コタロウと南関町①
皆様いかがお過ごしでしょうか?
琵琶語りのコタロウです。
今回からは熊本県玉名郡南関町とコタロウのお話をしましょう。
コタロウが南関町を知るのは琵琶をはじめてからです。
当時、筑前琵琶を習いたての頃、文化庁の事業で肥後琵琶、筑前琵琶、薩摩琵琶を聞く「親子で親しむ~琵琶に親しむ」という企画を行ったのです。企画は当時の筑前琵琶熊本旭会会長です。
そのときの会場が南関町公民館だったのです。薩摩、筑前、肥後、の三つの琵琶が勢ぞろいする珍しい企画でした。まだ琵琶をお披露目できる腕のなかったコタロウは司会進行を一生懸命した記憶があります。
そのときが初南関町でした。そのあとに南関町坂下にある堀京順先生のお墓や南関町小原にある山鹿さんの生家のあった場所(ずいぶん前に焼失)に伺った記憶があります。
その後に記憶を辿るように、何回か南関町に来るのですが、何故かお墓にも生家跡にも行けなかったんです(町役場にも行って地図をいただくけれど行けなかったのです。)
南関あげだけはいつも物産館で購入して阿蘇に帰っていました(当時から食いしん坊です)。
でも実はコタロウはこのままJA阿蘇で定年まで働くつもりでした。
こういってはなんですが、農協の仕事は性に合っていましたし、多大なるご迷惑をおかけしながらも、組合長はじめ理事、先輩方も本当によくしていただきました。いろんな農家さんに可愛がっていただきました。
実家が農家ですし、父の人の良さが地元で支えてくれたのだなぁと今と思えばわかります。ありがとうございます。
地元の祭りや消防団にも入り、このままこの地元で琵琶は趣味として生きていくと思っておりました。
しかし、2020年1月にコタロウは「ある募集」を見つけてしまうのです。
次回の更新は来週火曜日です。