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記憶に残る。

 時に神様は粋な悪戯を与えてくれるものだ。

 大ホールで聴いたピアノの演奏の余韻が残る中、冷めやらぬ感情の畝りを隠しながら悩んだ。一期一会。これも何かの縁ならば、これを機に連絡先を聞いてもいいのかも知れない。出会いは必然。でも、素敵な想い出は、そのままの方が美しく強く濃く留まるものだと相場が決まっている。

 未来を望まなければ、失望することも無い。

 もうすっかり夕闇に包まれた上野駅前の広場で、
その人とは握手をして別れた。
 「じゃあ、頑張ってね」
 「はい、ありがとうございます」

 さっきまで隣同士に座っていた。

 温かい手の余韻が、手先から全身に広がり、

 その場で立ち止まって、その人が駅へ向かう為に、横断歩道を渡っていく後ろ姿を眺めていた。

 「きっと、この人は振り返る」という瞬間が分かる時がある。
数秒後…当たり。
その人は振り返り、手を振って優しい笑みを浮かべている。

 子供みたいに嬉しくなって、その素直な感情を抱えたまま、わたしも手を振り返した。

 明るい蛍光灯に照らされながら、改札口に消えていく。どんどん無数の人混みに流されて小さく見えなくなる。小さなつぶつぶ。

 後少し、何かのきっかけ、背中を押してくれる出来事があったら、もう半歩、もう一歩、近づいてみようとしたかも知れないけれど、
最終的には良かった。

 初夏の爽やかな夕風が吹く。

 淋しさなんてものは、曖昧な感情とを天秤にかけてみたら、選択肢はいつも逆転するんだ。

 初夏の爽やかな夕風が吹いた。

 ちょっと俯き加減のわたしは、そのまま右の進行方向の歩道橋から見える御徒町の商店街を横目に、止まること無く歩き続けた。

 記憶手帳に大切に仕舞って飾っておくね。
それは、たったの1ページだけど。
生涯忘れないと思った。

#記憶手帳 #一期一会 #上野駅 #フジコヘミング
#ピアノ #同じ名前の人 #上野文化会館 #出会いと別れは背中合わせ

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