菊池くずれ6段

第六段

(暗いところに打ち込まれ 耶蘇姫は腰元供に打ち向

かい

「方々ここはどこであろう 佐賀の城は暗いところか」

腰元方は聞くよりも なんと返事申しようもなく

ただ 姫君よと嘆くばかり

奥の方では三郎丸は

「いかに方々 今日も咎人がきたらしい 今日の咎人は女人方

であるようだが いかなる咎により この二の丸に打つ込まれたか

主従 話を致される。

耶蘇姫殿はその声を聞き

「誰か向こうの暗いところにいられるような

三郎丸は思わず声をかけ

「そこに見えたる御女中方 御身はいかなる咎により

このところにおいで候や」

聞くよりびっくり 耶蘇姫は

「ただ今の声音は兄様」 

さても なにがなにやらわからぬままに 耶蘇姫主従

からめ縄に引き立てられ

2の丸獄やになりければ

獄やのなかにうちこまれ

鍵を厳重に締め付けられ

暗いところにうちこまれた

耶蘇姫は腰元方に打ち向かい

方々ここはどこであろう 暗いところじゃ

佐賀の城は暗いのか

腰元の方々も聞くより何の返事申しようもなく

ただ姫君様よと

12人のこそもと共々

ただただ 泣くばかり

「やあやあ ここは暗いところ 隈部様の話には

兄様は殿のおそば役 と申されたが

どこに兄様いることか

兄様はどこじゃ どこじゃ」と泣きじゃくる

さても

話は変わりて

同じく隈部の策略にてとらえられた三郎 同じく

奥の牢屋で

「今日もどうやら 咎人がきた様子

暗いところで何の姿も見えぬが声を聞けば

女人ばかり いかなる 咎 無礼があったのか

この2の丸にどうしてはいってきたものか

と 三郎の言葉

「やあやあ お女中の方々よ御身方は何の咎あって 

この2の丸にいられなされたか?

さても この言葉に

「あれ いまのは確かに

「いかなる 咎あってか?

「ああああ・・・ただいまの声はまさしく兄様の声」

「申し上げます そこに 今 声を聞いたのはまさし

く兄三郎様ではござりませねか?}

「おお・・・・そうゆうそなたは

「おお まさしく 兄上様 妹やそでございます」

聞いて驚く さぶ郎丸

「何と申すか 耶蘇姫よ何用あって そなたは                           肥前佐賀の城に参りしか

「申しあげます兄上様五条隈部但馬守殿が隈府の城に

使者としてお見えになり 兄上様のご様子 帰国の段

菊池に帰られるゆえ その代わりに妹耶蘇を佐賀の城

に上せとの仰せつけにつき 急ぎ罷りこしそうろうが

隈部殿の教えには 肥前の佐賀の城の掟 作法には女

人には取り次ぎいらず 旅装束のそのままで一斉に君

の御前に馳せ上がるが習いと きき しれゆえ その

教え誠と思い 

殿のお目通りをいたせしが 無礼者 狼藉者と とが

められからめとられて この場におりそうろう と

隈部殿のお話には兄上様は君のお側役と承るが

肥前の殿の側役とはこのような暗いところでござりま

すか

「何を申すか 耶蘇よ さても これにありしことは

兄は隈部親子あることないこと企み立て 罪なき我を

咎人として

この二の丸獄屋に打ち込みたり。妹耶蘇よここをどこ

ぞと思いしや

ここは肥前佐賀の城の二の丸獄屋であるなり。   

三郎一人ならばともかくも 罪も報いもない    

そなたをだまし咎人になすとは誠に憎き隈部」と嘆き

給えば

「兄上様父上様の言わるるには隈部様とは不審に思う?

三郎丸には十六人の家来がついている。十六人のうち

から誰か一人参るなら誠と思えども、隈部様唯一人は疑

わしや。父上の言葉に隈部は

腹を立て 何を申されるか赤星殿 それでは貴殿は阿

蘇山の遺恨を無念に持って候か。論より証拠起請文と

一筆書いて父上に渡せば

父上はこれほどのれっきとしたる証文なら疑いには及ぶまいとの仰せ

我は兄の代わりならどこどこまでも参るべしと喜んで来てみれば

この通り」

「何を申すか耶蘇 隈部はそれほどまでも悪を企み あることない

ことを御殿に掟までいつわって そなたを罪に落とすとは何事ぞ」

兄妹嘆くを家来の面々もともに泣き無念と物語るを五条隈部 外

で一部始終 立ち聞きいたし獄屋の扉を開き

「三郎丸殿 ただ今これに参りしは隈部でござる。ただ今殿のお目とうりに参るものならば
  
   七重の膝を八重に折り 一刻も早く獄屋放

免になるようにお願い致して参ります。暫くのご辛抱

くだされ。」と扉を閉めて急ぎ御殿へ戻り 殿のおん前に一礼

「これに 参りしは五条隈部にて候。ただ今登城の道

すがら二の丸

獄屋の前を通りしに三郎主従が泣いたり喚いたりの 

あげくには

おのれ 憎き隆信公 我一人の咎人にあらず 罪なき

妹まで牢に入るるとは恨めしや。身体が二つあるなら

ば一つはここで腹を切り

一つは天に上り 魔王となって隆信公をつかみ亡ぼし

肥前の城は黒土野原になさん」と口説いておりました。

殿には三郎不憫とおぼ

し召されしが 三郎このまま置かれるものならば殿ば

かりの命では

ござりませぬ家来一同まで怨む三郎なれば生かして置

いては一大事と存知候」とまたもあることないことを

申しあげれば君は大いに

立腹し

「何を申すか隈部よ 三郎に限ってそのような者では

ないと詮議をいたしておるうちに我を怨みこに御殿ま

で亡ぼすとは恐ろしや。この上からは 肥後と筑後の

国境 竹江原に曳きだして三郎が家来

十六人には詰め腹切らせ十二人の腰元どもは自害させ三郎兄妹は

逆さ磔にして なぶり殺しにかいされよ」

聞くよりも五条隈部は渡に船と大いによろこび あまたの者に申し

つけて 二の丸さして急ぎ来る

かくて獄屋の扉を押し開き

「やあやあ 三郎殿この隈部が殿様に七重の膝を八重

に折り獄屋放免願えども 殿は一考聞き入れあらず 

ただ今殿の仰せには

肥後と筑後の国境 竹江原に曳きだし十六人には詰め

腹十二人は自害を申しつけ御身ら兄妹は逆さ磔にして

なぶり殺し 必ず致せの

御意にて候えば ご用意なされよ三郎殿」

「何を申すか隈部よ ただ今まではいかなる者の仕業

かと思いおれども かくなる上からは 何事もおのれ

がなす業と悟ったり」これを聞くより隈部は

「方方早く」と縄をかけ 主従三〇名をからめとり 

竹江原と曳きいだす。

あまたの者どもは品々 担いで急ぎ行く

急ぐ道中なんの障りもなく肥後と筑後の国境竹江原に

着きにける

家来の者共は荒垣を結い廻し 往来には番所を構え 

番のものには番頭 花田の民部時純その他三十五人の

役人供は十手 早縄 付き棒 いが棒 六尺棒をたず

さえ行儀正しく見えにけり

三郎耶蘇主従の身の上はいかなるか 感ぜぬ人こそな

かりける

三郎耶蘇主従30人の行く末は次の段

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