雑談meetsシネマ〈16:ボタンの掛け違い〉
「あぁ!静かにしてくれ。“ボタンの掛け違い”も直すから……」
SF映画好きの5人がカフェバーに集まる映画雑学フィクション劇場。毎回一本のSF映画を見ながら、謎を解きます。第16回は「ボタンの掛け違い」……これもSF映画でしょう。
今日の映画は何ですか?
DJ 頭の時計のシーンは必要かしらね?
ショウコ 実際、「要らない」って話もあったらしいですよ。
カントク デヴィッド・フィンチャー監督が言ってましたね。
DJ だって本筋は、このしわくちゃの赤ちゃんからでしょ?
Queenie ‘You as ugly as an old pot, but you still a child of God.’
御簾照 この映画、2時間47分あって長いですからね。
DJ 早くブラピが見たいのよ、私は。たとえ老人の特殊メイクでも。
ボタンの掛け違いとチャックが開いてるの、どっちが恥ずかしいですか?
クマ ……良かった。『ベンジャミン・バトン』なら静かだな。
DJ 今日は遅いのね。もう飲んでるの? 赤い顔して! シャツのボタンも掛け違ってるじゃない!
クマ おいおい、止めてくれ。二日酔いなんだ……。それでも来たんだぞ。
ショウコ 来なくても大丈夫です。
DJ ……冷たいわね、ショウコちゃん。
カントク ……僕なら耐えられません。
御簾照 どこで飲んでたんですか?
クマ 近くなんだが……同級生とワイン7杯ずつ飲んで……
カントク 昼間一緒に歩いてた女の方ですか? 赤いコートの?
DJ 女の人と! クマさんが? カントク見たの?
クマ あぁ!静かにしてくれ。“ボタンの掛け違い”も直すから……
同級生とは会ってますか?
クマ 小学校の同級生なんだ。このベンジャミンとデイジーの初対面くらいの歳だったな。ちょうどこんな子だった。
Benjamin ‘I never forgot her blue eyes’
ショウコ この子の声は、全部、ケイト・ブランシェットが吹き替えてます。瞳の青も合成です。
クマ ……俺の話、聞く気ないな。下北沢の駅のエスカレーターで偶然会ってな。
DJ あの長いエスカレーターで。
クマ 俺が上ってると、彼女が下ってきた。遠目にお互い気づいて、すれ違うときに瞬間的に飲もうって話をして――
御簾照 自分は老ける、相手は若返る。互いの時間は逆行しながら、重なり合う瞬間で逢瀬――まさに『ベンジャミン・バトン』ですね。
DJ そんな良いものじゃなさそうだけど……。
クマ DJの言うとおりだな。俺が眠りこけてたら、向こうがいなくなってた。
カントク ……ここ来る前に、相手の方が一人で歩いてるの見ました。
二日酔いの経験はありますか?
Thomas ‘Would you mind, time to time, I stopped by and said hello?’
DJ なんか失礼なことしたんじゃない?
カントク ……怒ってる感じでした。
クマ 酒代も全部、俺持ちだぞ。お互い7杯ずつ飲んで。
ショウコ うちのも払ってください。
DJ 良い経験したんじゃない? このベンジャミンみたいに……吐いてるけど。
御簾照 スコット・フィッツジェラルドの原作に、こういうシーンはないんですよね。そもそも、産まれてきたときから大きい老人。映画ではしわくちゃの子ども。子どもなのに老人というSF的映像が撮れたのは映像技術の進化ですし、その点では原作を超えてます。
クマ ……しかし、ここまで酔うとはな。不思議だよ。
御簾照 それは不思議ではないですね。
ギネスブックを読んだことはありますか?
DJ クマさん、酒に飲まれるに決まってるもんね。
ショウコ 決まってます。
カントク ショウコさんの言うとおりです。
御簾照 いえ、そうではなくて――飲まれたのには理由があると思います。ヒントは、この雷に打たれた老人ですね。
Daws ‘Did I ever tell you I was struck by lightning seven times?‘
クマ どういうことだよ。
DJ たしか、モデルらしき人物がいるのよね?
ショウコ はい。ギネスに載っていますね。
カントク けれど、映画では7回ある雷の打たれ方のすべては分からないです。6回分しか教えてくれないんですよね。
御簾照 もちろん、実在の人物、ロイ・サリヴァンとは別物ですしね。サリヴァン氏が最後に雷に打たれたのは1977年。小説の発表は1922年で、そんなシーンはない。2008年の映画だから織り込まれたとも言えますが……脱線しました。雷です。カントクさんの言葉がポイントでしょう。
自分の酒量を知っていますか?
カントク 6回分しか教えてくれない……ことですか?
御簾照 クマさん、なぜ7杯だと覚えてるのですか?
クマ 飲んだんだよ……いや、7杯って、相手が言ってたからだが。
御簾照 実際はワインをボトルで頼んでませんか?
クマ あ、あぁ、そうだな。なんで分かったんだ?
DJ ボトルのほうが安いし、安いほうを頼むに決まってるから!
ショウコ 高いものから頼んでほしいのに。
御簾照 ワインボトルはグラスで約7杯です。つまり、2人でボトル2本を飲んだのでしょう。グラスで頼んだ可能性はあっても、クマさんなら安いボトルを頼んだのかと。すると、7杯より2本と言ったほうが分かりやすい。7杯と言ったのには、7杯と記憶する理由がある。相手が言ったとしたら――何か意図的ですね。
クマ ……実際は7杯じゃない。
御簾照 はい。おそらく相手は7杯飲まず、クマさんにたくさん飲ませてつぶしたんです。相手が6杯ならば、自然、クマさんは8杯になります。
すれ違いの経験はありますか?
Benjamin ‘Life being what it is,a series of intersecting lives and incidents out anyone's control.(人生というものは、どうにもならない出来事の積み重ねだ)‘
クマ 道理で頭が重いわけだよ。
DJ けれど、なんでつぶさなきゃならないかが謎よね。
ショウコ きっと、恨みを買ってるんです。
DJ ……恨んでるのわ、ショウコちゃん? その同級生、えっと、何て名前?
クマ アイコだな。
カントク えっ? 僕が見たときは、ユリコと呼ばれてましたが……
御簾照 同一人物かは分かりませんが……クマさんの会った同級生が、クマさんがイメージしていた方と同一人物かも不明ですね。
DJ 人違いってこと??
御簾照 “ボタンの掛け違い”、ですね。
クマ 嘘、だろ。
ショウコ 酔ってるクマさんならあり得ます。
御簾照 ベンジャミン・バトンのButtonは、本来「ボタン」。ですからボタン会社のベンジャミンという意味合いが強い。しかし日本ではButtonはポルトガル語由来でボタンで通っています。ベンジャミン・「ボタン」より「バトン」のほうが、苗字らしき響きが日本人に伝わると考えた誰かの意図でしょう。この“ボタンの掛け違い”は直せなかった。どうにもならない出来事の積み重ねですね。クマさんの勘違いもきっと。
DJ そうよ! 結局、まだボタン直してないじゃない!
クマ 分かったから、大きな声出すなよ……
イラスト 無重力尚靴履(ゼログラ)さん