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失わなければ気付かない
最近、急に右目の調子が悪くなった。
実は三週間ほど前に、右目に強烈な衝撃があったのを覚えている。母親が壊れたから見てくれと持って来た、木で出来たマッサージ器を俺がしゃがんで見ていると、母親が俺がしゃがんで見てるのを気付かずに勢いよくマッサージ器を上に持ち上げたのだ。
その時にマッサージ器の枝の部分が俺の右目を直撃した。その時はしばらくは右目を開けれないほどの衝撃だったのだが、その後には何もなかったので、今まで放置をしていた。
右目の不調の原因として思い当たるのは、これぐらいだが、とにかく一昨日からスマホの文字が見えにくくなり、昨日からは右目だけでは文字が歪んでしまい、とうとう文字がほとんど見えなくなった。
それは文字だけではなく、人の顔までもが歪んで見えるのだ。詳しく説明すると、人の顔の真ん中部分が下に歪んで見えるのだ。
これはどういうことかと言うと、俺の右目では、この先どんな美人も美人には見えないという事だ。
全ての人の顔が顔の真ん中だけ、下に凹んでおり、その人の本当の姿が俺の右目では判別出来なくなってしまった。
「オーマイガ!!」
この症状が、もし左目にまで波及するとだね、俺の脳内では、一生美人には出会えないという事になる。
今は両目で見てるから、なんとかスマホで文字も打てるが、それでもほんやりと文字全体が滲んで見える。もちろん右目だけでは文字がまともに見えないし、スマホで文字が打てない。
これはつまり、この先の未来、左目も右目と同じ症状になってしまうと、俺にはもう文章が書けないという事になる。
そんな未来がやって来ると、この場所で文章を書いてるビタミン・ジョージという人格の命はそこで終了というわけだ。
この先、俺の文章を読んでくれてる優しい人たちに、もう二度と、この焼け付くような熱い思いを伝える事が出来なくなると想像しただけで、
俺の心の中に、寂しくて悲しいという感情が湧き上がってくるのを感じる。
俺は常々、まるで悲劇の主人公かのように「俺ば寂しいという感情すら無くしてしまった悲しきモンスター……どうか皆さん哀れんで……」と、ニヒリズム全開のナルシスト風味の文章を多々書いてるのだが、そんな俺が「今後視力を失って文章すら書けなくなるかも?」と想像した瞬間に、今まで失っていた「寂しい」という人間らしい感情が、あっさりと復活したのだ。
やはり人間とは愚かなものですね、大事な人や大事なものを失って、そこで初めて、それがかけがえのない大事なものだったという事に気づくものなのです。
誰しも独身時代は一人が嫌で孤独は寂しいと感じる事があると思う。しかし、いざ結婚して愛する人と一緒にいる事が当たり前の日常となり、さらにそれが長年続くと、今度は一人の自由な時間が恋しくなる。
「人の心とは永遠の無い物ねだり」
などと、まるで昭和歌謡のようなダサい台詞を恥ずかしげも無く書いとりますが、 大多数の人は大事なものを実際に失わないと、失ったものの本当の価値に気付けない。
なぜなら、本当に大事なものは母性のような大きな愛で常に自分を優しく包んでくれてるようなものだからだ。
かけがえのない本当に大事なものは自分にとって、普段からあって当たり前のものである可能性が非常に高い。だから失う前は、本当の価値に気付かないし、気付けない。
さらに失った後には、大事なものは、もう二度と元には戻らない。
俺は右目の不調を強く感じるようになり、こんな事を考えた……
あぁ……僕の可愛い右目ちゃん。僕の日中はパソコンばかりを見てしまい、夜は夜で電気を消した真っ暗な中、スマホの画面を凝視して、君の事を劣悪な環境で酷使してしまっていた……
僕は、普段から君の存在の事など気にかける事なんてまったくなかった。でも、君がいなくなると、僕は立体視が出来なくなり、遠近感も狂ってしまう事に今更ながらに気付いたんだ。
僕は君がいる日常が当たり前の事だと思ってしまっていた。
僕が生まれた時から、君はずっと僕の顔の右側から僕の安全を見守ってくれていた。そんな君のことを、僕は側にいて当たり前の存在だと思ってしまっていたんだ。
君を失いそうになって初めて、僕は君の存在の有り難さに気づいた。
もう遅いかも知れない。
もうダメなのかも知れない。
でも、やはり僕には君が絶対に必要で、本当に大事な君を失いたくないんだ。
これからは絶対に君をいつまでも大事にする。
だから、元の姿に戻って、 また僕を見守っててほしい。
などと、自分の右目に対して熱烈なラブレターなどを書いてみましたが、今の平和な日常に飽き飽きしてる人には、この文章を自分の恋人や妻や夫に置き換えて考えてみるといいかも知れない。
大事なものは失ってからでは遅いのだ。
それでも、 今のパートナーと今すぐ別れたいとか、絶対に離婚したい人がいて、自分の元から離れていってほしいと願っているのなら、とにかく相手の事を雑に扱えばいい。そうすれば、離れたい相手はいつしか自分の元から去って行くはずだ。
人が去っていく過程は表面上ではなかなか分からないかも知れないが、まずは中身である心から人は去っていく。
「人の心は砂の城……壊れてしまうと決して元には戻らない」
などと、またしてもキモいポエムを書いとりますが、実は今日、眼科に行きまして、右目の手術をする事になりました。
このままだと、 俺の右目は悪化するばかりで治すには、もう手術をするしかないという医師の最終判断を今日頂いた。
俺にとっては、人生初の手術です。
ジョージ怖いとです。
しかもですね、なぜだか、大きな病院に行くのをあれほど嫌がってた父親が、今回は俺と一緒に病院に行くと言いだして、父親と母親と俺の3人で 、街の大きな病院に行ったのですよ。
そこでは俺の眼科の診察は三時間ほどかかったのだが、父親は頸椎を痛めて立てなくなってるからなのか、全て検査が終わるのに六時間ほどの時間がかかった。
その結果、父親は来週には首の後ろの手術をする。
なんとスピーディーな決断。
昨日までは、あんなに手術を嫌がっていたのに……
もし、この先、父親が100歳まで生きる可能性があるのなら、「後何十年も動けず寝たきりになる未来なのか?」それとも「もう一回、首の後ろにメスを入れ少しでも歩けるようになる未来なのか?」の二つの未来を、父親は天秤にかけた。
その結果、父親は再度自分の体にメスを入れ、再び前向きに生きる事に賭けたのだ。
そして俺も、この先の未来、左目までもが見えなくなって、ビタミン ・ジョージとして文章を書けなくなる未来が嫌だと思った。
こんな俺の、クドくて長ったらしい文章を優しく読んでくれる人たちを失いたくないよ。
俺は大事なものを失ってしまう前に、
今の俺にとって本当に大事なものに、今まさに気付いたわけだ。
俺はなんて幸運な男なんだろう。
この世界のたくさんの人も、かけがえのない本当に大事なものを失う前に、今の自分にとって何が一番必要なものが何なのかに、今すぐ気付いてほしいと思う。
大事なものは失ってしまったら、もう二度と元には戻らないのだから。
来週は父親にとっては手術という大勝負がある。
必ずや、以前のように普通に歩ける未来が来る事を俺は願ってる。