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ハラスメント防止についてのあれこれ

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理想の稽古場とハラスメント防止についてのあれこれ、についての記事です。
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#権力

法律を越えて自由を抑制することへの疑念と、「若者よごめん」てな言葉が帯びる欺瞞について。

法律を越えて自由を抑制することへの疑念と、「若者よごめん」てな言葉が帯びる欺瞞について。

2022年10月07日のツイートより

近年の演劇界のハラスメント防止にまつわる議論に対して、僕が特に疑問を抱いているのは、先輩は後輩に○○してはならない、といったハラスメント規約が明らかに法律を越えた禁止、すなわち自由の抑制を含んでいる場合に関してだ。恋愛禁止などもそうだが、その、本来保障されるべき個人の自由を抑圧している権力の主体は何なのか? 誰なのか? 

仮にその権力を振るうのが劇団の主宰

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自由とハラスメントについてのモロモロ

自由とハラスメントについてのモロモロ

近年、ハラスメントについて様々な団体がガイドラインを定めており、そのうちのいくつかは広く一般に公開されている。そういった業界の流れは非常にいいことであると思うし、これまで見過ごされてきたハラスメントの問題が少なくとも議論の俎上にあがるようになったことだけでも大きな進歩といえるだろう。ただ、僕個人としては現在、流布されつつある共通認識に対して違和感を覚えることも多い。それも片言隻句について微妙なズレ

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私たちは、crime(犯罪)を避けられるかもしれないが、sin(罪)からは逃れられない。

私たちは、crime(犯罪)を避けられるかもしれないが、sin(罪)からは逃れられない。

私たちは、crime(犯罪)を避けられるかもしれないが、sin(罪)からは逃れられない。また、私たちは「悪」を避けることはできるかもしれないが、「業」からは逃れられない。中島岳志さんの本を読んでいてそんなことをふと思う。

そもそも、落語(芸事)とは業の肯定であり(立川談志)、文学とは、九十九匹のための政治の言葉では救われぬ逸れた一匹のためのものではなかったか(福田恆存)。

そんなことを前提とし

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