読書感想文#3 「生態系減災 Eco-DRR」を読んで
今年もそろそろ梅雨の時期が近づいてきました。毎年、梅雨と台風の時期は全国どこかしらで災害が起こり、私自身も2年前に千葉の台風で被災し二日間の停電を経験する羽目になりました。
今回紹介する著書は、「生態系減災 Eco-DRR」という、自然を賢く活かして災害のリスクを下げる手法について書かれた専門書的な書籍です。
*生態系減災 Eco-DRR 自然を賢く活かした防災・減災
一ノ瀬友博 編著/慶應義塾大学出版会
ランドスケープを考える上で、毎年のように襲ってくる災害を無視するわけにはいきません。今回は、土地利用計画やランドスケープ計画をする上でという、少し大きな視点で書いてみます。
生態系減災(ECO-DRR)とは
人間にとって災害のきっかけとなる地震、噴火、津波、洪水、土砂崩れなどは起こらないに越したことはありません。ですが、このような自然現象は生態系を維持するために本来必要なものです。そして、こういった現象が起きたとしても、人間がそこに生活しておらず、誰も被害を受けなければそれは災害にはならないそうです。
一方で、豊かな生態系は人間に様々な恩恵(生態系サービスという)をもたらしますが、その一つに自然災害の緩和(調整サービスの一つ)があります。
生態系減災というのは、健全な生態系を災害からの緩衝帯として機能させて、人やその財産が危険にさらされるリスクを軽減しようとするものです。例えば、海岸に続く松林の風景を見たことがある方は多いと思いますが、これは海から襲ってくる津波や高潮、風を弱めたり、風によって海岸の砂が農地や宅地へ吹き込むのを防ぐ役割があります。また、日常では地域住民の憩いの場となったり動植物の命を育む場にもなります。一方で、海岸線をコンクリートで固めた防潮堤は、高潮から守る一定の効果はあるにしても、風を弱める効果はなく、何よりも海と陸を直線的に分けて人を海から遠ざけてしまいます。そして生き物の住処にはなりにくいコンクリートなどの建造物が主です。
近年、人間の活動によって生物多様性が急速に失われていることがわかってきています。多様性が損なわれるということは人間以外の生き物の話ではなく、結果として人間が暮らすことが困難になります。なかなか実感を持ってこのことを感じることは出来ないかもしれませんが、そうなった時点で時すでに遅しです。生態系減災を上手に取り入れて、豊かな生態系を維持しつつ、災害リスクを減らしていくことが急がれます。
東日本大震災の復興の現状
震災後10年を節目に、報道番組等で復興の現状が特集されていたものを観た方も多いのではないでしょうか。
本書でも紹介されているように、多くの被災地では、震災前にあった防潮堤よりも高い防潮堤を再建し浸水した住宅地を盛土をしました。ところが、いざ復興が終わって住める状態となっても、地域住民が戻ってこず空き地ばかりが目立ってしまっている、そんな映像をテレビで観ました(参考:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210311/k10012908761000.html、下記写真も同リンクから引用)。
日本景観生態学会では、復興への提案として、「地形・土地のポテンシャルを活かし、「生態系の調整サービス」を最大限に引き出すことのできる復興」等を提案したそうです。具体的な方針としては、「地震による津波、土地陥没によって沿岸付近の水田・宅地には海水が侵入したが、これらの場所は本来、塩性湿地などを開発した場所が大部分であり、今後それらの地域の一部は本来の湿地もしくは藻場として再生も検討すべきである」というものです。
もちろん、震災直後の地域住民の方々の思いを考えると、生態系減災の議論をするような余地はなかったと思います。それでも、海を眺めることのできないような高い防潮堤を築くことでその土地の魅力を奪い、地域住民の土地への誇りや愛着を失うことを想像できなかったのか。人口減少の時代にあって、かつ地球環境の保全が既に注目されていた当時、本来の塩性湿地として生き物を育みつつ住民の憩いの場として再生することは検討できなかったのか。悔やまれることは沢山あるように感じます。
写真:釧路湿原(本人撮影)
生態系減災を活かした事例
環境省が発行している「生態系を活用した防災・減災に関する考え方」にある事例に、大分県中津市の中津干潟があります。大分県中津市では中津干潟の護岸工事計画が持ち上がった際に、干潟を住処とする生き物を保護するために、計画された護岸位置からセットアップして護岸を建設し、干潟と砂浜の持つ減災機能も活かしつつ生物多様性の保全を実現したそうです。
(出典:「生態系を活用した防災・減災に関する考え方」環境省自然環境局)
もちろん、このセットアップ護岸でも土地の改変があるので自然への影響はゼロではないですが、本来そこにいる(もしくは、いた)生き物の住処を確保したり、自然地形が持つ機能を生かすことは、あらゆる土地改変の度に考えるべきことだと思います。
こういった事例がありながら、東北の沿岸復興には活かされなかったというのは、取り返しのつかない非常に残念なことだと感じます。
土地利用とランドスケープ計画について
災害リスクを軽減させるための方法として、リスクのある場所には住まないという選択肢もあります。日本では、戦後人口が増えるにつれて災害リスクの高い場所を宅地等として造成してきました。このことが、人命を損なう洪水や土砂災害を引き起こしてきたとも言えます。人口減少の時代、リスクの高い場所は本来の自然の姿に戻し生態系を育む場とする選択肢もあると思います。
一方で、日本の土地利用はまだまだ生態系のこと考慮せずに経済を優先させるものであることがほとんどだと思います。近年では気候変動問題が大きく取り上げられていますが、生物多様性を損ねている主要因は土地利用の変化だということです(気候変動は第三の要因)。私の行動している範囲でも、こんなにも空き家問題が取りただされているにも関わらず、郊外や地方で宅地造成工事が行われているのを良く見かけます。しかも、造成されているのは河川周りの水田だったり、雑木林のある里山だったりします。こんなにも人口減少が叫ばれている日本で、なぜ新たに宅地をつくらなければいけないのか本当に不思議です。悪いけど、住宅メーカーの利益のためだとしか思えません。
行政は、人口減少を考慮に入れて、本当に人が住むべき場所とそうでない場所を今のうちから調査しておくべきです。そして住むべき場所でないところは、徐々に元の自然の姿に戻していって災害時の緩衝帯等として生態系サービスを充分に発揮できるように機能させるという方針を掲げておくべきです。それにはきっと土地の所有者の反対があるでしょう。でもこの計画は短期的な利益を目的にするのでなくて、長期的に人が自然からの恩恵を受けていけることを目的として行うべき。その計画の一つがランドスケープ計画である思うのですが、そういった計画がもともとあれば、万が一災害が起こってしまった際もスムーズに復興が行えると思います。
日本と海外のランドスケープ計画
ランドスケープ計画には上述のような土地利用の視点を必ず入れるべきだと考えます。ですが、日本のランドスケープ計画は見た目を重視したものであることが多く、いわゆる「映える風景」をつくるための計画といったものが未だに策定されてしまう。一方で、欧州諸国のランドスケープ計画は、土地利用を規制し生態系を保全するようなものがかなり前から整備されているそうです。
本書では、ドイツのランドスケープ計画が紹介されていました。ドイツの土地利用計画は、農地、集落、生態系に関する計画体系が相互に連携していて、生態系の部分を担うのがランドスケープ計画であるようです。
ドイツのランドスケープ計画も当初は日本の景観計画と同様に見た目を重視したものだったそうですが、1970年代頃から徐々に生態系を意識したものになっていったという。未だに見た目の景観のみを重視している日本のランドスケープ計画は、ドイツよりも50年も遅れているということです!
これからの日本の土地利用
何度も書きますが、これからの土地利用計画は、人口減少や災害の増大、そして健全な生態系を維持するという視点でもっと見直しがされるべきだと思います。そして、災害を被りやすい場所ではなるべく人は住まないようにして、どうしてもそういった場所に住む場合は、被災のリスクを下げるために賢く自然を使っていくべきです。そういった場所は、住民の憩いの場になるだけでなく、生き物の住処にもなり、生物多様性を育みます。
一方で、そのような場所は地域住民が継続的に管理していくことが求められます。以前の記事でも書きましたが、そのような場所こそ地域の共有財産である「コモンズ」としてコミュニティの形成に役立てたり、その場所から得られる恩恵を住民がシェアしたりしていけるような仕組みが必要だという視点も本書には記載されていました。
最近姪っ子が誕生して、日々身近でその子の成長を見守る中で、未来の世代にも継続して自然の恩恵が受けられる世界をつくっていかないといけないなと考えるようになりました。
ランドスケープデザイナーとしてできることと、日々の暮らしの中で出来ることと、両方の視点を持って実践していきたいと思い、今回は前者としての想いを書きました。本書は、そんな想いのヒントを与えてくれるものでした。
(ご注意)この読書感想文は私の個人的な解釈が含まれるので、必ずしも本書の内容に沿うものではないこともあります。