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好きなもの、嫌いなもの

同じものを食べても、
美味しく感じる人と、
絶対に食べられない!と感じる人がいる。

小学6年生の息子はキノコが嫌い。
彼に言わせれば、
「見るのもイヤ」だし
「食べる人が理解できない」らしい。
もはやアレルギーの域ですね、
心のアレルギー。

僕はキノコが大好きなので、
まだ息子が小さい時に
「嫌い!」「美味しくない!」
「いらない!」なんて
子どもならではの遠慮のない言い方で言われると、
正直ちょっとムッとしたりしていました。

大人気ないんですが…

そんな言い方は良くないよ、とか
ちゃんと伝えればいいだけなんですけどね。


嫌いな音、苦手な感触などなど
味覚に関わらず、
「好き」「嫌い」の感覚は
人それぞれ違います。
味覚もその中の一つ。
みんな感じ方は違う、当たり前ですね。

だけど、他の感覚に比べて、
味の好き嫌いについては、
「わがまま」とか「もったいない」とか
「行儀が悪い」とか言われがち。

僕も今までは、息子に言ってきました。

「食べること」は、生きるために必要な事だけど、
と同時に嗜好品でもあり、文化でもある。
だからややこしいなと思います。

僕が子どもの頃は、
好き嫌いはしてはいけない、
出されたものは残さず食べる、
が正解だった気がします。

息子に対しても
少しでも食べるようにと促していました。

が…
息子はどうしても食べられないんです。
味も無理だけど食感が無理なんだと。

そういう息子の姿を見て思いました。

キノコを食べなくても
キノコの栄養素は他からも摂取できるんだから、
他の食べ物で補えばいいんじゃないかなと。


僕のじいちゃんばあちゃん世代は
戦争経験者でした。
敗戦後、貧しく食べるものに困った経験を、
まだ元気なじいちゃんばあちゃんから
聞くことが出来ました。

「ありがたい」「もったいない」の精神は、
今でも大切なことだし、
これから先も子ども達にしっかりと
伝えていきたいことですが、

一方で、時代は大きく変わり
食品の大量廃棄が問題になるような世の中で、
「足るを知る」ということが
僕も含めた豊かな時代に育った大人の意識からは
抜け落ちているのかなと感じます。

食べ物に困らないことはとてもありがたいことで、
好き嫌いするなんてもったいない、
というふうに躾けられたし、
そういうふうに子どもにも教えてきた。

だけど今は少し僕自身も時代も変わった気がします。

嫌いなものを食べろというのは、
行き過ぎると食事を
苦痛なものにしてしまう可能性がある。

もちろん、食べ物は残さない方がいいし、
一つ一つを(食べ物に限らず)
大切にする方がいいのは当たり前なんだけど、
食べることが苦痛で食事の時間が嫌いになる、
その方が問題だなと。

食べる事が苦痛では、必要な栄養素を摂取する前に
食べる事に興味を持てなくなってしまう。
必要な栄養素が入ったサプリメントとかで
代用すればいいや、とか。

でも、この歳になると食べることは本当に
健康に直結してるんだなと実感するし、
興味を持って知れば知るほど、
社会や文化に触れる、
最も身近な入り口であることもわかってくる。

子どもたちにも、まずは楽しく食べてほしい。

大切なことは人それぞれの感覚に対して
柔軟に考え対応すること。

簡単なことではないけれど
伝えるべきはそこじゃないかなぁと。。 


ごはんの時間が誰にとっても
温かく楽しいものじゃないと
「いただきます。」も「ご馳走様でした。」も
形だけの言葉になってしまう。


『おいしいは、たのしい。』んです。

無理を強いることではないんじゃないかなと思うんです。


ではまた。

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