菊池くずれ7段

第七段

五条隈部は磔十字に組み立てて

「三郎殿 御身兄妹は肥前向きがお望みか又肥後向き

がお望みかお望み次第に向けてつかわさん早語り給え」

と聞くより三郎丸は

「申し隈部殿 総体肥前国は3カ国の御大将 大事な殿

の国なれ肥前を望むが当然なれど 肥前の方から吹き

来る風も恐ろしや

肥後の方から吹き来る風もなづかしや

かなうものなら 肥後方に向けてくだされ」

「なるほどなるほど しからば肥後向きにし申さん」

五条隈部をはじめ 一同の者は言うより早く三郎丸を

丸大に打ち乗せて 額に一尺二寸の角の釘打ち付け左

の足に八寸の釘を打つ

左右の手には五寸釘で打ち付け その他骨すじの合を

のぞんで34本の釘を打ち 耶蘇姫も同じく磔台に乗せ

て額に八寸の角釘を打ち左の足に五寸の釘を打ち右に

も同じく五寸の釘を打ち右と左の

手は三寸の釘を打ち その他骨すじの合をのぞんで3

4本の釘を打ち」

「やあやあ 御兄妹お望みの通り肥後向きにて御座候」

と口には申せど 肥後向きには立てずして肥前向きに

押し立てたり。哀れ御兄妹で逆さ磔の拷問にて御苦し

みはいかばかり

十六人の家来方は御兄妹の哀れを見るより

「いかに方々よ 御兄妹の苦しみを我々十六人れっき

として拝まる

るものか 総体家来は主君の御死去なさるまで拝むが

当然と思えども我々としてはこの苦しみ拝まれまい 

我々十六人は先ず先立つ不忠義とは思えども    

今腹切って 三途の川で御兄妹のおん出

を待つより他はないと思いしがいかがであるか方々よ」

一同これを聞くよりも

「なるほどなるほど 御兄妹のおん苦しみをなんで拝

まりょうぞ

先腹切って三途の川の左京ヶ橋にお待ち受けよう」

すでに十六人は衣服を脱ぎ白装束となり

守り刀の鞘はずし 両手を合わせ

「若君様 暇君様 我々 は御兄妹の御死去まで拝んで果つるは

当然にて候が このおん苦しみを拝みかねます。先立

つ不忠義の罪はお許しくださりませ」

と南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と念仏もろとも あばら

をつかみ立て腹切ってあい果てたり 惜しむべきかな

年の頃二二歳が年頭で一六歳がすそで 十六人はこと

ごとく竹江原の露と消え哀れはここに十二人の腰元方

「いかにも方々よ 姫君御兄妹の哀れさを十二人の我


々がどうして拝まりょうか 見れば十六人の後家来衆

は腹を切りことごとく相果てられたように見受ける。

れっきとした後家来方も拝みかねての

御最後と覚えたり 我々も先立つ不忠義とは思えども

先に自害して三途の川の左京が橋に姫君や若君様のお

ん出を待ち受けてはいかがぞや

と申す言葉に一同が

「なるほどなるほどおん身の仰せの通り 御兄妹の哀

れを何の拝まれましょう 早く自害せんものと見事に

十二人は自害してぞ死ににけり。惜しむべきかな年の

頃一八歳が年頭 一四歳が年すそで十二人は竹江原の

土と消えにけり 」

哀れはここに三郎丸

ああ くるしや残念や 無念や 今見受くれば十

六人の家来ども腹掻ききって失せにけり 無常の煙で

あろう 妹よ妹と 」

呼べど叫べども何の返事もない

「ああ十六人の家来も十二人の腰元も妹も死したるか 
耶蘇耶蘇」

と声をかぎりに叫び給えば 耶蘇姫はようようのこと

に声をあ「兄上様苦しゅうござります」

「おおお 妹耶蘇よそなたが まだ 存命でいたるか

 家来も腰元も皆死したるぞ 早うそなたも 逝かれよ 」

「兄上様 一言言いたいことがございます」

「なにか 言いたいことあらば早う申せ」

「いまわのきわに隈府の城におわす 父母に一目会い

たい見たい是非に合わせてくだされ 兄上様」

「道理であるぞ妹よ 汝も会いたいであろう

我も又会いたい 遠くへだてた隈府の城 今会うこと

はおぼつかなし あれに見ゆる あの山を父母と拝ま

れよ 早く西に向いて手を合わせ早くいきましょぞ」

「西はどちやらでございます」

「どちらとも はやく拝まれよ 西も東もわからぬ妹

までこういう苦しみを見せるとは 誠に無念や口惜し



「兄さま おさらばでございます 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」

と耶蘇姫は念仏もろとも消え給う

惜しむべきかな年の頃九つの暮れの年 この世の露と

消え給う

三郎丸はこれを見るよりも

「耶蘇も逝ったか 我一人残り怨めしや 早逝けば 

と苦しみの中夜明けの光りのそのなかで竹江原の露と

消えにけり

惜しむべきかな年の頃一二歳を一期とし主従30名は

ことごとく竹江原の土となる

ここに 隈部ほっと 一息 「やあやあ 方々これで

隈部の胸下がった 先ずここの始末いたさんぞ」

隈部の行く末 いかなるや 兄妹無念いかなるや

さてもさても この行く末はどのような顛末になるやらは

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