見出し画像

連載小説「超獣ギガ(仮)」#17


第十七話「発射」

 昭和九十九年十二月二十八日。
 東京都千代田区。旧明治神宮野球場、その跡地。

「星屑8号はこのまま離陸します。離れてください」
 マイクに乗る高崎要の声。風貌に合った、やや高く、しかし、優しみのある声。一同はその出所を見上げ、左右し、そして、振り返った。緩やかな坂道に続く、地下。その大空洞が吐き出す銀色の砲身。暗がりから伸びて地上に現れ、そして、急速にカーブを描いて高く、屋根の開いた上空にまで届こうかという銀のレール。レールの形状をした、滑走路。平行して歩いてきた彼ら、彼女らはその長さと巨大さに気づいていた。暗がりの孔から届く轟音は、そのレールの上を滑走してくる躯体、星屑8号であろうと容易に推測された。
「間もなく地上を通過します」
 高崎の声は、電気信号に変換され、増幅されて、音声として旧スタジアム内に響く。警報が追加される。「28」、スクリーンにはカウントが表示されて、点滅した。次いで、27、それから、26。そして、25。
「離れよう」
 24。
 背を向けていた文月が振り返る。見守っていた小日向、雪平、蓬莱ハルコの三人に、順に目配せしてから、駆け出した。三人はそれに続く。半地下になっている、かつての一塁側ダグアウトへ避難した。そして、再び、中央を見つめる。踵の下から振動が伝わる。その振動は移動していた。
 約二十八度の射角で立ち上がる、レール。列車用のように、二本のレールを滑走し、それを砲身として、高電位をかけた伝導体で出来た弾体として、星屑8号を、後方に貼り付けた弾体をレール間に挟んで、弾体の後方に発生したプラズマにかかるローレンツ力による反発で弾体を加速、射出する仕様のレールガンになっている。
 旧明治神宮野球場は、その実験と運用を兼ねた、冥府と内閣府の共同実験機関になっているのだった。
 23。
「伏せろ。相当な衝撃波がくるぞ」
 ラバーの取り付けられたフェンスから目だけで外を睨みながら、小日向が注意する。
 22。
「ラジャラジャ」
 小日向を真似て両手でフェンスをつかみ、姿勢を落として雪平がこたえた。伸びるレールの、その頂点にあたる切先から、地下へと潜り込む地点までを左右に眺めて、視界を確保した。
 21。
 スクリーンは射出タイミングのカウントを続けている。間もなく、超獣ギガを捕縛した冥匣を搭載した無人運搬船、星屑8号が地上へ、そして、滑走して、月面へ発射される。耳鳴りすら忘れるほどの振動に揺さぶられて、上下に揺さぶられる体。
 20。
「どこかの国の、ミサイルの実験に参加している気分よ」
 19。
 きちんとヘルメットを装着して、恐れ慄きながらも、ハルコもしっかりと事態を視線を合わせていた。
 18。
「似たようなものさ」
 そもそもは、その発射装置は、超々距離攻撃を仕掛けるためのものだ。月面までを射程にできる、大質量破壊兵器。だからこそ、「星屑」と名付けられたのだ。文月はそのことを知っている。しかし、言葉にはできない。冥府を名乗っている組織には、その理由と暗部もある。
 17。
 そう。冥府は、歴史に触れるが、しかし、歴史には現れない。それが綱領の最初のページに記されてもいる。いつか知るときが来る。いまは知らないほうがいい。
 そして、文月は見据えた。その先。地中から伸びる砲身。ベンチの立てていたペットボトルが揺れて倒れ、落下していた。その身は揺さぶられ、奥から手前に、そして、再び、奥へと転がった。
 16。
 間もなく、発射だろう。振動だけではない。空間に歪なたわみが発生していた。雷鳴が起きる直前のような暗雲が生まれ、そのなかで一閃の光が断続して明滅していた。そこでは、エネルギーが集中させられている。ごく小さな磁場が発生して、巻き上がった気流が砲身を滑り、地中に吸い込まれてゆく。
 15。
「発射まで間もなくです」
 声は高崎ではない、別の声がそう告げた。それは女の声だった。
 14。
「最終カウントを開始します」
 女が指揮を執る。その場で高崎は補佐になるらしく、スムーズに交代された。戻っていたのか。まったく、いつの間に。文月は声の主が誰であるのか、そのことに気づいていた。
 13。
 指先で下唇をつまむ。眉根を潜めながら、しかし、他のメンバーに知られないよう、微かに笑みも浮かべていた。
「オーケー。全員、つかまれ」
 文月が叫ぶ。身を小さくして、撤去されずに残ったままになっていた、ダグアウトのベンチにつかまる。それに倣って、ハルコがその隣に、そして、雪平、小日向と続いて、四人はそれぞれに事態を目撃する体勢を整えた。
 12。
「吹っ飛ばされるなよ!」
 そう叫ぶ小日向の腕をつかんだ雪平は、
「やばいよー、怖いよー!」
 助けてよ、おっちゃーーーん! おふざけの叫び声を上げた、しかし、それは地中からの唸り声にかき消されてしまっていた。
 11。
「ほんとにもう! 総理大臣になってから、こんなことばかり!」
 まったく、ついてない、どうして、自分のタイミングはこんなことばかり。張り裂けんばかりの大声で放たれた、その嘆き、呟きに、ベンチにしがみつく四人が笑った。
 10。
「十秒切ります、間もなく、星屑8号の発射です」
 声を挟んだのは、高崎だった。
 9。
 地中から唸り声。連続する炸裂音。その都度、跳ねられ。引き剥がされそうになるベンチと、その上にバウンドさせられてしまう四人。それぞれに悲鳴。もはや、意味をなさない言葉の羅列。言葉にならない声の濫発。
 8。
 空洞が吐き出した銀のレール、そのあたりが点滅して見えた。泡のような小さく、丸い発光が生まれて、すぐに消えて、新しい発光が弾けた。光体は連続して発生して、即座に消えた。空間が歪んでいた。波打って見える。
 7。
 耳の奥、鼓膜の真横あたりから、金属音。耳鳴りに似た、しかし、それよりも硬質な高音が始まって、震えながら、その速度を上げていた。回転のエネルギーも出力にしているらしく、その硬い金属音は遠ざかり、瞬間で近づいて、また遠くに聞こえた。
 6。
 間もなく、星屑8号が射出される。その先、砲身になるレールの先の空は、その部分だけ青空を取り戻していた。丸く、穴の開いた鈍色の雲。よく見れば、明治神宮野球場跡地を、ドーム化して球形の屋根を避けるように雪は降り続けていた。みるみる広がる青。四方から引っ張られているように、引き裂かれてゆく雲。

 同日。神奈川県横須賀市。

 5。
 初の実戦をくぐり抜けた、しゅりとりなは冥府上層部から召喚され、身体検査を受けることになっていた。基地、訓練施設への訪問はそれが主な理由だった。問診と基本検査を終え、リストバンドで管理されていたバイタルにも変化、異常はなかった。
 4。
 二人は休憩室にいた。予定は終えていたが、先日の戦闘後、入院したという波早について聞いておきたかった。状態、もしくは容態。入院先と部屋番号。故障したのか、他のどこかで管理されているのか、携帯電話も繋がらなかった。ひょっとしたら基地に戻っているかもしれないと楽観したが、波早はそこにもいなかった。
 3。
「なんやあれ」
 西を見上げていたのは、りなだった。雪のちらつく窓の外。ほら見てみ、あれ。りなが指差す先の空は、雲が丸く切り取られ、そのなかの青空に白い発光がかすんで見えた。
 2。
「ん?」
 窓に顔を寄せて、二人はその先に目を凝らした。空に細い線が見えた。切り傷のように細く、血のように白光が滲んでいた。徐々に、その閃光が威力を増す。傷口が開くように、光量が増えた。
 1。
「変な空やな」
 ぱちぱちと火花が散っているように、開いた傷の近くを、光が爆ぜていた。
「あれ……飛行機雲じゃないよね」
 東京に行っている、文月隊長らは、確か、千代田区だった。千代田区。明治神宮野球場、その跡地。おそらく。あの謎の発光現象の下あたり。
「またモンスター出てくるんちゃうやろな」
「まさか。と、思いたい」
「いまは戦えんで。欠員おるしな」
 そのとき。地球が揺れた。そう錯覚する炸裂音がその方角から届いて、衝撃波に窓は揺らいだ。

 東京都千代田区。旧明治神宮野球場、その跡地。
 0。
「星屑8号、発射します」
 その瞬間、地上の全ての音が制止した、そんな気がした。しかし、その圧倒の静謐は一秒半しか保たず、白銀に光るレールの上を、閃光が滑走し始めた。その姿を、小日向五郎が、雪平ユキが、蓬莱ハルコが、そして、文月玄也が睨んでいた。運搬船と呼ばれはしていたが、その形は船ではなかった。月への輸送というが、しかし、ロケットのようでも、あるいはミサイルとも違った。
 星屑8号と呼ばれている、それは、白く細い外骨格に覆われた、虫のようだった。レールの上を百本はあるだろう、短く華奢な脚がつかんでいるようだった。尖端には眼を思わせる球体が縦に二列、計で八つ。骨を組み上げられたような胴体と、腹部の膨らみに搭載されているのは、その形状から冥匣だろう、そして、蛇を思わせる尾が揺れた。レールを這い上がり、空に孔を開け、虚空へと飛び立った。その様子は、打ち上げられた、放たれたというより、自身の意思で駆け上がったようにも見えなくなかった。
 叫び声に似た轟音。
 遅れて、砲身にされたレールは衝撃に脚を潰され、球場内に崩れて落ちた。突然、戦場のような惨劇が訪れ、そこにいた人々は、それぞれの無事をよろこぶよりも、呆然と荒廃に立ちすくむのみだった。
「ご無事みたいね」
 アナウンスの女の声は、どこか、その状況を楽しんでいるかのようだった。

つづく。
artwork and words by billy.


#創作大賞2023


サポートしてみようかな、なんて、思ってくださった方は是非。 これからも面白いものを作りますっ!