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【備忘録】雪の日の美容室。

「コーヒー飲む?」
「うん。お願いします」
 足元からテーブル登場。そこにトレイ。チョコレートとグラス。氷がからんと音を立てた。
これは、なんと。アイスコーヒー。一月なのにアイスコーヒー。
……えっ。アイスって言いましたっけ。
「あんたいつもアイスやん」
 それはきっと夏のこと。この真冬に、窓の外はまさかの雪さえちらついてるのに。2センチほど開いたままの窓から突き刺すような風が侵入してくるのに。
 やっぱり、氷がからん。ディス・イズ・アイスコーヒー。
「あ、ありがとう。アイスコ……
 ーヒー。ですよね、この外見。当然のように氷がからん。汗をかくグラス。つまみあげてみる。そして、ひと口、啜ってみた。美味しい。苦味と渋みと酸味の調和。しかし唇に張り付く氷。めちゃくちゃ冷たい。体に水脈ができたように、冷たい。
「寒い? やっぱり寒いか」
 当たり前だろこのやろう。いや、女性だから野郎ではない。なんにしても、余計なことは言わない。ささやかな反撃は、すぐに倍になって戻ってくる。
 あんたな。
 あんたがそう言うから。
 あんたって酷いやつやわ。
 なんど、そう言われただろう。僕はそのことを記憶している。だから、思っていても言わない。ほどなく、ホットコーヒーの登場。のぼる湯気。
「あったまるやろ」
 散々、冷やしてくれたのは君ですよ。
 冷え冷えになった体をあたためてくれるホットコーヒー。鏡に映る後方では、コーヒーをくださった女王がにっこりして一息。こっそり、ではなく、もはや、堂々とアルミホイルをめくっておにぎりをかじっている。
「まあ、あんたやったらアイスでええかなって思って」
 あんたやったら。もう、そう呼んでくれるのはかまわない。しかし、真冬にアイスコーヒーって。
「扱いが雑すぎるわ」
 僕は思わず吹き出す。
「まあええやん。あんたもおにぎり食べるか」
 欲しいとは言っていないのに、強引にねじ込まれる食物。ディス・イズ・ライスボール。梅干し入り。美味しい。刻んだ沢庵がアクセントになっている。ほのかな塩味。
「あっ。見て。雪」
 窓の外は風に乗る淡雪。

「それ、入ってくるときに言ったやん」
 そうやっけ。彼女は僕の意見には無関心そうに、再び、おにぎりを頬張った。
「高知に雪やで」
 年末の積雪は六十年ぶりらしい。一冬に二度の降雪は記憶にないと言う。
「あんたが高知に来てから、気象もおかしくなってきたんやわ」
 天候不順まで僕のせい。なんでやねん。
「そんな力ないって」
「まーええわ。よし、そろそろシャンプーしましょか」
「ええんかいな。はい。よろしくお願いします」
 そして、午後になる。正午を告げるサイレンが鳴る。二度目の雪の日は、おにぎりとコーヒーの日になった。

photograph and words by billy.

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