見出し画像

ワクのある食卓

念願の木製トレイを買った。

木製トレイ、もしくはおぼん。白木の板にワクのついた、正方形のトレイである。

「念願の」というのには、理由がある。実はここ数年、探していたのである。ひとり暮らしの私にぴったりのトレイを。

探し始めたきっかけは、SNSだった。

私は食いしん坊なので、料理人の方や料理ライターの方のSNSをフォローして、彼らの投稿を拝見している。「おいしそうだなぁ」と眺めるだけのときもあるし、メニューや盛り付けを参考にすることもある。

んで、食いしん坊な私は、自分でも料理写真をSNSに投稿する。好きなお店に行って「これ、おいしい!」と思ったものを投稿することが多いが、たまには、自分でつくった料理の写真も投稿する。

そのとき、思ったのである。料理人の方たちも、仕事のときだけではなく、自宅で撮影したであろう写真を投稿しているのに、そして、その料理がとてもシンプルなものなのに、めちゃくちゃおいしそう。なんでだろう?と。

そりゃ、彼らはプロなのだから、どんなにシンプルなものだって、おいしそうに見せるだろう。けれども、彼らのシンプルな料理をマネてつくったときに、やっぱり改めて、思ったのである。

何かが、決定的に違う。なんだろう?

私は、写真を見比べてみた。

たしかに、出来上がった料理は違うし、盛り付けてある食器も違うけれど、それだけじゃない。なんだろう……?

そして、思い当たった。

それが、トレイなのである。

彼らの料理写真には、ワクがある。ワクがあって、テーブルと料理の間に、明確な「線」が引かれているのであった。

そうか。これか……。

そう思ったことがきっかけで、私は自分でつくった料理の写真を撮るときにぴったりの、ちょうどいい色と形と大きさのトレイを探し始めたのであった。


何か欲しいものがあるとき、今ならネットで探す人が圧倒的に多いと思う。

けれども私は、特に食に関するものの場合、リアル店舗で探すことにしている。

なぜなら、食に関するものは、ものによっては直接、口に触れる場合もあるし、持ったときの重みや質感、洗いやすさなども考慮して買いたいと思っているからだ。

これは実体験なのだが、写真で見て「これ、いいかも!」と思ってネットで買ったのに、いざ使ってみたら、軽すぎたり重すぎたり、表面がザラザラしていて洗いにくく、汚れが付きやすい、なんていうものもある。そういうものは結局、使わなくなって、食器棚に眠ったままになってしまう。

だから、料理写真のために探し始めたトレイも、やっぱりリアル店舗で見つけることにした。

こういう生活雑貨を探すのに、まず真っ先に足を運ぶのは、100円ショップである。

キッチン用品の売り場へ行き、トレイを探す。華やかな色のランチョンマットはたくさんあるのに、トレイは品数が少ない。木製っぽいものや、漆塗りっぽいものはあるが、どれも小さい。1人分のお箸とお茶碗と汁椀をのせたら、いっぱいになりそうだった。

私が欲しいと思っているのは、1人分のお箸とお茶碗と汁椀、それにおかず用のお皿と、できれば小鉢が1つくらいのるような大きさのトレイである。

「う~ん……。違うんだよなぁ」

複数のブランドの100円ショップ、しかもできるだけ大きな店舗を何店舗も回ったが、結局、見つからなかった。

次に、生活雑貨といえばちょっと変わったものも揃っている、大型店へ行ってみた。そこには、いろんなトレイがあるにはあったが、どれもしっくりこない。

「う~ん……。ここもダメか」

他にも、ちょっとおしゃれなセレクトショップや、職人さんがつくった工芸品を扱っている店など、いろいろ見て回った。だが、やっぱりしっくりこない。

さんざん探し回ったが、見つからないので、何がしっくりこないのか、改めて考えてみることにした。

一番の問題は「形」であった。

多くのトレイは、横長の長方形か、扇形に近い丸い形をしている。

でも、それでは、私が撮りたい料理写真が撮れない。なぜなら、私の料理写真はSNS用なので、いつも縦長だからだ。

ああ、それか。しっくりこない原因は、それだった。

それじゃ、どうするんだ?縦長のトレイなんてないから、今まで通りトレイを使わずに撮るか?それとも、横長のトレイを買って、これからは料理写真を横長にするか……。

「あ~!どうするんだよっ!」

結論が出ないまま、私のトレイ探しは、とん挫した。


そして、しばらくしたある日。

たまたま通りかかったおしゃれな家具店の店先に、素敵なダイニングテーブルとイスがディスプレイされていた。ダイニングテーブルの上には、これまた素敵なお箸とお茶碗と汁椀がのった、木製トレイが置かれている。

その木製トレイが、なんと正方形なのであった。

私は「えっ?」と思った。正方形のトレイ。こんなの、あるんだ。

後にネットで調べたら、正方形の木製トレイはそれほど珍しいものではないらしいが、私はこのとき、この家具店で初めて見たのであった。

そして、パッと思いついた。

正方形なら、縦長の写真でもいいかも。

そう思ったら、急にその正方形のトレイが欲しくなった。家具店の店内に入り、あのトレイを探した。家具店だからそれなりに店内は広かったが、雑貨の売り場はそれほど広くはなく、トレイはすぐに見つかった。

問題は、値段だった。あんなに素敵にディスプレイされているんだから、それなりにお高いんじゃないかしらん。

と、思ったが、それは杞憂であった。

なんとラッキーなことに、お目当てのトレイは、ちょうどセール商品になっていた。1枚、2,200円なり。

うれしくなって、早速、レジへ向かった。おそらくこのとき、私の顔はかなりニコニコしていたと思う。

品のいい店員さんの「ありがとうございました」という声を背中で聞きながら、やっぱりニコニコして店を後にした。

帰りの電車の中で、このトレイに何をのせて写真を撮ろうかと考えた。

まずは、シンプルに「卵かけごはん」だな。

「卵かけごはん」といっても、わが家の卵かけごはんは、ごはんと生卵だけではない。自分で考えた「卵かけごはんプレート」があるのである。

よし。明日は、炊き立てごはんで、卵かけごはんにしよう。


そして、翌日。

ごはんが炊ける匂いをかぎながら、卵かけごはんの準備をした。

わが家の「卵かけごはんプレート」なるものは、四角いお皿の上に、小皿をいくつか並べたもので、それぞれの小皿には生卵の他に、しらすや明太子など、ごはんのおともを入れている。

そのプレートと、ごはんとお味噌汁。これがわが家の卵かけごはんなのである。

いつもなら、ごはんとお味噌汁、そしてプレートを、直接テーブルにセットして、パッと写真を撮り、食べる。

だが、その日からわが家には、正方形の木製トレイがあるのだ。

木製トレイの上に、ごはんとお味噌汁、そしてプレートを、のせてみる。

おお~!ぴったりじゃないか!

大きさを図って買ったわけではないのに、正方形の木製トレイは思った以上に、わが家の卵かけごはんにぴったりだった。

そのトレイを食卓に運び、写真を撮る。

正方形の木製トレイにぴったりおさまったごはんとお味噌汁、そしてプレートのまわりに、ワクができた。

今までも何枚も撮ってきた「卵かけごはん」なのに、ワクがある卵かけごはんは、全然違って見えた。

ワクのない卵かけごはん
ワクがある卵かけごはん

いいなと思ったら応援しよう!