甘噛み。
胸の奥深い場所を魅惑的な「ドライフルーツ」で甘美に満たす。
時間経過と共に色濃く甘酸っぱく風味は濃厚其の物。
其れは綺麗にラッピングされた化粧箱に並べられ、鍵付きの抽斗に普段は仕舞ってある。
時々其れを取り出しては恍惚に味わう。
何の果物か?なんて聞かないで欲しい。記憶が様々なように季節を巡れば其れもさまざまなのだから。
噛み締める度に、彼が浮かぶ。
もう二度と再会はしない。
わたしを女にしてくれた人。
わたしの(青い)少女時代から話さなくてはならない。周りから"大人びた子"とよく揶揄されていた。子供らしくない子供だった。母を亡くして父親と二人暮らし。親族の心配も当然だと思っていた。
冷めた瞳の特異な存在の子、
可愛げのない子だと。
小学二年生の夏、あの日、
痴漢に遭遇した。
汗ばむ太陽の光の眩さと木陰。ひとりの男の好奇の目。ベンチの隣りにぴったりと近づいて寄り添うように手を伸ばして来た。恐怖と緊迫感で固まる。子供に異常な偏愛を持つ大人は存在するものだ。耳元で「子供のくせに男を誘う眼差しをする方が悪いんだ」と囁いた。身動きも出来ずに額の汗を感じながら、ただ息を殺し飲み込む。
男はスカートの中に手を入れたまま。
何をされているのか理解出来ない。
下半身に妙な感覚が走る。
ビクっとしたのに気づいた男は薄気味悪い笑みを浮かべて「やっぱり悪い子だ」と言った。
下着の中に指が入ろうとする気配を感じて、力を振り絞り立ち上がって、到着したバスに急いで飛び乗った。振り切ったと思うのも束の間、閉まりかけた扉に遅れて男も乗り込んで来た。一瞬で安堵感は消えた。運転士のすぐ後ろに座り、男の様子を視線のみで素早く確認する。斜め後方からこちらを伺っているのが分かる。
今日に限って乗客が少ない。
絶対にわたしが降りたら一緒に付いてくる。
アクセルの振動と後方に景色が過る。
手のひらが汗ばみ握りしめた定期入れが滑る。
蛇目に睨まれたように、流れる汗が冷え切った背中をつたう。
どうしよう、どうしたらいい…
「で、その後どうなったの?」と、ソファに座る彼が聞いて来る。
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