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連載小説「超獣ギガ(仮)」#21


鳥谷りな(23歳)。
サブヒロイン枠として登場したのに、
関西弁の特性もあって、
すっかりネタ枠です(笑)。

第二十一話「宿敵」

 昭和九十九年。十二月三十日。
 午後四時二十一分。神奈川県横須賀市。
 暮れの近づく、隠密機動部隊、その秘密基地。

 市内を見下ろすことのできる小高い丘、その中央には平和公園が広がっていた。常緑樹はその最盛期よりはやや色を落としてはいたが、しかし、昨日と変わらず青々と葉を茂らせて、寒風に揺られていた。落ち葉が静かな眠りにつく歩道。時折、強く吹き上げてくる海風に、落ち葉は乾いた音で坂道を転げて、それぞれに消えていなくなった。連綿たる生命のゆりかご。その循環。昨日によく似た、真新しい、いま。
「おーい」
 振り返ると手を振っている、鳥谷りなの姿が視界に映った。冬の柔らかな陽光を捉えたメガネがちかりと光を跳ねた。昨日よりも尊い今日。
「りなっ」
 りなに気づいた、花岡しゅりは手を振り返した。ぐるぐるに巻いたマフラーに埋もれた小さな顔。吐く息は白く、短い前髪がぴょこんと跳ねていた。明日がもっと美しい日になりますように。
 駆け寄った、りなは息を切らせていた。吐く息は雪のように白い。りなはトートバッグに押し込んでいたホットコーヒーを、しゅりは、トレンチコートのポケットの左右に詰め込んでいた肉まんを、それぞれに手渡し合った。
「どんなイリュージョンやねん」
 コートから肉まんを取り出した、相変わらずのしゅりに、りなは吹き出した。
「ヒキタテンコウやないねんから」
「バッグ、忘れててさ」
「ん? バッグ?」
 りなは、手ぶらのしゅりしか記憶になかった。バッグを携えた彼女を見たことなんてあるだろうか。そんなこと、どうだっていい。愛する誰かが昨日のように笑っている、そんな日々が愛おしいのだ。誰もが言う、普通の日々ってなんだろうか。そんなの一日すらなかったような気がする。
「ずっと手に握ってたら、中身が出てきてしまいそうじゃん」
「それもそやな」
 あんたはええ子や。
 友はいつだって、誰よりも可愛い。りなはしゅりを抱き寄せて、よしよしと頭をなで、声をあげて笑った。きっとまた、新しい戦いが始まる。誰にも知らされない、世界の片隅で。
 それから、二人はしっかりと温もりの残った肉まんを頬張って、思わず唸った。片手に握られたままのコーヒー。
「美味しい」
「うま」
 二人の声が重なる。小さな幸福を受け合って、人々はどうにか生き延びている。あたたかいものが美味しい季節だった。間もなく、昭和九十九年が終わりを告げる。
「花岡さーん!」
 肉まんとコーヒーで暖を取る二人に届いたのは、高台から二人を見つけて声をあげた、雪平ユキだった。
「おーい。鳥谷ー」
 手を振る雪平。彼女もまた、基地へと向かっている最中だった。
「やばい。ユキのぶん、ない」
「いやいや。なんで、うちは呼び捨てやねん」
「逃げよう」
 しゅりの提案に、りなはうなづく。二人は残りの肉まんを口の中に押し込んで、ろくに咀嚼もせずに飲み込んでしまった。握り潰されてあふれるコーヒー。
「花岡さーん。鳥谷ー」
 駆け出した二人の背を追って放たれた、雪平の叫び声が追い抜いてゆく。握られたままのカップから黒い液体。遠ざかる過去へ、ぽつりと落ちる雫。
 二人と、それを追う一人が向かう南。その向こうには冬の海。海鳥は水面に揺れて、やがて、飛び立った。向かうのは星の鳴る森。明日が手を差し伸べている。
「なんで呼び捨てやねんっ」
 振り返らずにりなは叫ぶ。平和公園を離れ、平地へ駆け降りてゆく。
 この世界に生きるすべての命に。間もなくの夕暮れ。横須賀に降る夕陽は、昨日によく似た黄金だった。

 同日。午後六時四十五分。
 神奈川県某所。隠密機動部隊、その基地。

 その、基地。
 総理大臣直属の国家治安維持機関、冥府、その実働にあたる、対超獣ギガ(仮)戦を想定して組織された、隠密機動部隊。地獄の番犬。通称ケルベロス。
 すべてを機密事項として設立され、現在においても、内閣総理大臣の直筆があって、ようやく、日本国内での作戦行動が許可された部隊。
 彼らの基地は神奈川県横須賀市、その臨海地域に設けられていた。
 その外観はまず、治安維持や軍事に関するものには見えない。演習場もなければ、滑走路もない。母港になる建造物も付近にはない。その外見的特徴は、「立入禁止」の封がなされた、廃寺であった。山門として、木札にその名を刻み、門の左右には仁王像が立ち入る者を睨んでいる。膝下からライトアップされて、その仰々しい視線が眼下の人を捉えている、ことがわかる。しかし、実のところ、その仁王像そのものがフェイクだった。彫刻された実物はそこになく、空洞の内壁に投影された光線が作り出す擬似である。
 立入を許可された者だけが知りうるのことになるのだが、地上にその基地はない。門をくぐり、本堂に入ると地下へと続いている。寺を模したお堂そのものは、外観だけを残した骨格と同様であり、内部は地下に集約されているのだった。
 そこに、実働部隊の面々は集合していた。
 基地という名の、その空間。地下室や、あるいはシェルターという形容が正確かもしれない。
 そこはまるで虚。
 もしくは虚無に近い空間。
 空洞に見えた。伽藍堂のようだった。ほとんど、何もなく、真っ白い。その空間を照らし出しているのは、各種モニターの青いライト。揃った人々の白い頬を青く浮かび上がらせていた。
 あの日、去る十二月二十五日。クリスマスの朝。それ以来、ようやく、ケルベロスの全陣容が集結していた。彼ら彼女らは、それぞれに手渡されたタブレットを見つめて、開始を待っていた。
「みんな、揃ったか」
 その声を聞くと同時に、他の六名と、この日、参加したもう一人から安堵の息がもれた。しゅりは思わず、タブレットを胸に抱く。久しぶりに聞いた、気がした。
 隊長、文月玄也。その声。
「お久しぶり、みなさん」
 伊尾たおりが続く。彼女が持つ部隊は、まだここにはいない。
「それでは、始めます」
 牙を剥く三匹の犬を模ったシンボルマークを背後に、重なるように立っていた、高崎要が進行する。そこにいる彼らは、地獄の番犬。影の政府、冥府から放たれた、人類の砦。
「すぐタブレットに画像が入ります」
 プロジェクタが映し出しているのは、鋼鉄の巨大監獄、冥匣に捕縛されたモンスター、呼称としての、超獣ギガ(仮)の全体像が遠方から捉えられていた。あの日の朝。いまだ明けぬ闇に立ち上がったモンスター。屹立する一角。青い光を放つ、一つ眼。涎が繋ぐ、上下の牙。
「現在」
 高崎はそう話し始めた。
「月の軌道上を航行している、星屑8号。言うまでもなく、その機には、我々が捕縛したモンスター、超獣ギガ、それが積載されています」
 高崎が一息つく。ペットボトルのミネラルウオーターを一口。二口。視線が仰ぐ虚空。全身の二酸化炭素を吐き出した。
「冥匣。内側からの解錠が不可能な、巨大監獄に捕縛されています」
 高崎の背後と、それぞれが持つタブレットの画面に、檻の中の大猿が映し出された。その手に鉄格子を握り、眼を光らせ、噛みついていた。格子の隙間から、尖るツノが突き出してもいた。
 鋼鉄の正六面体、冥匣に捕縛されたモンスター、超獣ギガは、その檻から逃れようと、いや、破壊しても脱出しようと、変わらぬ戦意を剥き出しにしていた。
 聞き耳を立て、隣りに立つ、しゅりとりな。あの日の朝、自分たちの前で暴君のように振る舞った、あの、大猿は漆黒の宇宙空間に運ばれながら、しかし、生命活動を続けているのだという。
「宇宙空間でも死なへんのかいな……」
 その語尾を消沈させながら、りながつぶやく。憶えている。あの、うちらを見下ろす、見下している、青い眼。漆黒に浮かぶ星のように、冷たい光を放っていた。不死の生命などいない。はずだ。少なくとも、自分たちの知る範囲では。
「次の画像を表示します」
 高崎は進める。唇を舐めた。そこには、自分たちと相対した、超進化を遂げたモンスターの、死ではない、最期が映されていたことを事前に知っていたのだった。
「冥匣から逃れようとした超獣ギガは、獄内で暴れ、やがて、その額のツノを自ら破損したようです」
 あの大猿を司る、制御するツノ。それがある限り、高速再生すると言われている。
「我々が捕らえたモンスターは、監獄の鉄柵に自ら頭突きを繰り返し、やがて、そのツノを破砕。自制を失い、自らの腕を、脚を噛み切り、しかし、それでも、月の近くで生存を続けています」
 スクリーンに投影されたその姿に、面々は言葉を失う以外に術がなかった。
 両腕。そして、両膝から下が欠損していた。その断面には赤い筋肉と血管、そして、赤く染まった骨が確認できた。それでも、超獣ギガは、その一つ眼の青い光を失ってはいなかった。
「丈夫なやっちゃな」
 どこか挑戦的な口調でしゅりがつぶやく。
「丈夫どころやあるかいな」
 呆れた声色でりなが応えた。
「そやけどな。どんなに強いヤツでも、うちらが相手したるさかい」
 出てこいや。何回でも、地獄送りにしたる。
 戦闘を経験し、それによって本来の野生を目覚めさせた、しゅり、りな。そして、波早。三人は一様に、その犬歯を尖らせ、眼を光らせていた。
 彼らの手の甲には、あの、五芒星の白い光が浮かんでいた。
 これから始まるのは、戦争だった。

つづく。
artwork and words by billy.
#創作大賞2023
#SF小説

p.s.この、「超獣ギガ(仮)」って、昨年末にスタートしてるんですね。半年が経過して、すでにナンバリングも21になっているのに、作内で経過しているのは(回想シーンがあったとはいえ)、たったの五日。 
 本編そのものは一年ほどを考えているんですが、おいおい、これ、何年かかるんや。大丈夫かなぁ? なんて不安になりながら、次回へ。
 そろそろ、「おとなりさん2」の第二話もお届けします。本人もぎりっぎりの進行でお送りしております(笑)。


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ビリー
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