『乳水』戯曲/初演版+ストレンジシード構成版
ストレンジシード静岡2020上演の『乳水』は、2010年の初演版からいくつかのシーンを抜粋し、一部新たに書き加えられたストレンジシード構成版です。
すべてのシーンが収められた初演版とストレンジシード構成版戯曲をこちらで公開しています。
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オープニング
(舞台はぼんやりと前景・後景に分かれていて、後景は少し高い、ぷわんと浮いた位置にある。前景、全体に焼け焦げた家具が配置されていて、その中に食卓がある)
(妻が夕食の準備をしている。妻は無心に料理をしている。無心、というか、妻の上空に巨大な物思いが渦巻いている)
(二階の夫の部屋から娘がやってきて、しばらく妻の後ろ姿を見つめている。妻は気付かない。娘は小さな声で何度か「お母さん」と呼ぶが、それでも気付かない。妻は皿を運ぼうと振り返り、娘がいきなり近距離にいたので「ヒッ」と言って皿を落として割ってしまう。そのことで娘の方が何となくショックを受ける。二人でそろりそろり、慌てているにしては緩慢な動作で、何に対してか気を遣いながら片付けを始めようとしているところに、皿の割れた音を聞きつけた姉がやってくる)
(姉、「ちょっと大丈夫ー?何やってんの」とか言いながらちゃきちゃき片付け出す。妻、娘に「紙袋持ってきて」だの「ちりとりも頼む」だのと指示を出し、三人ではいつくばって破片を拾い集める。姉の「ねぇ、なんで皿割れたの?」という質問に、二人は答えない。大体片付いた頃合いに、気まずさを破って弟が帰宅する)
弟 ただいまー。
三人 (それぞれに)おかえり。
(弟がすぐ部屋に向かおうとするので)
娘 マキオ、手洗って。
姉 あ、ついでに雑巾持ってきて。
弟 えー
(と言いつつ、弟は雑巾を持ってくる)
姉 で、ついでに拭いといて。皿割れたから。
弟 げーなんで僕なんだよ。
(と言いつつ、小学生のような、お尻が高い位置にいく雑巾掛けをする)
妻 かんちゃん、お姉ちゃん、お皿運ぶから手伝って。
二人 はーいー
(弟はいつまでも雑巾掛けをしている。陶器の破片をさらうという趣旨を無視した拭き方)
(料理が並び、妻、娘、姉は席に着く)
姉 マキ、もういいから、ご飯。
弟 へーい
(と言って雑巾を袖に投げてしまう)
姉 ちょっと。
弟 うっさいな、後で洗うよ。
(姉はまだ何か言いたそうだが)
妻、娘、弟 いただきます!
(全員、食べ始める。よく見ると、みんな違うものを食べている。ご飯、うどん、パン、パスタレベルで違う。席が一つ空席で、そこにも一人分の食事が用意されている。全員、無心に、特に感想もない様子で食べている)
(チャイムの音。全員、一瞬「?」となるが、すぐまた食べ始める。妻が玄関に出る)
妻 はーい
来訪者 こんばんは。
(妻、老いている)
妻 …こんばんは。
来訪者 入ってもよろしいですか?
妻 ええ、どうぞ。
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