「宝石泥棒の朝」
月と陽が入れ替わる真新しい時間帯に彼女は湖のそばにある、誰の気配もないモーテルで目を覚ます。白鳥たちが水に跳ねてはしゃぐ姿を、割れた窓から眺めてる。
凍りついてた銀色も目覚めるように水になりゆく。グラスのなかのそれを一口だけ飲み、昨晩運び入れたキャリーバッグに目をやった。
無造作に倒されたそれは角が綻び、革もキズにまみれている。
着替えた彼女はダイヤモンドのように白い息を吐きながら、キャリーバッグを引きずって湖のほとりまで歩いていった、氷柱を下げた樹々と爪先が割る薄氷、世界中が銀色に染まって見える。
トランクは彼女が盗んで手に入れた宝石で埋め尽くされている、彼女はこの世のすべての宝石を手に入れるつもりでいる。
ありとあらゆる色が輝く、はしゃいでいる子供みたいだ、彼女は思う。
一粒ずつをつまんで手のひらに乗せ、そして湖に差し入れる。
赤も青も黄色も、どの色も水に溶けてゆくように、湖底へと沈んでゆく。
貧富や肩書きの問題じゃないの、誰にも似合ってなんてない。ましてや集めて見せびらかすためにあるわけでもない。
水へと還る2秒の短い間だけ、石はほんとに輝くことができるって、知っているのは私だけ。
湖近くの採掘場で捨てられていたのが彼女だった。
二十数年ほど前のことだ。
photograph and words by billy.
サポートしてみようかな、なんて、思ってくださった方は是非。 これからも面白いものを作りますっ!