,発疹チフス。非発熱性疾患6人,その他13人
→1℉上がる毎に平均約10回/分脈拍が上昇(1℃で平均18回/分に相当)
・Tanner JM. The relationships between the frequency of the heart, oral temperature and rectal temperature in man at rest. J Physiol 1951; 115:391 – 409.
(安静時),18-36歳の健康な46人の男性が対象
口腔温,1℉上がる毎に平均約11回/分脈拍が上昇(1℃で平均20回/分に相当)
直腸音,1℉上がる毎に平均約8回/分脈拍が上昇(1℃で平均14回/分に相当)
・Mackowiak PA, Wasserman SS, Levine MM. A critical appraisal of 98.6 degrees F, the upper limit of the normal body temperature, and other legacies of Carl Reinhold August Wunderlich. JAMA 1992;268:1578–80.
健康な18-40歳の男女148人(男122人,女26人)の口腔温を計測
→安静時,1℃上がる毎に平均4.4回/分脈拍が上昇
・Davies P, Maconochie I. The relationship between body temperature, heart rate and respiratory rate in children. Emerg Med J. 2009;26:641–3.
小児の研究(救急外来受診者を対象),
→体温が1℃上がる毎に,脈拍が平均約10/分上がる
・Altschule MD, et al. CIRCULATION AND RESPIRATION DURING AN EPISODE OF CHILL AND FEVER IN MAN. J Clin Invest. 1945;24:878–89.
発熱治療のため発熱物質(腸チフスワクチン)を静注
対象:関節リウマチ5人,麻痺1人,淋菌性関節炎1人,原因不明の顔のリンパ浮腫1人の計8人
→1℉上がる毎に平均約10回/分脈拍が上昇(1℃で18回/分に相当)
・Pernerstorfer T, et al. Acetaminophen has greater antipyretic efficacy than aspirin in endotoxemia: a randomized, double-blind, placebo-controlled trial. Clin Pharmacol Ther. 1999;66:51–7.
アセトアミノフェンとアスピリンの解熱効果を比較したRCT,
30人の男性ボランティアに対しエンドトキシン(リポポリサッカライド)4ng/kgを静注,
3群にランダムに分け,エンドトキシン静注後に,プラセボ,1000mgのアスピリン,1000mgのアセトアミノフェンをプレメディケーションとして内服
→プラセボ群では
- 投与2時間後,心拍数が平均 8±2 回/分上昇
- 投与後4-5時間後,心拍数が平均30±3回/分上昇
→Liebermeisterルール「1℃上がる毎に8回/分」に矛盾しない結果
安静時や発熱物質(エンドトキシンなど)の注射,感染による発熱時などの観察で,大体1℃上がると平均8〜20回/分心拍数が上昇するようです。幅があります。
Faget's sign
ルイジアナの内科医 Jean Charles Faget によります。
黄熱病で発熱が続いているにもかかわらず,心拍数のピークは初日にあり,第1〜4病日にかけて脈拍の急激な低下がみられるのが黄熱病に特徴的と記述しました。
→ 黄熱病はLiebermeister’s ruleの例外とされたことが比較的徐脈の最初の記述ではないかと思います。
(Étude médicale de quelques questions importantes pour la Louisiane: et exposé succinct d'une endémie paludéenne, de forme catarrhale, qui a sévi à la Nouvelle-Orléans, particulièrement sur les enfants, pendant l'épidémie de fièvre jaune de 1858. New Orleans, Impr. Franco-American 1859.)
Ostergaardの定義
・女性:心拍数(/分)=11 x 体温(℃) -359 以下
・男性:心拍数(/分)=10.2 x 体温(℃) -333 以下
通常比較的徐脈を起こさないであろう集団を参照集団として心拍数と体温について回帰分析を行い95%信頼区間の下限よりも低いものを比較的徐脈と定義
→腸チフス(14人),レジオネラ症(9人),クラミジア肺炎(13人),マイコプラズマ肺炎(14人)の50人のうちこの定義を満たしたのはクラミジア肺炎患者1人だけだった
(Ostergaard L, Huniche B, Andersen PL. Relative bradycardia in infectious diseases. J Infect. 1996;33:185–91.)
この基準に当てはめると,
女性:体温39℃の場合,心拍数 70以下,体温40℃の場合,心拍数 81以下
男性:体温39℃の場合,心拍数 64.8以下,体温40℃の場合,心拍数 75以下
になってしまいます。いや,厳しすぎるでしょ。
McGeeの定義
・心拍数(/分)=10 x 体温(℃) -323 以下
Ostergaardの研究の男女別の計算式を統合して作成したと記載されているが,原著に男女数の内訳が見当たらず,どのように統合したか不明
→この定義でも体温39℃の時,心拍数67以下が比較的徐脈になり,厳しすぎる
(McGee S. Evidence-Based Physical Diagnosis. 5th ed: Elsevier Health Sciences; 2021.)
Cunhaらによる定義
・作成過程不明
・体温の華氏の1の位から1引き,10をかけて100を足したものを体温に対する適切な心拍数の反応とする(Postgrad Med 1993:93; 69-82.←初出?表なし)
・Ostergaardの研究の参照集団に当てはめると90%以上が比較的徐脈と判定されてしまう(J Infect. 1996;33:185–91.)→甘すぎる基準
よく引用されるのは,2000年のCMIのこの表ですが,なんだか誤植がありそうです。これを引用している文献は誤植のまま(120が2つある)引用していて気の毒です。
上のものは適切な心拍数反応の表で,2010年頃から比較的徐脈の列が出現します。これなら臨床的な感覚と合うような気がします。でもまた誤植があります。
多分,誤植を訂正すると,↓のようになるのではないかと思います。これだと39℃で110番(110回/分未満)という青木眞先生の覚え方とも大体合致します。
デルタ心拍数20ルール
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