いつかの終わり
若い才能に自分の席を明け渡す時、その時は必ずやって来る。
それはどんなに優れた人間であってもだ。
その世界の天下を取り、周りの人間からは怒られる事もなく意見すらされなくなった天下人でさえ、いつかは若い人間に自分の席を譲る。
いや、自分から席を譲るじゃなくて自分の座ってた席を奪われると表現するのが正解かも知れない。
本人は「まだまだ!」と思ってたとしても肉体的な衰えには誰も逆らえない。
多分スポーツ選手がそれを一番痛感するんじゃないかな?
俺は大谷選手が好きだから、ドジャースの試合はいつも見てるけど試合を見てると、ふと寂しくなる時がある。
「大谷選手もいつか引退するんだなぁ……」そう思って寂しくなる。
今は間違いなく100年後も語り継がれる野球選手の全盛期を生きてる内に見れて、そして最後の試合まで見れる可能性が高い時代だ。
大谷選手も、いつか必ず引退する時が来ると思うと俺はふと寂しくなるんだ。
毎日のようにヒットを打って、その日の成績が3打数1安打でも「今日は調子が悪いな」と言われてたイチロー選手でさえも引退した年は公式戦でヒットを1本も打てずに引退した。
多分、心は若い時と変わらず衰えてなかったはず。しかし反射神経や視力の衰えには逆らえなかったのだと思う。
スポーツ選手は自分が決断せずとも自分の成績の低下と共に若い選手に自分の席を明け渡すしかないから、ある意味美しい幕引きになる。自分の実力が落ちてても自分の席にしがみつく事が出来ないからだ。
しかし、スポーツの世界以外に存在する「既得権益」という権利に守られてる人たちは時として自分の引き際を間違え、さらに自分より優れている若い才能の芽を残酷に摘む時がある。
これを「見苦しい!」とか「引き際を間違えてる!」と第三者的な目線で言うのは簡単だ。
なぜなら当事者の意見ではないからだ。
若い人間に自分の席を譲ると自分の利益が損なわれる当事者からしたら、他の人間に席を譲るという行為は自傷行為に近いと思う。
さらに若い人間が自分に敬意を払わずにクソ生意気だったら尚更簡単な事ではない。
もし俺がどこかの有名なチェーン店の経験豊富なバイトリーダーだとしたら、後から入ったイケメン君に仕事のスピードも抜かれ、周りの俺に対する尊敬の視線をも奪われたなら、さすがに俺の心も嫉妬の狼に襲われて身悶える日々を送る事だろう。
でも、俺にだってプライドはある!
そんな嫉妬の狼に負ける事なく平静を装い、ここは大人の余裕で年下のイケメン新人君にこう言って自然に接する事だろう。
ジョージ 「アキト君!段々と今の仕事に慣れたみたいだね!すごいよ!僕はこの仕事をもう10年はしてるけど、君のような優秀な新人君は初めてだよ!でも、油断は禁物!この仕事はね、覚えたての時が一番失敗しやすいんだよね。僕もこのバイトを始めて9年目でシフト調整を任された時は失敗の連続だったよ。でも、そこはこの店の未来を任された責任感っていうのかな。僕がいないとこの店は回らないし、自然とバイトリーダーになったという感じだよ。アキト君も僕から盗める技術があったらドンドン盗んでよ!でも、僕がこのバイトを10年間積み重ねた末の技術だから、そう簡単には盗めないとは思うけどね……」
アキト 「チッス!ありがとッス!しかしジョージさん凄いっすね、このバイトを10年っすか?時給820円を10年すか?それで最近バイトリーダーになったんですよね?ここコンビニっすよ?オーナー以外でシフト調整係なんて必要なんですかねぇ……」
こんなクソ生意気な事を言われても、俺は若い芽を摘ませない!
俺は煉獄ジョージ郎だ!!
俺は君を信じる!アキトを信じる!!
しかしだね、出勤時間の1時間前に出勤して明日のシフト調整を考えてると、俺に次いで勤続年数が長い勤続年数2年のアズサちゃんがこう言うんだ。
アズサ 「実は今日のアキト君の歓迎会なんですけど、私、彼氏との約束があるんですよね。だから、参加出来なくなりました。みんなに伝えて下さい!」
……知らなかった……今日、アキト君の歓迎会がある事も……そしてアズサちゃんに彼氏がいる事も……
俺はアキト君の歓迎会に1人だけ呼ばれてなかったのだ。
そして、俺が密かに恋心を抱いてたアズサちゃんに彼氏がいたなんて……
2年前の棚卸しの時に「彼氏はいない」って言ってたじゃないか!
その時に「ジョージさんみたいな棚卸しのスペシャリストが彼氏だったらなぁ〜」って言ってたじゃないか!!
だから、その時俺はバイトリーダーを極めよう!棚卸しの日本一になるって心に決めたんだ!
でも、俺は誰にも必要とされてなかった。
新人の歓迎会にも1人だけ呼ばれず、恋にも敗れた。
もうここまで。
気力、体力の限界。
俺のバイトリーダーの席を若い才能に譲る時が来た。
俺はこの時、イチロー選手が引退した時の気持ちが分かったような気がした。
でも、やはり既得権益と呼ばれる人たちの気持ちも分かる。
自分たちが若い時から苦労してやっと掴んだ席なのだ。
自分たちの利益を減らしてまで、若い才能に今の席を譲りたくない気持ちも俺は十分分かる。
無様でも、情けなくても、今の地位にしがみつく気持ちが分かる。
でも、いつか終わりが来るのだ。
俺もこんなに偉そうに書きながら、自分の引き際を間違えず、無様にもならずに若い才能に席を譲る事が出来るんだろうか?
しかし、心の中では、いくら悔しさと嫉妬の嵐が吹き荒れようとも俺は今から覚悟を決める。
俺はその時が来たら笑顔で若き才能たちに今の自分の席を譲る。
そう笑って、
「頑張れよ!これからは君たちの時代だ!」
俺は、いつかの終わりに必ずこう言うだろう。
そして、ここまで長々と書いてて、今、気付いた。
俺には若き才能に譲るべき席がなかった。
今回の話は超ド底辺からの妄想話だったのだ。