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聖都バラナシ編 2 Airtel編

異教徒の小僧を無事蹴散らした私は近くにあるAirtelの店舗へと向かった。Airtelとはインドの大手通信事業社の一つで、海外からの旅行者へのsimカードを提供している。空港でも街中でも店舗をよく見かけるため旅行者にとっては定番の事業社である。

私はインドに入国してからsimカードにトラブル続きだった。まずデリーの空港で購入したものがいつまでたってもアクティベートできず、後々不良品だったことが判明。ビハール州についてから道端の屋台で買い直したのだが、通常simカード購入の際はパスポートナンバーやビザナンバーなどの登録が必要なはずが何故か何もなくすんなり終了。少し不安を覚えたもののネット・電話通信どちらも問題なくできたので結果オーライと思いそのまま利用を継続した。

ところがガヤからバラナシへの移動中に何故か再び電波を喪失、その翌日あわててAirtelの店舗に駆け込んだのだった。(インド旅行ではネット通信がないと途端に昭和初期くらいの不便さに叩き落とされるのでsimのトラブルは文字通り死活問題なのだ)

店内に入ると二十代前半とおぼしき二人の青年がカウンターについていた。一人は萩尾望都系の美青年で非常にするどい目付きをしている。

いかにも切れ者といった風貌に、ビハールの魔境から出てきたばかりで疑心暗鬼なオノボリさんの私は、思わず警戒心を露に…。

もう一人の方はというとカリスマ性を抜いた田原俊彦といった風貌。眠そうにカウンターに突っ伏してスマホをいじっている。

そのリラックスした雰囲気に少しばかり安心感を覚えながらとりあえず要件を伝え自分のスマホを手渡す。そしてそれを受け取りいじり始める萩尾望都…。

萩尾「あーこのsim壊れてますね。たまにこういうことがあるんですよ。新しく買い直してもらうしかないのですがそれでよろしいですか?」

「そうかそれならしょうがない」と私。

萩尾は仕事用らしきスマホを取り出ししばらく触っていたかと思うと突然困惑した様子で、

「お客さん、このsim他人名義になってますよ…」と。

意味がよくわからずどういうことかと聞き返したところ、スマホ画面をこちらへ向ける萩尾…。

そこには私と共にビハールで1ヶ月揉まれたsim、否、相棒の登録情報が表示されていたのだが、どういうわけか、名前の欄に知らないインド人の名前が記入されていた…。(ちなみにその名はあのタイガージェットシンと同じ「Singh」だった)

萩尾「お客さん、このsimどちらで購入されたんですか?」

私「もちろんビハールだが。」

「ビハール(笑)」と吹き出す田原俊彦…。

萩尾「ちなみにいくらで購入されました?」

私「500ルピー」

すると、あちゃーと言わんばかりに頭を抱える萩尾。店内を見渡すと壁に張られたポスターに「新規sim799ルピー!」の文字がデカデカと書かれていた…。

「お客さん、ビハールではこの手の人間には絶対に気を付けないとだめですよ!あなたは国外からの旅行者だからよくわからずに騙されてしまったのは理解できます。でもこの他人名義のsimを利用するというのは明確な法律違反なんです。もし警察に見つかったら大変なことになりますよ。この名義人があなたにこのsimを売り付けた張本人でしょう。でも警察がこの人物のところに行ったって知らんぷりを決め込むのは目に見えてます。そうなったらあなたかなりまずい立場になるんですよ?」

と、突然二十代の青年に真顔で説教される中年の私…。

この一月の間、ずっと法律違反の危険な状態が続いていたことを知り愕然としながらも、

「処分(証拠隠滅)してやってくれ…」

その意を汲んでくれたのか、
「御意…」と、静かに頷く萩尾青年…。

その後新規simの登録は順調に進み、本名登録の際私の名字「Hattori」を見た二人が「え、もしかして、あの忍者の!?」と(インドでは十年ほど前「忍者ハットリくん」が放送され国民的な人気を博したらしい)大盛り上がりを見せるなど、なかなかにハートウォーミングな展開があり、大変心から満足した私は二人にチップを弾んでその店を後にしたのだった。

そして表に出た私はさっそく、新しい相棒を迎え入れたスマホで配車アプリ「Rapido」を立ち上げると、バイクタクシーを呼び寄せかの人が初めて法を説いた地、サールナートへと向かったのだった。

そう初転法輪の、かの地へと…。


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