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ツバメに選んでもらえるように
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今週の一枚はツバメの巣
ここだけじゃなく、写ってない方向にも3つほどツバメの巣がある。
別に巣があるのはいいのだが、問題は母親の車を停める場所の真上に巣を作ってることだ。ということはツバメのフンが車の屋根に落ちてくるのは必然。
普通はツバメの巣より車が汚れない方が大事だから、ツバメがヒナを育ててる時期は巣はそのままにするかも知れないが、ヒナが旅立った後に巣を撤去した方が良いとは思う。しかし母親は車の屋根の上にフンを受け止めるための布を毎回広げて車を停めている。
車を出し入れする度に布を掛けたり、布を片付けたりと、母親は毎回面倒くさいことをしている。
つまり、自分の車が汚れる事よりツバメの巣の方を大事にしてるのだ。
オーマイガ!信じられない…
これは俺の心が汚れてるのか?
俺ならツバメたちには申し訳ないが、
「ちょっと君たち君たち!ここじゃなくても、巣を作る場所は他にいくらでもあるだろ?ここはジョージママのブラックマドレーヌ号を停めてる場所だよ?厳しい事は言いたくないが、勝手に人の敷地内に入ると罪になるのよ。こちら側の退去の要求に従わなければ、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金の住居侵入罪になってしまう可能性がある。そうなる前に他に引っ越ししてくださいな!」
俺ならそう思ってしまうが、さすが母親は年季の入った聖人君子。
車庫のほとんどの天井をツバメの巣に占拠されてるのに、何も怒らずにツバメの子育てを助けてる。
ここで俺はハッと気付いた。
俺は何を驕り高ぶった上から目線で守るべきモノの価値基準を勝手に決めてるのだ?
ツバメが小さな体を使って、一生懸命に子育てをする為に巣を作ってるのに、それより車が汚れないことの方が一点の曇りなく優先すべき大事な事なのか?
もしかしたら俺の母親は自分の車が汚れる可能性があることより、ツバメの巣を守る方が遥かに価値があると気付いてて、それを優先してるだけじゃないのか?
俺が本当に優先するべきモノが見えてないだけじゃないのか?
そんな根本的な事を俺は思ったのだ。
思えば、世の中が決めてる価値基準が本当に正しいのか?
今の世の中は若くて可愛い女性に尊い価値があり、生まれながらに容姿が劣ってる人間は肩身が狭い世の中になってるはずだ。
本当は心が優しくて、自分を犠牲にして周りの人に優しい性格の人でも、容姿が悪かったら嫌な思いをしてしまう悲しい世の中だと思う。
若くて可愛い女性には簡単にお金が集まり異性も群がってくる。だから、みんな容姿を磨くし、お金をたくさん稼ぐことに力を入れてる。
でも、これが一番優先すべき価値あることなのか?
若くて美しい外見の良さやお金だけが、心からの寂しさを埋めてくれて、どんな時もずっと側にいてくれるのか?
外見の良さやお金ばかりを求めてしまう人生に本当に価値はあるのか?
俺は自分の車がツバメのフンで汚れるよりも、ツバメが自分の家に巣を作ってくれることを喜んでる母親の価値観の方が幸せなのではないだろうか?と思った。
俺は美しい女性の気を引くためにお金を使い、そして、俺にお金が無くなったら、女性は俺から離れて行ったという情けなく惨めな過去がある。
俺がツバメなら、俺が一生懸命に作った巣「ジョージのモダンハウスin鴨川」をネーミングセンスが悪くて見た目がボロいからと言って、美しい女性にあっさり壊されたようなものだ。
これは俺の気持ちや存在などには一切価値がないと否定されたに等しい。
俺の価値観では車庫の天井にあるツバメの巣を撤去する方が合理的だと思うが、車がフンで汚れるよりもツバメの巣の方を大事にする価値観を持ってる母親で良かったなと今では思う。
もちろん若いうちの価値観は人それぞれでいいとは思うが、人生を長く生きると行き着く先の価値観はほとんどの人が一緒になるのではないかな。
みんな容姿は枯れてヨボヨボとなるのだ。
人類みな死亡率100%。
だったら、最後に何が残る?
死ぬ寸前まで美しい容姿を求めるのか?
死んだ後にまで持っていけないお金を大事にし続けるのか?
そう考えたら、元気な今から本当に大事にするべきモノはなんとなく分かるはずだ。
ツバメたちよ、君たちのハウスをちょっとでも邪魔と思ってしまってごめん。
君たちが来てくれることこそが、俺の家が安全だという証拠なんだね。
自分が偉そうに人やモノを選ぶ立場の人間になるんじゃなくて、人や動物、生き物たちから選ばれるような人間になるように生きていくよ。
それは、誰にでも優しくて太陽のような暖かな人間になることなんだと思う。
そんなことを考えた、今週の一枚。