随筆 破廉恥電話

2020年冬、東京に居た。
聞こえは良いが、ただ「居た」だけである。
根からのエゴイストである私は、尊大な自己顕示欲を満たすために「音楽で飯をくう」などと時代錯誤も甚だしい、使い古された台詞と共に実家を飛び出した。同年春のことであった。当時通っていた大学は「休学」という形となったわけだが、キッパリと辞めて逃げ道を無くさないことからここにも思い切りのなさや我が身可愛さが如実に現れている。なんとも情けない話である。

さて、意気揚々と首都・東京へと乗り込んだわけであるが、いかんせん金がない。生来、貯蓄というものをした試しがなかった私は無計画に家を飛び出し、仮住まいへの初期費用15万円をポンと一括払いした時点で素寒貧になってしまった。友人らに大手を振り、数々の温かい声援に背中を押されて上京したにもかかわらず、いきなりの為体となれば立つ瀬もない。
あまつさえ、一端のミュージシャン気取りであった私は、臭いセリフを吐き捨てて実家を飛び出した手前、親に泣きつくわけにもいかぬ。どうにかせねばと早速職探しを始めたわけであるが、生粋の坊っちゃん精神と怠惰が重なり職種や待遇に文句をつけてイヤイヤの選り好みをしていく内、あれよあれよと時間は流れ、ここに未曾有の疫病が祟りして本当の職なしとなってしまったわけである。
ご存知の通りあの忌まわしき疫病によって全国のライブハウスは完全に閉鎖。音楽活動の場が一切に断たれた。いよいよ東京にまでせっせとお上りして来た意味がなくなってしまった。明日の飯も危ういような財政状況を打破すべく、自らが居を構える家賃5万の荒屋(東京は室料が高すぎる。人を馬鹿にしたかのような豚小屋ですらこの始末だ。どうにかならんものか。)から程近いコンビニで日銭を稼ぐことにし、なんとか糊口を凌いでいた。夜勤で22時から翌日の5時まで働いた。休みの日は特にすることもないので、コンビニの安ワインを流し込んで惰眠を貪ることで時間を浪費する。そうしなければならなかった。金もないので起きている時間が苦痛で仕方ないのである。毎日でも働けば良いものを怠惰な私はせいぜい週三日夜勤に出るだけで、室料と光熱費、食費と酒タバコ代を賄える分しか稼ごうとはせず、手元に残る金は鐚一文なかった。

しかし、根がスタイリストにできている私は確かに慊い思いがあった。日銭を稼ぎその日のおマンマを食い逸れぬよう慎ましく生きることもある種、若い頃にしか体験することができぬ「上京美談」ではないかと思わないこともなかったが、このような日雇い労働者紛いの所業を安易とやってのけれるほどのメンタリティ、バイタリティは共に著しく欠如していた。そうとなればと、身売りすらも辞さない思いで日夜、数々の求人サイトのページを繰り、待遇の良いものから順に手当たり次第応募である。しかしほとんどの雇用先に門前払いだった。学歴なし、職歴なし、資格なしのないない三拍子を揃え持った私を受け入れてくれる寛大な企業などあるはずもなく、先の疫病により失業者が列を為しているらしい時勢ではさもありなんという感じだ。
焦りを抱えたまま、求職活動を続けること1ヶ月、ようやく一社から声がかかる。聞けば、大手映像系サブスクリプションサービスのカスタマーセンターでの勤務であり、なんと時給は2000円スタート。1日で16000円。堕落し腐りきった生活を立て直し、まともな東京ライフを送るには十分すぎる額であり、兼ねてからの焦りも相まって有頂天となった私は、二つ返事で応え週明けには職場に出向する旨を伝えた。

ともあれ、初めてのコールセンター勤務。時給2000円につられて快諾したとはいえ、幾分か身構えしていた。コールセンターは概して待遇が良い。それは、一様に職務のキツさや環境が由して、音を上げて辞めてゆく者が後をたたないからである。これから私が出向く職場も例にもれないであろう、と心していた。
が、蓋を開けてみれば存外に楽ではないか。覚えることこそ多いが、楽だと感じた所以は、この仕事が「カスタマーセンター」での電話対応であるということだ。つまり、こちらから電話をかけて営業を持ちかける、いわゆるアウトバウンドではなくサービスに問題を抱えた顧客からの電話を待つインバウンドである。今考えれば、後者はハナからクレームを言いにきた客を裁かなければならないわけであるから、精神的苦痛も多大なるはずであったが、当初の私は「ノルマ」とかいう鬱陶しい足枷がないインバウンドは、自分にとっての天職のように思えた。職場の環境も一見して良さそうで、若い男女ばかりなので話の合う友人が見つかりそうなこともあり、新学期を迎える学生時分の青臭い感情が俄かに噴き上がった。相反して、同日入社の同期が私をのぞいて三人いたのだが、どれも20代後半でウダツの上がらない、陰気でどうしようもなさそうな泥人形だったので、ハタチでピチピチ且つ未来ある若者を気取った超エゴイストの私とは釣り合わぬと早々に判断し、態々、話しかけて仲良くやってやろうという気はなかった。

さて、仕事が始まって一週間は研修期間が設けられカスタマーセンターでのイロハを座学と実践にて叩き込まれた。研修の座学はつまらないもので、時折寝落ちしてしまうこともあるような気の抜けたものであった。とはいえ、座っているだけで大金が舞い降りてくる夢のような環境である。これ以上ない幸せといった具合に、ぬるま湯を享受していた。
しかし、勤務を始めて5日目の或る日、昼休み明けにデスクに戻ると、はて、同日入社した同期の姿が見当たらない。トイレか何かだろうとあまり気にしてはいなかったが、2,30分経っても戻ってくる気配がなく、研修を担当していた社員も不安そうな色を浮かべていたが、その同期とはさして話すような間柄ではなかったので、わざわざ所在を問うこともなく研修を受け続けた。もうそろそろ上がりの時間を迎える頃合いになった折、このフロアの責任者が社員のもとへ駆けつけて耳打ちした。二人はバツの悪そうな苦笑いをしたが、その表情に奇妙なものを感じた私は、席に戻ってきた社員にどうしたんですか、と尋ねるとどうも昼休みから帰ってこなかった同期はそのまま飛んだらしいのである。まだ、実務が始まっていないのに…。座っているだけで賃金が発生するザイオンシステムを何故享受しないのか。本当に阿呆な奴だと心底哀れんだ。と、同時に自己基盤にずっしりと構える怠惰の感情が、この事件によって少々増幅されたようにも感じた。どうしようもない人間だと思っていた私よりも、「下」の人間が確かに存在するのである。

入社し、2週間が経過した頃から研修を終えて独り立ちし実務へと参入する。入社して分かったことなのだが、このカスタマーセンターはどうやら四つのチームにて編成されているらしく、それぞれ、顧客の問い合わせ内容に特化していた。機器専門のチームや、法人専門のチーム、サービス内容に関するチーム、そして私が所属する契約に関するチームだ。契約に関するチーム、と大雑把に括ったが、言ってみれば何でも屋で、客の問い合わせはとりあえず私のチームに流される。オフィスの責任者は私のチームを「タスクフォース」と名付けていた。その後のヒアリングで各専門チームへとタライを回すわけであるが、この絶妙な立ち位置が精神的に参る。顧客の問い合わせなぞ、九割九分九厘クレームである。顧客自身でどうしようもない事柄であるが故にわざわざ電話をかけてくるのだ。よって、電話口の顧客は概して温度が高い。操作がわからない、映らない、起動しない、などで苛立ちを募らせた顧客が「おたくに問題があるんじゃねぇのか」といった具合に殴り込んでくる。大抵の場合は、こちらになんの落ち度もなく、ただ操作方法を誤っていたり、使用機器の方に問題があるパターンが多い。電子機器に疎い中高年相手に一から優しく、丁寧に説明を下すのは甚だしく骨の折れる作業であったが、半時間ほどかけてようやく問題を解決した暁には最初の激昂した語気とは打って変わって、仏にでもありついたかのように感謝の言葉を陳述されると、一抹の「やりがい」なんかを感じ、こちらも当初の苛立ちなぞはついぞ消え失せ、次の問い合わせに向けて頬を赤らめたまま気合いを入れ直すような始末であった。哀しいかな、人間というものはどこまでも単純にできているんだぜ。

さぁ、これは私のコールセンター奮闘記における稀有な「良い一面」であった。先ほども記したよう、私のチームは契約に関する事柄を扱う。つまりは金のお話をするわけだ。今も昔も、金の話となると人間は豹変する。タスクフォースだなんて大仰な名前を冠しているが、いわばクレーム受けだ。舞い込んでくるクレームは、「勝手に引き落とされている」「契約した覚えがない」などといった荒唐無稽なものばかり。挙げ句の果てには、詐欺師呼ばわりする者までいた。しかしながら、サブスク契約には自身の個人情報とクレカ情報を自分の手で入力することで成立するので、「勝手に」だとか「詐欺」であるはずがない。(国内最大手がそんな姑息な手を使って小銭を稼ぐはずがないでしょう。)なので、基本こちらの姿勢としては、認知していない契約であっても、それは顧客の不手際と見做し返金に応じることはない。この姿勢を貫き通すのがかなり堪えた。罵詈雑言を浴びせられ、裁判沙汰にするぞ、消費者センターに通報するぞなどと恫喝されることも少なくなく、優しい言葉で人格否定されたこともあった。とは言いつつも、こちらの落ち度が証明されない限りは如何なる措置も取ることができない故、結句、顧客が折れてブチギレながらも料金未返金を了承されるのである。
しかし、先述した「返金しない」という基本姿勢は元来気弱な私にとって貫きづらい方針であり、日々の勤務によるストレスは多大なものとなっていた。
或る日、不明の引き落としがあるために詳細を尋ねたいとの旨の問い合わせ。よくあるいつもの問い合わせだと、慣れた手つきで対応してみると、吃驚、電話口にもわかるぐらいのご老人であった。声だけでなく、歯も上下合わせて5,6本しかないであろう絶望的な滑舌で、聞き取るのもやっとである。聞けば、亡くなられたご主人名義で契約されており、死後解約方法はおろか実態のわからぬものから毎月の引き落としがあるとして、身内に相談したところ、弊社のものであると判明したらしい。成程、これは少々厄介な話になるぞと、椅子を浅めに座り直し、ヒアリングを続ける。というのも、契約者死亡における返金対応は極力回避したいとの前例があった。この旨をどうやって、このご老人に告げようかと思案しながら、本人確認のために個人情報を確認した。
「お名前と生年月日を西暦で教えてもらえますでしょうか。」
ご老人はゆっくりと答えた。
「ええっと…柴田キエで、生まれは2572…」
一寸、全く意味がわからなかった。
「あ、えっと、生まれた年は何年ですか?」
「確か…2572年だったと思うのよねぇ…」
話のできない老人だ。とイラついてしまったのを必死にかくし、
「あ、じゃあ昭和何年のお生まれですか?」
「うーん、ちょっとわからなくて、大正の…」
この後、彼女が生まれ年を思い出すの待ちながら、「西暦」が如何なるものかの説明をする羽目となった。

別件でこんな事件にも遭遇した。
商材であるサブスクには、国内では珍しくアダルトコンテンツを含んでいた。その動画本数も莫大なものであり、他社の大手アダルトメーカーにも引けを取らないものであった。このアダルトコンテンツは、無料で見放題の者の他に、課金制で購入する作品も多々あり、そちらに関する問い合わせなんかも舞い込んでくる。
或る日の問い合わせで、「サムネイルと違う!」と威勢よく怒鳴り込んできた男がいた。なんでも、購入したアダルトコンテンツが、サムネイル、そして参考画像と呼ばれる十数枚の作品内容に依拠したイメージ画像(スクリーンショット)と全く違った作品であると言うのである。私はとんでもなく面白い問い合わせが舞い込んできたと、半ばバカにした様子で、嬉々としてヒアリングを続けると、どうも参考画像の3枚目と5枚目の画像が、作中どこを探しても見当たらないと。左様でございますか、それは大変申し訳ございません、と平謝りするも、顧客はどんどんヒートアップし、返金しろとの要求。それには応えることができないと返答するも、上司を寄越せと加熱した。説明が遅れたが、私の直属の上司にあたる人は私より2,3歳が上の女性で、正直なところ道ですれ違えば振り向いてしまうほどの美人であった。さすがに、この問い合わせ内容に対して上司として女性を召喚することも幾分憚られたので、手の空いてる男性を探すべく周囲を見渡すと、しまった、昼休みに差し掛かっており、オフィス内は伽藍としていた。仕方なしに、直属の上司に掛け合いなんとか先方を宥めてもらった。ただここからが問題であった。なんと、3枚目と5枚目の参考画像が作中に存在することを確かめて証拠として送付、説明しろと駄々を捏ねたのである。つくづく馬鹿な野郎だと哀れんだが、この作業を任されたのは私だった。さらにあろうことか上司は「私も一緒に確認します。」と一言。ついでの言葉も待たずに動画が再生された。かくして、広いオフィスの中、白昼堂々と破廉恥な動画を、この上なく破廉恥なシチュエーションで目の当たりにすることとなった。
約45分もの長尺動画を無言のまま見つめ、参考画像のシーンを見つけてはタイムスタンプとスクリーンショットを撮ってまとめて、を繰り返した。恐らく、私の人生の中で最も稀有で破廉恥な経験となるだろう、とえも言えぬ心境を深く刻み込んだ。
結句、3枚目と5枚目の画像は作中に見つからなかった。

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