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皇帝と開かない扇

これから2週間に1度
どこでもドアを使えることになった。
行先は松の木の前にいらっしゃるお能の先生のところだ。


この日は、前回の打ち合わせから1週間後で、
正式に初めてのお稽古となった。

画面越しにご挨拶の仕方を教わる。

謡のテキストは『鶴亀』。
シテというのは主人公で、
このお話の主人公は中国の皇帝らしい。

皇帝!

無事に新年を迎えられたという、めでたい気持ちで謡いましょうと先生。

謡本にはよくわからない記号がいっぱいふってあって
どこを見ていいのかわからず目が忙しい。
先生が一つ一つ説明してくださった。

おうむがえしをする。
お腹から声を出す必要があるようだが、私はおそらく喉しか使えていない。
画面越しに見る先生は、どこかわからない不思議なところから声が出ている感じがする。一体どうなっているんだろう。

全身の毛穴から声が出ているイメージで、
一語一語噛みしめるように謡うようにとのアドバイスがあった。

ガギグゲゴの発音が難しい。
そしてここまでは、まだぎりぎりよかったのだけれど
音が上がったり下がったりする部分に差し掛かったときに
どういう状況かわからず軽いパニックに陥る。

三角形を描くように上げ下げしてみては、とおっしゃるので
とりあえず何も考えず先生の真似をしてみようと思ったら
目と顔だけが三角形を描いていたようだ。
声はどこへいった。

気が付いたら半ページちょっと進んでいたので驚く。


仕舞のお稽古に移った。

『熊野』というお話。

平宗盛に仕えている
熊野という女性の話。
病床の母を見舞いたいという願いが聞き入れられないまま
京都へのお花見に同行することになり
そこで舞を舞うらしい。
故郷にいるお母さんを想って。

今の私には少し難しい状況だ。

かまえの後、立ち上がるところから。
出尻で鳩胸、前を見る。
この基本姿勢がつらい。

例えばモデルさんのように、と言われたのだけれど
やっぱりスキーのジャンプのようになる。
それにひょこひょこしている。

扇を上げたり下げたりする動きが出てくる。
私がやると、旗揚げゲームの「赤上げて!、白上げて!」をやっている人にしか見えない。そして、ものすごく雑だ。

先生の動きはとても美しく
無駄なところを通っていないようにみえる。


移動するとき、ベクトルを決めてそこだけを見る、と先生はおっしゃる。
その前にまたどちらが右かわからなくなった。
おそらく、左に行くから左が出る、右に行くから右が出るという状況にまだ頭も体も慣れていないのだろう。
これは練習が必要だ。


そう思っていたら、扇を開く動きが出てきた。
さすがにこれぐらいはできるだろうと思っていたら
開かない。

何かの冗談だろうかというぐらい開かない。
最終的に力任せに開こうとしても
1ミリも動かない。
先生はにこやかだったけれど、内心呆れていらっしゃることだろう。
なんとも情けない気持ちになりかけたところで、
ついに扇を一度も開くことができないまま第一回目のお稽古終了となった。


お稽古後、メモを確認しながら2時間ほど復習する。
これはいったい何という難しいものを始めてしまったんだろうと
半ば呆然となりながら録音を聞く。

でも、わからないことがたくさんあるのは楽しい。
勝手に、これから成長の余地があるということにしておこう。

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