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随筆 春ぐるぐる

九州の男は信用ならない。
彼奴等が口を開けば出てくるのは、酒、女、地元の怖い先輩。
如何に己が酒を喰らうか、如何に女にまたがるか、如何に地元の「達也」が怖いのか。
自己の「男性性」を誇示することのみを生き甲斐としているのである。
全くもってくだらない。

断っておくが私は生まれや肌の色で人を区別、差別は絶対にしない。レイシズムはこの世でいちばんの愚行であることは言うまでもない。ただ、下関より西で生まれた男どもが許せないのである。

私は今年の4月より新社会人になった。6年間の大学生活をようやく終え、真っ新な新生活を迎えた。新天地へと居を構えスーツを新調し、髪を切りそろえた。これから始まる日々に少なからぬ希望を託しての行動である。
しかし月並みに期待と不安を抱く我が胸中には、明確かつ強大な影があった。内定者懇親会で親しげに話した男が九州の男だったのである。
彼は福岡の出身だと仕切りに話していたことを覚えている。自分は田舎者だから、東京のビルや女には目移りする「っちゃ」とかなんとか抜かしていた。
内定者懇親会を終え、たまたま帰りの電車が一緒だった私たちは成り行きで飯を食うことになったのであるが、その2,3時間の会でこちらの話に耳を傾けてもらった記憶は一切ない。口を開けば、酒の話。ワインを何本飲んだか、如何にして同級生を酒で潰したか、そして不意に飛び出す地元の先輩「りゅうきさん」と「たつやさん」。ほんまに知らんて。

かような人間とは元来関わらぬようにして生きてきた身としては甚だ耐えられぬようなショックだったことは言うまでもない。できることなら穏便に関係をフェードアウトさせたい所存だが、初めての社会人生活ともなれば今までのようなリセット癖を易々と振りかざすことも出来なかろう。況してや今年25歳になってしまうのだ。大台に乗るような歳でそんなガキの真似は憚られる。

幸先の悪すぎる新生活の滑り出しであったが、自尊心と対人関係をうまい塩梅で均衡を保つべく精神をすり減らしていたある日、九州男児率いる数人の同期から飲みに誘われた。
あまり気乗りしなかったが、初めてと言うこともあり二つ返事で呼ばれることにした。今回の誘いに乗ったのも、いくらか私にとってメリットがあるはずだと踏んだからである。九州男児以外の二人はよく知らない。もしかすると思いもよらぬ趣味のかぶりがあったり、同じ空気感や店舗間で対話できるような人間かもしれない、そのような淡い期待を抱いていたのだ。
結論から言うとこの宴会の参加は私の人生後にも先にもないほどの失敗だった。
残りの二人はサッカー部だったのである。
言い忘れていたが、私は九州男児の次にサッカー部のことを信用していない。
理由は「サッカー部」は「九州男児」とほぼ同義だからである。これ以上でも以下でもない。
宴会は4時間ほど続いた。しかし私は数えるほどしか口を開いていなかったであろう。
私があまり口をきかなかったのは会のつまらなさ以上に、彼らと同列の人間だと周囲に思われたくなかったことが原因である。
彼らは尊大な権威主義であった。誰々は東大卒だから取り入っておいた方が良い、誰々はあの歳でもシニア止まりだから無視すべきだ。など、社に入って間もないくせに上司の優劣をつけていることが非常にイヤらしく感じた。社会という荒波で生き残るためには必要なスキルかもしれないが、少なくとも私にとってそのような権威主義者との友好関係は全く持って必要なかった。
終電迫る23時すぎ、彼らは朝まで飲もうと私の肩を組んだ。私は申し訳なさそうな顔を作って、嘘の用事を取り付けて中座した。
その日を境に私は孤立の道を辿ることとなる。

誘ってもつまらなそうな顔をして喋らないし、付き合いの悪い私は次第に彼らから相手にされなくなった。
ある日、終業後荷物を整理する私の横で「飲みにいこーぜ!」と宴会の呼びかけがなされた。私の周りにいた同期が次々に声をかけられていく中、私は明らかに無視されていたのである。私の鞄の整理はとっくの昔に済んでいた。いつ声をかけられてもスイスイとついていく準備はできているのだ。結句、声はかけられない。私は鳴るはずのない携帯を耳に押し当てて、虚空に話しかけながら退社した。

なんてことはない、既にコミュニティは出来上がっていたようである。かの九州男児らはいわゆるジョックに位置し、同期を取り仕切っていた。そんな彼らから煙たがられている私がどのような扱いを受けるかなど、言わずもがなである。元来、人とコミュニケーションをとることが苦手な私は、輪をかけて内向化し、たまさかに同期に話かけられなぞした日には、普段全く持って刺激を与えていない声帯に急にストレスがかかってしまい、鶏を締めたときのようなか細いノイズを吐き出すだけで、なんとも無様であった。

そんなゴミ同然の私にも一発逆転のチャンスが巡ってきた。全体研修の最終日に同期全員での宴会が予定されていたのである。ここの場に出ていつもの道化を演じきれば、漸次今までの為体が払拭され、新たな「オモロ枠」としてのしあがれるのではないか。この日しかない、ここで決める。といきがっていた。
その日の仕事はいつもより早く終わって、就業の時間まで雑談。その場には酒も出され、場は乱痴気気味。私も缶ビールを煽って迫るべく戦時に備えようと粛々と飲み進めていた。が、言うまでもない。話に入れないのである。話ができないのだ。既に私が思っていた以上に強固なコミュニティが作り出されており、なんら私が滑り込める余地は残されていなかった。その上、考えてもみてほしい。かようなプライドだけが成熟しきった、扱いにくい木偶の坊のような人間を暖かく迎え入れるようなサティアンがあるだろうか。私はこんな泥人形と仲良くしようとは思わない。

例によって私は鞄をゴソゴソし始めた。宴会の開始まで1時間以上ある。予約された店はオフィスから歩いて10分程度。終業後、ダラダラ喋りながら大挙して向かうのであろう。ただ私は、この1時間をわけわからず酔ったまま一人立ち尽くして終えるほどのメンタリティを持ち合わせてはいなかった。一旦、同期たちには見られぬように抜け出し、その辺で時間を潰してから合流しよう。店の中に入ってしまえば後の祭り。どうとでもなる。
そう意を決して鞄を持ち上げてオフィスの扉に手をかけた瞬間、背後から声が聞こえた。
「樋口くんお疲れ〜」
九州男児だった。
私は頭が真っ白になったと同時に、全身の血が弁を突き破って逆流するのを感じた。
やられた…。
ここで挨拶をされてしまったら、周囲の注目を一身に集めることになる。
私が今オフィスを出ることが知れ渡ったら、私は「今帰る奴」になってしまうのである。
つまるところ、周囲の人間から見たら「この木偶の坊は0次会を中座して、宴会には参加しないんだな」と思われてしまう。そうなってしまえば、この後の宴会に非常に参加しず楽なってしまうのだ。
それではいけない、全く持っていけない。
一瞬固まってしまった私は、パニックになりながらも九州男児に向かって例の如く締めた鶏の声で
「お疲れ〜〜〜」とだけ置いて小走りで逃げた。
立つ鳥跡を濁しまくりである。

その後、私は誰よりも早く宴会場に到着し、同期のみんなが車で店の周りを
ぐるぐる、ぐるぐる
と歩き続けた。

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