見出し画像

アトレティコの現在地

5バックの導入による戦術変更も奏功して前半戦は好調を維持し、首位で折り返したアトレティコ。しかし、後半戦は失速気味でレアル、バルサに追い上げられ、リーガの優勝争いは混戦状態です。バルサに引き分け、レアルがセビージャと引き分けたため、優勝はアトレティコの手の中にある状況です。残り2試合勝てばリーガ優勝というところまで来ました。願わくば、このまま走り抜けて欲しいところです。
さて、少し気が早いかもしれませんが、今季のアトレティコを総括したいと思います。

なお、前半戦のアトレティコについて書いた記事はこちらです。今回の記事は、こちらの記事を前提に書いていますので、よかったらご覧ください。

5バックが崩せない

スアレスの獲得もあり、今季から5バックを採用してポジショナルプレーも取り入れているアトレティコ。5レーンを埋めて数的優位、位置的優位、質的優位の3つの優位性を武器に相手に襲いかかることで昨シーズンの得点力不足を補い、前半戦は勝ち点を取りこぼすことなく首位で折り返しました。

しかし、右アウトサイドレーンを上下して攻守に貢献していたトリッピアーが出場できなくなってメンバー構成を考え直さなければならなくなり、今季最大の発明とすら言えるカラスコの左WBを諦めざるを得なくなってしまった。さらに厳しいスケジュールからか目玉だったスアレスが出場しない試合も出てきてしまった。

ただ、後半戦の失速はアトレティコの内部事情だけが原因ではない。むしろ、今季のアトレティコの大胆な戦術変更が知れ渡り、他チームに対策を打たれたことに起因する。具体的には、アトレティコの5レーン理論に基づくポジショナルな攻撃に対して5バックで守備をするチームが増えたことが大きい。直近ではバルセロナ、ソシエダとの試合では5バックで守備に当たられ、ボール保持からの攻撃で苦戦するアトレティコの姿が見られた。詳しくは前掲の記事を見てもらいたいが、5バックが相手となると、5レーンをトリッピアー、コレア、スアレス、レマル、カラスコで埋めるアトレティコに対して相手の5バックがほぼマンツーマンでつくことになる。そのため、5レーンを埋めるポジショナルな攻撃で得られていた数的優位と位置的優位が消されてしまう。

そうなるとアトレティコに残るのは質的優位ということになる。だが、トリッピアーの欠場によって右サイドに回ったカラスコは、カットインからの仕掛けという最大の武器が失われてしまった。右利きのカラスコは左サイドに置かれた時に縦突破からのクロスとカットインからのシュートやハーフスペースに位置する選手とのコンビネーションからの仕掛けという、どちらを抑えられても残った選択肢も強力という鬼の2択を対峙するDFに迫る黄金パターンを持っている。しかし、右サイドではカットインからのシュートという武器が一つなくなってしまう。対峙するDFは縦突破から利き足でクロスを上げられることを中心に警戒しておけばよくなる。しかも縦突破からのクロスにしても左サイドのロディは右サイドのクロスに逆サイドから飛び込む頻度は低く、カラスコのクロスは得点に結びつきにくくなってしまう。そしてスアレスが欠場する試合も増えて、さらに得点力は低下。コスタが冬の移籍でチームを去り、CFが不在の試合では中央レーンが空くこともあり、必然的に勝ち点を落とすことが増えてしまった。

ただ、トリッピアーが復帰してカラスコを左サイドで使えるようになり、スアレスが出場できる試合では、やはりアトレティコが有する質的優位は揺るぎなく、得点を重ねることができている。課題はむしろ次の項であるといえる。

問われるカウンター対応

5レーン理論に基づくポジショナルな攻撃を採用するということは、必然的にアトレティコのボール保持の場面が多くなり、アトレティコの陣形が前係になるということである。もちろん、相手を押し込んで攻撃の時間を増やすことを目指しているのだから当然の帰結なのだが、アトレティコの最終ラインの裏に広大なスペースが生み出されることになる。5レーンを埋める攻撃が機能している間はシュートまで持ち込めることが多く、ボールを奪われるとしても敵陣深い位置までボールを送り込んだ上でのこととなる。攻撃の時間にボールの近くにポジションを取っていた選手が素早くプレッシャーをかければ時間とスペースを奪ってアバウトなボールを蹴り出させ、強靭なCBが回収するというサイクルを作り出すことができていた。

しかし、5バックで対応され、ボールを失う位置やタイミングが悪くカウンターを発動される機会が増えてきている。そして、アトレティコの攻撃の構造上、相手がまず狙ってくるのがアウトサイドレーンを埋めて攻撃に参加している両WBの裏だ。特にカラスコの攻撃参加はアトレティコの生命線であり、たびたびペナルティエリアに侵入して違いを作り出す。それだけ高い位置をとっていれば、ネガティブトランジションで自陣左サイドの深い位置まで戻るまでに時間がかかる。後半戦はアトレティコに対するチームは徹底してカラスコの裏をカウンターで狙ってきた。しかも、ポジショナルな攻撃を志向しているため、最終ラインの裏には50m近いスペースがある。オブラクは広範囲な守備範囲を誇るタイプのGKではない。カラスコの裏をカバーして相手FWをスピード勝負で止める役割はアトレティコの3CBが担うということになる。しかし、サビッチ、フェリペ、エルモソはスピード自慢のCBではない。スピードで置いていかれてしまうシーンも散見され、カウンターから失点するシーンが増えてしまった。

また、なんとかカウンターを止めることに成功したとしても、そのままボールをキープされて2次攻撃に持ち込まれ、カラスコの戻りが遅れたり守備対応の甘さから決定機を作られるシーンも増えている。直近のソシエダ戦の前半でもカウンターからの2次攻撃でカラスコの甘い対応からマイナスのクロスを入れられ、あわやというシーンが最低でも2回はあった。バルサ戦では、レマルの怪我もあり、カラスコを2列目に置いてサウールを左WBとして起用してより守備に重点を置いて失点を回避しようとしていた。

ただ、ポジショナルな攻撃を志向する以上、カウンター対応が課題となるのは通過儀礼のようなものである。ボールを保持して相手を押し込み、GKを除く10人が敵陣に入ってポジションを取って攻撃を仕掛けるので、どうしても後方に広大なスペースを残してしまう。グアルディオラのバルサやバイエルン、マンCも同じ課題に悩まされてきた。しかも、ノイアーやエデルソンといったペナルティエリアを大きく飛び出して守備ができるGKがいても解決しきれなかった。シメオネがポジショナルな攻撃を本格的に導入したのは今季からで、カウンター対応という課題に解答を出すのはまだ先になるのは当然のことだ。むしろ、シメオネがカウンター対応について最適解を今季見つけてしまうなら、今世紀最大のトピックになってもおかしくない。グアルディオラですら解決できていないのだから。

アトレティコに関して言うなら、オブラクの守備範囲や所属するCBの特徴から考えると相手に広大なスペースを与えた上で発動されるカウンターへの対応が後手を踏んでしまうのは仕方がない。シメオネの考え方やチームのメンバー構成を考えても、本来であれば、ポジショナルな攻撃を志向することはないチームのはずだ。そこにスアレスがやってきた。年齢を重ね、スピードは衰えている。しかし、DFとの駆け引きや得点感覚、ボールやスペースへの嗅覚は鋭さを保ったままだ。スアレスを活かすのであれば、DFと駆け引きをする時間を作り、敢えて狭いスペースで一瞬の勝負をさせた方がスアレスの良さを引き出せる。そのためのポジショナルな攻撃と5レーン理論の導入だったはずだ。つまり、シメオネからしたら、ある程度カウンターでやられるのは想定内なのだろうと思う。それよりもボールを保持してスアレスを中心にコレア、カラスコらによる攻撃で押し込むことで得られる得点の方が高く計算でき、収支はプラスになると言う判断だろう。アトレティコほどの攻撃のタレントを抱えているのだから、その計算は間違っていないはずだ。そして、後述する新しい守備戦術によって生み出されるショートカウンターによってその収支がさらにプラスになる。

守備的ポジショナルプレー

これからアトレティコはどんなチームになろうとしているのか?今季、シメオネのアトレティコはポジショナルな攻撃というこれまでになかったスタイルを手にした。リーガの下位チーム相手であれば、仮に5バックで対応されたとしても、構わず5レーンを埋めてポジショナルな攻撃を続けていけば選手の質で上回って勝ち切ることができるだろう。

そして、レアルやバルサ、リーガの中堅クラブ相手には、ポジショナルな攻撃も見せつつ、5-4-1をベースにした多彩なプレス戦術を採用してショートカウンターやミドルカウンターを武器に決定機を生み出していた。昨季までのアトレティコであれば自陣深くに守備ブロックを敷いて相手を引き込み、ロングカウンターを狙っていた。しかし、前述の通りスアレスにロングカウンターは不向きだ。現在のスアレスの走力では長い距離を運んでシュートまで持っていくことは難しいだろう。モラタを放出し、ジョアン・フェリックスもまだ一本立ちできていない。また、5レーン理論が世界に浸透し、4-4-2の守備ブロックで引いて守るだけでは勝ちきれないことも昨シーズン証明されてしまった。5レーン理論に基づく攻撃は、戦術を落とし込むことができればどんなチームでも実現可能だ。今季のフラムが証明している。その対応策として5バックを本格的に採用し、守備を強化した。そして今季から導入したポジショナルな攻撃で快進撃を続けてきた前半戦だったが、後半戦は疲労やトラブルでメンバー変更を余儀なくされ、他チームの対策も重なって勝ち点を落とす試合も出てきた。

5バックで戦うことのデメリットの一つは、高い位置でのプレスが難しくなってしまうことだ。5-4-1ならば、相手のビルドアップCBに対してFWが1人になってしまい、2CBでビルドアップするチームに対しても数的不利になってしまう。5-3-2であれば2CBに対して2トップをぶつけることはできるが、中盤が3枚で中央に絞っているためSBまではプレスが効かない。相手のSBを起点にしたビルドアップには対応できなくなってしまう。
ハイプレスを仕掛けるならシメオネ得意の4-4-2だ。2トップが相手のCBにプレスをかけることができるし、相手のSBに対してはSHを上げればいい。3バック化するビルドアップに対しても、CHを上げるか、SHがSBを消しながらプレスに行くなど対応策が打てる。しかし、4バックはハイプレスを外され押し込まれた時に5レーンを埋めるポジショナルな攻撃には後手を踏んでしまうことになる。
そこで、シメオネはハイプレスに向いている4-4-2と引いて守った時の堅さを誇る5バックのいいとこ取りをした可変守備システムを導入した。そして、ハイプレスからのショートカウンターという攻撃ルートを手に入れた。

最近の試合では、アトレティコは5-4-1をベースに守備をしている。GKは絶対的守護神のオブラク。右からトリッピアー、サビッチ、フェリペ、エルモソ、カラスコの5バック。中盤は右からコレア、ジョレンテ、コケ、レマル(サウール)の4枚。ワントップにスアレスだ。

攻撃の時にはサビッチ、フェリペ、エルモソ、コケでポゼッションを確立し、ボールを運ぶ。右サイドはトリッピアーがアウトサイドレーンに張ってコレアがハーフスペースに入ることが多いが、左サイドはレマルとカラスコが流動的にアウトサイドレーンとハーフスペースでポジションチェンジを繰り返している。中央にはスアレスが構え、ジョレンテが縦横無尽に走り回って攻撃に参加するというスタイルで5レーン理論に基づくポジショナルな攻撃を展開している。

そして、ボールが敵陣にある時には、ジョレンテ、コレア、レマルのうち1人がスアレスと同じ高さまで上がって2トップ気味に相手CBにプレスに行く。さらにカラスコは中盤の守備ラインにとどまり、相手のサイドの低い位置でビルドアップに参加する選手に目を光らせる。仮にコレアが一列上がって2トップの一角のように振る舞うとしたら、前からスアレス、コレアの2トップ。中盤は右からジョレンテ、コケ、レマル(サウール)、カラスコの4枚。最終ラインは右からトリッピアー、サビッチ、フェリペ、エルモソの4バックとなり、4-4-2がピッチ上に描かれる。このように、基本の守備陣形の5-4-1から4-4-2へと変形してハイプレスを仕掛ける。もちろん、高い位置でボールを奪うことができたらショートカウンターを発動する。敵陣でボールを奪ってからのショートカウンターなら、スアレスも十分走り切ることができる。
シメオネのアトレティコの恐ろしいところは、仮にジョレンテが一列上がろうが、レマルが一列上がろうが、淀みなく4-4-2が形成されるところだ。その場の判断で誰かが中盤から一列上がって見た目上は2トップの一角となりハイプレスに移行する。これには戦術理解が恐ろしく高いコケのコーチングの助けもあるだろう。それでも、守備陣形の構築についての戦術理解を選手に徹底して叩き込んでくるところがシメオネの凄さだと思う。

さらに、ハイプレスを掻い潜られ、ボールがハーフウェーライン付近まで運ばれた時は2トップ気味になっていたところからスアレスを残して中盤を厚くし、4-5-1でミドルプレスを行う。中盤の枚数を5枚にすることで中盤のスライド幅を小さくしてボールの前に選手を立たせて前進を止める。そして、前進を止められた相手がバックパスでボールを下げたら、中盤から1人上げて4-4-2へ変形してハイプレスをかける。時間帯や試合展開によってはそのままステイして4-5-1でミドルプレスを継続して様子を見る。

上記のミドルプレスを通過されたら、カラスコを左サイドの守備ラインに下げて5-4-1へ移行。自陣の5レーンを埋めて守備をして相手に数的優位、位置的優位を取らせない。自陣までボールを運ばれたらハッキリ引いて5-4-1で守備陣系を構築してまずはボールを跳ね返す。ポジショナルプレーに取り組んだことの裏返しとしてその対策としての5バックでの守備も手に入れた。スアレスを除く9人が低い位置まで下がって人数をかけてまずはゴールを守り切る。
ロングカウンター狙う時は相手SB裏をカラスコやコレアを走らせる。特に、ポジティブトランジションのための準備に意識を強く置いているカラスコの切り替えの速さは特筆に値する。対峙する相手のサイドプレイヤーを切り替えの速さと初速の速さで一瞬で置き去りにして左サイドを疾走する姿を今季何度見たことか。カラスコを起点としたカウンターはアトレティコの大きな武器となっていた。

「ポジショナルプレーとは、ピッチ上のどこにボールがあるかを踏まえて、選手たちが正しいポジショニングをしていこうとする考え方。これを実践してシステムを機能させるためには、ディシプリンと思考能力の速さが必要になる。」

これはグアルディオラの言葉だ。シメオネは、ポジショナルプレーを守備的に行なっている。ボールの位置に合わせて守備陣形を変化させ、ハイプレス、ミドルプレス、ロープレスを使い分ける。そして、自身の戦術を選手に徹底的に叩き込み、ハイプレスに出る選手が誰であっても臨機応変に対応しつつ、守備陣形に混乱を起こさせない。まさに、守備に関するディシプリンと思考能力の速さをチームと選手に植え付けている。メンバー構成の変化や対戦チームの対策に苦しめられつつも、攻守にわたってポジショナルプレーの考え方を活用して、可変システムを活用したプレッシングとショートカウンターという武器を手にした。これが、今季後半戦のアトレティコだと言えるだろう。

全方位型のチームを目指して

5レーン理論に基づくポジショナルな攻撃と、5バック戦術でリーグを席巻した前半戦。5バック戦術をベースに相手ボールの位置に合わせて守備陣形を変化させ、的確なプレッシングを行なって守備で試合を支配しようとした後半戦。特に守備に関しては今季さらにバリエーションが増え、ボールの位置や状況によって的確なポジションをとってプラスをかけられるようになっている。低い位置では5バックで5レーンを埋めて相手のポジショナルな攻撃に対応しつつ、ボールの位置が下がれば4-5-1、4-4-2へ変化してミドルプレス、ハイプレスで追い込む。ゴール近くでは堅く守りつつ、相手がボールを下げれば果敢にプレスをかけてボールを奪う守備に移行する。多彩な組織的な守備を身につけて、守備で試合を支配しつつ、相手にプレッシャーを与えることができる。スアレスやカラスコ、コレアらによるカウンターの脅威も健在だ。
さらに、コケやサウールらもともと技術のある選手を揃えていることもあり、ボールを保持して5レーンを埋めてポジショナルな攻撃を仕掛けることもできるようになった。攻撃、守備、トランジションゲームと全ての局面に対応できるチームになりつつある。チームとしての力関係から、リーガの中位から下位チームに対してはポジショナルな攻撃をベースに攻撃で押し切る形で勝ち点を稼げるだろう。レアルやバルサ、UCLのトーナメントで当たるチームには可変システムで守備的に戦いながら勝機を窺う。対戦するチームや状況によって戦い方を変えられる戦術的に幅のあるチームへと変貌している。
来季は、少なくともリーガで取りこぼしが重なり優勝争いから離脱する可能性は低いだろう。リーガの中位から下位のチームであれば、ボールを渡されてもポジショナルな攻撃を仕掛けて数的優位、位置的優位を確保して殴り続ければ点はとれるだろう。仮に、5バックが崩せなかろうが、相手のカウンターの脅威に晒されようが、ボールを渡して守備的に振る舞いながらプレスをかけてカウンターから得点を奪うこともできる。レアルやバルサ相手になると後者の戦い方がベースになるだろうが、そちらの方がアトレティコが得意としてきた形だ。どんな相手にも勝ち点3を獲る戦いができると予想でき、監督交代が噂されるレアルやバルサが出遅れるようなことがあればリーガ優勝争いの中心になるだろう。

アトレティコがさらに進化するとしたら、ジョアン・フェリックスの覚醒に期待したい。技術、スピードは申し分ない。長い距離を単独で運んでカウンターを完結させられる力も持っていると思う。ポジショナルな攻撃も、守備からのカウンターもさらにグレードアップさせるタレントのはずだ。フェリックスが覚醒し、レギュラーを勝ち取ったら、アトレティコはさらに一段上のチームになれるだろう。

ポジショナルな攻撃を展開する志向を強めるのであれば、カウンター対応は必須だ。マンCが行ったように、攻撃的なSBや足下の技術があり、スピードに特徴があるCBの補強に動くのもアリだろう。

まずは今季残り2戦、ベストメンバーを組めれば下位のチームが相手だ。キッチリと勝ち切って今季の優勝を手にすることができるだろう。勝利の美酒に酔いながら、オフシーズンの動きにも注目して、アトレティコの更なる変化を見てみたい。


過去に5-3-2から4-4-2へ可変する守備について書いたので、よかったら読んでみてください。


2021.05.22  3:00am

アトレティコ優勝おめでとう!🎉

いいなと思ったら応援しよう!