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アメリカで感じた 「デジタルとリアルがつながる時代」 — ビットキー・寳槻昌則のストーリー(第2回)
ビットキー共同創業者であり、代表取締役社長 CEOの寳槻昌則(ほうつき・まさのり)。この記事では寳槻へのインタビューを通じて、ビットキーが実現したいこれからの未来についてお伝えします。
第2回目のテーマは、ビットキーの事業構想の原点。起業のヒントになった会社員時代の経験について聞きます。
▼第1回目の記事はこちら
寳槻 昌則(ほうつき・まさのり)
株式会社ビットキー 代表取締役社長 CEO。1985年生まれ。起業家の父と芸術家の母の間に三男として生まれる。中学卒業後すぐに大検の資格を取り、高校へ通わず独学で京都大学へ。在学中は教育ベンチャーの起業や映画助監督を経験。2011年にIT企業のワークスアプリケーションズへ入社。2年目でアメリカ事業立ち上げ責任者に選ばれ、単身で渡米。ニューヨークとロサンゼルスを拠点にしたビジネス展開を経験する。帰国後の2018年にビットキーを共同創業した。
ベンチャーは「何でもできるけど、何もできない」
——幼少期からの寳槻さんのエピソードを聞いていると、「会社員になる」という選択をしたのは意外に感じます。
寳槻:私も、毎日スーツにネクタイで通勤する、いわゆるサラリーマンになるのを想像していませんでした。
その選択の背景にあったのは、大学在学中に兄と一緒にやった教育ベンチャーの立ち上げ経験です。(寳槻家の教育方針から着想を得た「受験も勉強も教えない」教育事業をしている会社「探究学舎」)
当時、副社長として資金調達やWebアプリケーションを開発しましたが、ベンチャーをやったからこそ、サラリーマンとしてビジネスを基礎から学ぶべきだと痛感しました。
まず起業を経験して思い知ったのは、「ベンチャー経営者は何でもできる」というのが、完全に錯覚だったことです。たしかに大企業の末端社員と比べたら、裁量はある。しかし、何もできない。例えば「途上国の開発支援をするため、洋上にエネルギープラントを作りたい」と、自分が興味を持っているテーマがあったとしますよね。この種の物事を進めていくには莫大な資金が必要であり、それ以上に専門知識やノウハウ、高いビジネス能力も求められます。ベンチャー経営者は裁量権こそ最大ですが、ビジネスの土台が乏しい。何より、物事を進めるためのノウハウと能力がない。この状態のままでは結局、何もできないんです。積み重ねないといけない。
一方で大企業は、非常に大きな仕事をやっているように見えます。大企業の資金やノウハウがあれば、先に述べた洋上プラントを作ることも実現可能です。そこに魅力を感じて大企業へ進む人も多いでしょう。とはいえ、「自分」がすぐに大きな責任を与えられるわけでもないんですよね。プロジェクトに参加できたとしても、最初の仕事は、「建設するプラントのエレベーターの安全性に関して、運用ルールを決める会議の議事録をひたすら取る」ことかもしれません。私のような人間は辛抱強くないので、これだと飽きてしまう。
だから「適切なサイズ感の場所で、適切な経験を積むべきだ」と私は思ったんです。いわば、魔法使いになるため、ホグワーツで訓練をするわけです。ではどこで訓練するのか。ベンチャーでは小さすぎる。大企業だと、訓練が丁寧すぎて自分の性格では退屈するかもしれない。成長機会としてのベストは、ベンチャーと大企業の中間ではないか、という狙いをつけました。
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——当時のワークスアプリケーションズは、寳槻さんにとって理想的な規模感だったのですね。
はい。ワークスアプリケーションズは創業社長が率いており、当時は1500人程度の規模でした。老舗企業のように役職者が詰まっていることはなく、幹部職も30代。魅力的でハードな仕事の機会を得られそうだと思いました。
その直感は、ありがたいことに的中しました。入社2年目で、社長から「アメリカへ行ってこい」と言われます。運良く、過激な訓練機会が予想以上の早さで得られたんです。最初はたった1人で海外拠点の立ち上げを任されることになり、文字通りスーツケースひとつだけを持って、私はアメリカへ渡りました。
アメリカで体感した「リアルワールドにデジタルが進出する」衝撃
——入社2年目で海外拠点の立ち上げを任されるというのは、普通ならあり得ないことですよね。それだけ寳槻さんが飛び抜けて優秀だったんですか?
寳槻:そうではないですね。仕事も覚えたての新人ですから。ただ、目の前の仕事に妥協せずに取り組んでいたので、若手の中では目に留まる働きをしていたと思います。あとは勢いというか「こいつに任せたら何かやってきそうだな」と思われたんでしょう。とはいえ、こういう機会において大きいのは運だと思いますよ。上司との出会いや仕事の機会も結局は縁ですから、私も運に助けられた部分が大きかったと思います。
とにもかくにも、約4年間、アメリカで働くことになりました。この期間の経験は、私に大きな気づきを与えてくれました。
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ニューヨークで生活をはじめた当初、私は「アメリカは日本よりも進んでいる国」だというステレオタイプの印象を持っていたんですね。もちろん、昔は本当にそうだったかもしれません。でも私が渡米した2013年時点では、「いや、これなら日本のほうがクオリティが高いぞ」と感じる場面に出くわすことも多かった。例えば、電車。日本ではSuica 1枚あれば改札を通れて、買い物もできましたが、アメリカの地下鉄ではいまだにトークン(コイン)や古いタイプで質の悪い磁気式カードを使っていました。一番驚いたのは、駅にいても次の電車がいつ来るかわからないこと。また、イベントの時期になるとホテルが予約できなかったり・・・まあ悪口を言うときりがないので、やめましょうか(笑)。アメリカが嫌いというわけではないので。
とにかく日本人の私からすると、非常に不便な街であると感じました。しかしこの状況は、ほんの数年間で一変します。ちょうどその頃に、「Uber」や「Airbnb」をはじめとするスマートなサービスが本格的に社会実装されて、市民が使うようになったんです。不便な街は、いつのまにか最先端。なんというか、スマホとアプリによって「街のOSがまるごと変わった」という感覚でした。劇的かつ感動的な変化だったんです。
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——寳槻さんが憧れた「テクノロジーの魔法」が、人々の生活を大きく変えたんですね。
はい。IT業界にいた私にとっても、その変化は目まぐるしいものでした。
当時私が扱っていた商材は、会計システムや経費精算など、データを入力して管理するソフトウェアが中心でした。その世界観からすると、UberやAirbnbがもたらす変化は次元が違うんですよね。パソコンの画面を飛び出して、食べる・泊まる・移動する・働くなどの「リアルワールド」にデジタルが一気に食い込んできたわけですから。あくまで画面上のものであったITが、「ピクセル」という壁を突破して現実世界へやってきた。
いわば "Digital to Real" という大変革が起きたわけです。 「今後は暮らしの全てがスマート化する」と思えるような、DXの大波でした。
「デジタル」と「リアル」をもっとつなげれば、人々の生活を根本から変えられる
——アメリカでの体験が、ビットキーの構想のヒントになったのですか?
寳槻:はい、確実に大きな影響を受けました。
当時、出張が多かった私はAirbnbやUberだけでなく多くのサービスを使ってみました。ひとりのユーザーとしてその便利さに感心していましたが、それと同時に物足りなさというか、課題も発見していたんです。
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例えば、Airbnbではマッチングまではスムーズだけど、鍵の受け渡しは個人間でやるので不具合が起きることもあります。私も実際に「宿泊先のカギをオーナーが持って来なくて、待ちぼうけを食う」という体験をしました。
Uberでも、クルマの乗り間違えを経験しました。ドライバーとの直接コミュニケーションでのトラブルもあります。
課題は、要約すると「物理面」でした。デジタルは良くて、リアルがだめ。スマホアプリでのユーザー体験の導線は素晴らしいんですが、実際の物理的な体験が弱いんです。
理想のユーザー体験を追求するならば、ソフトウェアとハードウェアの両面からサービスをデザインするべきではないか、という仮説が生まれました。
その仮説がもととなり、「カギとドア」というテーマに発展します。「カギのデジタル化」を実現した上で、「物理的なドア」を新しいハードウェアによってアップデートする発想です。
考えてみると、世界に存在するカギとドアは、人の数よりも多いんです。当たり前過ぎて気づきませんが、すべての人・モノ・サービスは「カギとドア」を介して流通します。ここに革命を起こせれば、全ての体験が劇的にアップデートするのではないか。暮らし方も働き方も変わる。これは世界が変わるのではないか。そう直感したんです。
デジタルとリアルを、つなげる。
私はいよいよ、起業家としての新たな道へ進むことを決断しました。
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いかがでしたか。寳槻昌則のストーリー第2回目は、ビットキーの事業構想の原点をご紹介しました。次回は、起業家・寳槻が考える「スタートアップの存在意義」をテーマにお届けします。
ビットキーでは、各職種で積極的に採用活動をおこなっています。
ご興味をお持ちの方は、お気軽にカジュアル面談にご応募ください。
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