スマホをいかに使いこなすか=ICT構築能力 という不可思議方程式①

勤め先で「ペーパーレス」を始めたのは4月。正直ムカつく。

「ペーパーレス」=紙をなくすこと。ではない。紙で伝えなければならないことを効率よく伝えること。それによって組織内のコミュニケーションを活性化させることが、そもそもの目的だと私は訴えたい。

では身内の恥をさらそう。

まず会議資料をpdf化した。見栄えはいい。これで「素晴らしい」と言っているからもうお陀仏。その理由は年単位で普遍的に行われている物事の経過をみることができない。例えば「◯☓」というプロジェクトがあるとしよう。こいつが2年前はどんなことをしていたのか。という経過が見られない。検索がかけられないので、事実上行方不明となる。こういったものはテキスト化して表題に「20▲▲年◯☓」とすれば、「◯☓」で検索をかけて年次でその推移が見られる。pdfにするということを私は「資料のコンクリート打ち」と命名している。役に立たず結局は紙にして目で追跡するしかない。

次に朝会の内容を大手のインターネット検索サイトのツールで代替えした。すると朝会間際に恐ろしいことが起こる。連絡したいことをまとめて投げ出す機能がないために、カーソルのぶんどり合いが始まる。この場合自分のところで打ったものを投げ出せるオリジナルの画面をプロに設計させればいい。そうすりゃ順番はどうあれ、きちんと伝えたいことがストレスなく掲示される。

唖然としたのが、所属プロジェクトのミーディングはこの検索サイトのEメールを使用していることだ。受信トレイはまたたく間に3桁にまで膨れ上がった。

ダメ押しに大馬鹿な事態が起こった。出張申請のデータ入力はフォーム入力ではなく、テーブルに直接入力をする。言うなれば銀行のATMに向かって銀行のコンピュータセンターで処理をする形態に合わせて入力しろというもんだ。そんなATMなんてどこにもないのにね。携わっている責任者は「これでいいのだ」というのでバカボンのパパもしらけるほどのクソ恐ろしい処理が常態化している。

こんなことで組織のコミュニケーションはどうなったか。ハイ結論を言いますと「仲良し組」の結束力が増してよそものを受け入れない。冷たい環境が出来上がりました(拍手!)。

ペーパーレス化によって、事務処理が煩雑になり、職場の雰囲気が悪くなった。もしも緊急に過去のプロジェクトの変化をまとめろとか、連絡に使っているツールに向かってクラッキングが攻撃をしかけたらどうなるかとかなんて考えない。前の勤め先は資料の活用の仕方をめぐって話し合った。コンピュータが人間の作業を援護することを前提としたものであった。

ところが現在の勤め先で、ICTに携わる人間に求められるのは「どれだけスマホのツールを知っているのか。」なのである。システムをローカルレベルしか考えない。なおかつペーパーレスを表面上やったことだけに満足を覚えて、その先の職場の全体像は完全に切り離している。「人間の機能を援護するためのICT」ではなく「ICTへの順応」が求められている。これがイライラさせる。

蛇足ながら、滑稽な自慢話を一つ。

ある人のコンピュータが自動更新をしたらば、データが見当たらない事態に遭遇した。ICTの係の人間は、故障したと思って代替えのパソコンを用意した。しかし私は、話を聞いているともとに戻る可能性があるとにらみ、ネット上で同じような症状にあったときの救済するための方法から、コマンドラインをコピペして、セーフモードで再起動した。するともとに戻った。その人からは感謝された。「Aさん(=私)はコンピュータオタクだから。」と前々から知っていた同僚はからかい半分で言ってくれたが、周囲の反応は冷たかった。


コンピュータよりスマホなんでしょ!と報われぬことでいじけたが、まあ情報ダラダラ流出してなんぼのスマホを持ってハッピーと思っているのが今の時代だから仕方がない。

ちなみに電車に乗ったとき、私は風景を見る。情報という無常の近接関係にあるものに血眼になるよりも、車窓を眺めたほうがいろんなことを考えることができるからだ。多分死ぬまで買わないな。

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