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あの夏を忘れない


今週の一枚は、


「裏山の景色」


この風景は決して遠くの山の中の景色ではなく、俺の部屋の真後ろにある景色の画像だ。


これを見ると俺がどんな山奥に住んでるかが分かってもらえると思う。


本当に山の中だ。もちろん家の近くにはコンビニはおろか、飲み物を売ってる自販機さえない。小学校の時にある夏の一定期間だけ1キロほど下に自販機が設置されたから、俺は夏の暑い中わざわざ歩いてまで自販機に行ってジュースを買っていた。家の冷蔵庫にジュースがあるのにだ。


その時の俺は家の近くに自販機があるのが嬉しくて嬉しくて浮かれていた。


でもね、俺しかジュースを買う人がいなかったのかなぁ……しばらくして、その自販機は無くなったのだ。


俺だけの自販機だったのに……


それに、こんな山奥だから家の近くに学校の友達がいなくてね。俺はずっと夏休みは1人ぼっちで遊んでいた。小学校までの距離は4キロもあったから、俺は学校付近に住んでる同級生とは遊ぶ機会がまったくなかった。


でも、俺も頑張って学校近くまで遊びに行った時もあったんだよ。しかし、普段からあまりにも俺が山奥から出て来ないもんだから、たまに俺が学校付近に現れると同級生たちが大騒ぎさ。


「すげぇー!ジョージちゃんがいるぞ!おーい!みんな!ジョージちゃんが山から出て来た!珍しいぞー!!」


俺は珍獣かよ、アルマジロかよ。


俺だって町っ子って呼ばれたい!それには、爽やかなそよ風みたいな感じを装って、あくまでも、さり気ない感じで町まで遊びに来た感じにしたいんだよ。さらにシティーボーイとも呼ばれたいのさ。なのに何なのさ!俺が学校付近まで来ただけで、みんなで俺をツチノコか天狗みたいな扱いだよ。


だから、俺はますます町には行かなくなった。


でもね、俺はある時、恋をしたんだ。


エクボの可愛いあの子にね。


そして、エクボの可愛いあの子が町内の夏祭りに行くとの情報を俺の顔の真横に常駐してる耳とも言われてるCIA(知りたいあの子のエクボの秘密……略してCIA)がキャッチした!!


そしたら我が家は大騒ぎさ(俺だけで)


つまり俺が夏祭りに着ていく服がないという緊急事態宣言が発令!その当時の俺はいわゆる引きこもりの問題児であり、母ちゃんが買って来る服をそのまま着てた甘えん坊。だってね、俺は家からまったく出ないのよ。だから人に服を見せる必要がないから、母ちゃんがたまに買って来るダサい服でもそのまま着てたのだ。


でも、今回の夏休みはそうはいかない!!


「エクボは恋の落とし穴!」とはよく言ったもので、俺はもうすでに恋に落ちてしまってるのだ。愛しいあの子に「ジョージちゃん!カッコいい!!私をどこかに連れ去って!!」と、言ってもらえるような服をなんとしても探して出して着るのだ!!


だから俺は母ちゃんにこう言ったんだ。


「母上!ジョージを小学校に上がるまで大事に大事に育ててくれて本当にありがとうございます。このビタミン・ジョージ……いや、今はコクまろな激しい恋をしてるから、今だけはシナモンパウダー・ジョージと名乗らせてもらいます!今年の夏祭りは決戦にてございます!将来の伴侶となり得る可能性のある姫君をゲットするため、何卒、何卒、ファッションセンターしまむらへの出陣をお許し下さい!!!」


この頃の俺の中でのイカした若者ファッションの聖地と言えば、ファッションセンターしまむらだった。


しかし、そこに行くには車で30キロは走らないといけない。だから俺は母ちゃんに懇願したんだ。自分で服を選びたい!と。


俺の鬼気迫るお願いに何かを感じ取ったんだろうな。母ちゃんも「分かったよ。今度の日曜日にお父さんと兄ちゃんと一緒に、しまむらに行こう!」そう言ってくれた。
 

街中に住んでる人には俺の気持ちは分からないだろうな。周りに店が溢れ、いつでも服を買える環境にいる人には。


そう、子供の頃の俺にしたら自分で服を買いに行くだなんて、かなりのアドベンチャー、デンジャラスな冒険だ。俺はしまむらに行く1週間前から服を買いに行くための脳内シミュレーションを繰り返し、心は準備万端!


いざ!若者ファッションの最先端!ファッションセンターしまむらにジョージは降り立った!!


しまむらに着いた俺は周りには絶対にしまむらでの買い物初心者なのがバレてはいけないと、しまむら上級者を装って、店内をさりげなく探索した。

 「ふん、ふん。しまむらも創業は1953年だからね。よくぞここまでね、成長したよねぇ〜今日は程よく服を選ぼうかな。うん?この服は次のパリコレ意識してるのかな。この業界も流れ早いからねぇ〜」 


俺はありったけのニワカな知識を呟きながら、小学生男子の服のコーナーに辿り着いた。ドキドキ、今日は俺が自分で服を選ぶんや!すると俺の心の中の小宇宙が吠える!


「俺の中にある最先端ファッションのコスモよ燃えろ!!エクボの可愛いあの子の心に届け!!しまむらペガサス流星拳!!」


俺は悩みに悩んだ。夏祭りだから浴衣を着るという選択肢もあったが、ここは英国紳士のような洋風で決めてみたい。俺と言う人間の器のデカさをアピールするには浴衣ではなく洋風アレンジだ。俺は日本だけでは収まりが効かないデカい男。つまりビールジョッキじゃないビールピッチャーみたいなダンディズムな男への演出をする。


俺は悩みに悩んで夏祭りに着て行く服を決めた。


俺はあの子の心を射止める、恋のロビンフッドになる!!


俺の勝負服。それは灰色のTシャツと青い長ズボン。つまり上はグレーのTシャツで胸には「DRAGON」の文字。つまり、昇り龍のような俺の熱い決意を表してる。そして、下のズボンは敢えて夏なのに長ズボン。それも我が故郷の空のようなスカイブルーの長ズボン。他の同級生の男共は夏だから子供らしく半ズボンを履いて来るだろう。しかし心にニヒリズムを持つ俺はここでも他の同級生と差別化する。


俺は夏なのに長ズボン。もう大人だぜ。ズル剥けのズルズルさ!エクボの可愛いあの子へのそんなセクシャルなアピールも隠し味として入れてある。


さあ準備は整った!エクボの可愛いあの子に会いに、いざ!町内の夏祭り会場へ!


そういえば俺は初めて町内の夏祭りに参加をした。
しかし、ここで夏祭り初心者の姿をあの子に晒すわけにはいかない!もう、この夏祭りに参加して20数年は経ってるかのような貫禄を出さねばならない。


「なるほどね。今年は雨も降らずになんとか夏祭りを開催出来て良かったよなぁ。一昨年は途中から雨が降って大変だったから。この夏祭りを立ち上げた時に居たメンバーはいるかな?久しぶりに会いたいなぁ〜」


俺はそんな独り言を言いながら、夏祭り会場を彷徨った。初めてだから、どこに何があるのかが分からんだけだが。


しかしジョージよ。この夏祭りの立ち上げ時にはお前はまだ生まれてないぞ……そんなツッコミを心の中で入れつつ、俺はエクボの可愛いあの子を探して夏祭り会場をさらに練り歩いた。


そうすると、やはりすれ違う人からの熱い視線を激しく感じるのよ。そりゃ、そうだろ。真夏に子供がスカイブルーの青い長ズボンを履いてるのだぞ?さらにグレーのTシャツの胸には「DRAGON」の文字。
こんな最先端のファッションで夏祭り会場を練り歩いたら、そりゃ注目されるに決まってる。


みんなの憧れの視線が俺の全身に突き刺さる………


その時だ!!!


エクボの可愛いあの子がカバみたいな顔した女の子の友達とこちらに向かって歩いて来てる!!!


エクボの可愛いあの子はアサガオ柄の浴衣を着てる!!


「きゃわわ!!」


俺は心の中で絶叫した。なんて可憐で可愛いんだ!アサガオの柄が、もはや柄ではなく、あの子の浴衣の上で生きてるかのように咲いている!!そうまさにアサガオが咲いてるのだ。あの子の天使のような微笑みシャワーがアサガオに命を吹き込んでる!!そしてその笑顔のシャワーのおこぼれが、あの子の可愛いエクボに溜まってるじゃないか!!


俺は興奮を抑えつつ、この町一番の夏祭りファッションに身を包んだ姿で、さり気なく彼女たちの横を通り過ぎようとした。


この一世一代のランウェイを大人のブルックリンステップをさり気なく入れながら俺は自信満々に歩いた。


すると、エクボの可愛いあの子と一緒にいるカバ女がこう言ったのだ。


「あー!!ジョージちゃんがいる!!珍しーー!!」


すると、1秒も間を置かず、エクボの可愛いあの子がこう呟いたんだ………………





「ダサ〜〜〜い」





と。



僕はこの日から夏祭りとかいう狂人が行くような野蛮な集まりには二度と行ってない。


僕は泣きながら急いで家に帰った。


そして途中で夏の夜空を見上げたよ。


どこまでも広がってる星空。


このお空には、一体、何個の星があるのかな?


でもね、僕は自信があるよ。


今の粉々になった僕の心の欠片の方が、このお空の星の数よりたくさんあるに決まってる。


もう粉々になった心は元には戻らない。


もし心が元に戻る方法があるのなら、過去に戻って服選びからやり直すしかない。



今度の服選びはしまむらじゃなくて、イオンに行こう………



そんな過去の夏の日を思い出した今週の一枚

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