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被殺害者が事業者として前払金の返金を申し出るか、警視庁が殺害者に、消費生活センターに相談することを案内していたら、西新宿タワマン殺人事件は起こらなかったかもしれない。

この記事は2024年5月8日に新宿で起きた西新宿タワマン殺人事件に関する記事です。事件の詳しい説明は端折ります。
この事件は殺害された人物が一方的な「被害者」、殺害した人物が一方的な「加害者」と言えるものではないと考えるので、殺害された人物を「被殺害者」、殺害した人物(この事実について、争いは無いと思慮する。)を「殺害者」と記述する。

殺害者は希少な車やバイクを売却し、被殺害者に金銭を渡したが、その後出禁にされ、詐欺だと主張していたようである。

殺害者は被殺害者に対してストーカー行為をしたなどとして警視庁から警告や接触禁止命令を受けている。
警視庁に対し、被殺害者は殺害者から受け取った金について「店の料金の前払い金」と主張した旨が報道されている。

元特捜検事は、本事件を単純なストーカー殺人事件と捉えることに疑問を呈している。殺害者の返金要求は法的に正当な要求だった。

この事件が単純なストーカー殺人事件とするのは適切では無く、正当な返金要求に対し、警察の対応が「冤罪」だった可能性が元検事の前田恒彦氏により指摘されている。
私がこの事件で主張したいことのほとんどは書かれている。

男は2022年に被害者の女性に対するストーカー行為で警視庁に逮捕されており、当初の報道では正真正銘のストーカーによる典型的な「ストーカー殺人」ではないかとみられていた。しかし、その後の報道を踏まえると、単純な「ストーカー殺人」という捉え方をしたら、事件の本質を見誤る可能性が出てきている。
(略)
というのも、弁護側が裁判で「『ストーカー殺人』ではなく、男は詐欺の被害者という側面があった」と主張することも考えられるからである。例えば、女性から結婚する気があるならお金をもってきてと言われ、わが子のように大切にしていたバイクや車を売り、借金までして次々と大金を渡したが、約束に反して冷たくされ、返済を求めたら警察に通報されてストーカー扱いされたもので、警察が女性にもきちんと対処してくれていれば男が追い詰められることはなく、殺人にも発展しなかったといった主張だ。
(略)
報道によると、女性は警察に相談した際、男から受け取っていたお金について、店の料金の「前払金」だったと説明していたという。厳密に言うと受け取った側なので「前受金」であり、受け取った段階で負債となり、サービス提供のたびに売上に振り替える必要があるお金だ。

 当然ながら受け取った側は前受金に見合ったサービスを提供し続ける法的義務が生じるし、店側が「出禁」にしたことで提供されなくなれば、残りを返金しなければならない。男は貸金、女性は前受金と双方の説明や認識に食い違いがあるとしても、男が返金を求めること自体は法的に当然の権利行使ということになる。
(略)
「ストーカー」認定の是非も問題に

 警視庁による2022年の逮捕の経緯も裁判で問題になるだろう。「ストーカー」として認定したこと自体の是非だ。というのも、ストーカー規制法違反で処罰するには、単に待ち伏せなどあったというだけでは足らず、それが次のような目的に基づくものであることを要するからである。

「恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」

 男には後者の目的があったとみられる一方で、女性に渡した大金を取り返すため、直談判しようという目的だったとも考えられる。弁護側が「この男からすると、詐欺被害に加え、えん罪被害まで受けたことになるわけで、司法制度に絶望し、もはや頼ることなどできないという思いから、究極の自力救済へと追い詰められていった」などと主張することも想定されるわけだ。

 そこで、ストーカー事件での逮捕当時、男と女性との間の金銭問題について警察がどこまで真摯に捜査を尽くしていたのか、男が神奈川県警に被害を訴えていた件は結局どうなったのかも重要となる。もし警視庁が逮捕までしたのに十分に解明しないままで終わっていたのであれば、手抜き捜査のそしりを免れない。

「俺はストーカーじゃねえぞ」 新宿タワマン女性刺殺事件、今後の捜査の焦点は

「前払金」の未利用分は残っていたはず

殺害者は2021年(令和3年)11月15日および同年12月16日にバイクと車を売却した旨、インスタグラムに投稿している。
同年12月には被殺害者が殺害者を通報しているようである。

バイクや車を売りに出したのが2021年。その年の12月、今回の被害者である平澤さんから通報があります。 平澤さんからの通報 「店の客にしつこく言い寄られたり、自宅の前で待ち伏せをされたりした」  警察から口頭注意を受けますが、4カ月後に再び通報されます。 平澤さんからの通報 「店を出入り禁止にした客に自宅前で待ち伏せをされた」  この時は書面で警告を受けますが、その5日後、店で待ち伏せして逮捕されることになります。  その後、自宅や店に近付かないように禁止命令を受けます。ただ、平澤さんの意向もあり、去年6月に警察の対応は終了。

https://www.nagoyatv.com/news/syakai.html?id=000348660

1,000万円をいつ渡したのかは不明だが、車とバイクの売却後と考えれば1ヶ月足らずで通報と出禁である。
上野のガールズバーの相場を調べてみたが、下記サイトで値段が明らかなのだと高くても1万円いかない程度の模様。

女の子用のドリンクを別としても1回10万円はいかないと思われる。
1,000万円の前払金を使い切るには100日、約3ヶ月は必要ではないか。
そうなると前払金のうち、未使用金がかなりあると推認される。

「前払金」であれば被殺害者と殺害者の関係は「事業者」と「消費者」である。未利用分の前払金は返金しなければならない。

被殺害者はガールズバーの経営者であるから「事業者」である。そして殺害者から受け取った金を「前払金」として受け取っているのだからその関係は「事業者と消費者」である。

消費者が事業者とした契約であれば消費者契約であり、消費者契約法の規制対象である。そして消費者契約法では消費者に一方的に不利な契約や条項を無効としている。

第八条 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除し、又は当該事業者にその責任の有無を決定する権限を付与する条項

第九条 次の各号に掲げる消費者契約の条項は、当該各号に定める部分について、無効とする。
一 当該消費者契約の解除に伴う損害賠償の額を予定し、又は違約金を定める条項であって、これらを合算した額が、当該条項において設定された解除の事由、時期等の区分に応じ、当該消費者契約と同種の消費者契約の解除に伴い当該事業者に生ずべき平均的な損害の額を超えるもの 当該超える部分

消費者契約法

当然、前払金の未利用分を返金しないという、消費者が一方的に不利な契約は無効である。よって前田氏が書いたように、未利用分は原則として返金しなければならない。

被殺害者は殺害者に対する返金を交渉すべきだった。

被殺害者は殺害者から受け取った金を「前払金」と認識していたのだから、出禁にした時点で未利用分を返金をすべきだった。
1,000万円の「前払金」返還請求なのだから弁護士に相談するのは大袈裟でもあるまい。
BtoCの事業者を顧客としている弁護士なら消費者問題を専門にしていなくても消費者契約法は把握しているだろう。
というより一般的な民法の問題かもしれない(筆者は法律の素人であり、民法を含む法律一般の話がわからない。医療や消費者問題などの特定の法律を知っているだけである。前田氏は民法の一般論(債権論)でコメントしていると思われる。)。

「前払金」を受け取っていたとして相談した時に、未利用分の返金を(裁判所に提訴されるまで)しなくて良いと回答する弁護士はいないと思われる。
被殺害者が弁護士に相談しているかどうかは不明であるが。

国民生活センターのADRや東京都消費者被害救済委員会により、未使用分の払い戻しが成立した事例

独立行政法人国民生活センターには紛争解決委員会というADR(裁判外紛争解決手続)機関がある。

これで解決した事例には後掲(長いので)のように、整体の回数券を購入して、未使用分の払い戻しが受けられた事例も存在する。

また東京都消費者被害救済委員会ではパーソナルトレーニングの未使用回数券の払い戻しで解決している。

48回、約30万円のプランを契約したが、14回目のトレーニング時に腰を痛め、医師からも辞めるように言われたので解約と返金を求めた事例である。

申立人から相手方に支払われた役務の対価から、既に提供された役務の対価を引いた差額の返還を求めるあっせん案を提示したところ、当事者双方で合意が成立しました。

https://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.lg.jp/sodan/kyusai/funsou230907.html

とのことである。それで同ページには

2 消費者契約法上の問題点
(1) 本件契約書と同時に、相手方が申立人に対して署名等を求めた本件確認書には、中途解約に際して回数チケット料金等の購入後の返金はできない旨のチェック項目が設けられており、申立人はチェックをした上で署名している。
(2) 本件確認書の内容は、本件契約の内容に取り込まれたといえるが、消費者契約法第9条第1項第1号が適用され、相手方に生ずべき平均的な損害を超える金額は、申立人に返金しなければならない。

https://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.lg.jp/sodan/kyusai/funsou230907.html

と記載されている。
繰り返しになるが、消費者に一方的に不利な契約等は消費者契約法で無効なのである。

警視庁は殺害者に対し、消費生活センターに相談するように勧めるべきだった。

警視庁が被殺害者から、殺害者から受け取った金を「前払金」と主張されたことは報道のとおり。
それなら消費者問題と判断して、殺害者に対して消費生活センターに相談するように勧めるべきだった。
さすがに東京都消費者被害救済員会の存在まで知っている警察官は少ないだろうが、消費生活センターぐらいは知っているだろう。
行政機関である警察に、行政同士の連携を求めるのは過剰な要求だろうか。
警視庁も悪質商法への注意喚起を行なっているわけで。

殺害者が被殺害者に対する恋愛感情や、恋愛感情に基づく怨恨が有ったかどうかの判断は難しく(金銭に関する怨恨はあるわけで)、警視庁によるストーカー認定が誤りだったとは現時点では判断しにくい。しかし金銭の問題は放置され、ストーカー扱いされたのでは殺害者が公的機関に頼ることはできず、自力救済しかないと追い込まれるのは心理としては理解できる(正しいとは言ってない。)。

今回の殺人事件は被殺害者および警視庁による不適切な対応が原因ではないか

そんなわけで、被殺害者の主張を前提としても、被殺害者は殺害者に対し、未利用分の前払金の返金義務がある。
前払金の返金交渉をしていたとか、一部を返金したという報道は本記事執筆時点では確認できていない。

未利用分の前払金の返金すら拒んでいるのでは悪徳業者と言われても仕方あるまい。

警視庁も、正当な返金要求をしているにもかかわらず、殺害者をストーカー認定して逮捕や接触禁止命令を出しているわけで。
それがやむを得なかったとしても、消費生活センターや法テラスを紹介するなど、返金請求に適切な機関の紹介をすべきではなかったのか。

国民生活センターADRによる整体の回数券に関する事例

【事案 27】整骨院の整体施術の中途解約に関する紛争
1.当事者の主張
<申請人の主張の要旨>
令和元年 7 月、腰と右半身の痛みがひどく、仕事に影響が出たため、相手方整骨院を訪れ診てもらった。
写真撮影とマッサージの施術を受けた後、首と肩周辺の骨のゆがみが原因と診断された。
インナーマッスル(身体の奥にある筋肉)を鍛えることと骨盤矯正が必要なため、40 回以上通院する必要がある、同じ症状の患者を診た経験があるが 32 回の通院で治った、まず施術をやってみよう、と促された。施術中に料金表を見せられて回数券の説明を受けたが、激痛があり、施術は 1 回約 7000 円だが 32 回分の回数券を購入することで約 19 万円になり、さらに本日購入すれば10%割引になるということしか分からなかった。
当日分の施術は現金で支払い、回数券代約 17 万円は相手方カード会社のクレジットカードで決済した(一括払い)。回数券は解約できないことなどが記載された同意書にサインしたが、その控え等は渡されなかった。
帰宅後、腰の痛みと右半身の痺れがひどくなったため、市販の薬を飲んだ。
3 日後、相手方整骨院に行くとマッサージとインナーマッスルを鍛える施術をされ、骨のゆがみを直す器具に乗せられた。この日も、帰宅後に腰痛と右半身の痺れがひどくなった。初診時からこの日まで 4 日間痛みがあり、仕事に行けなかった。
翌日、歩行困難になり、整形外科を受診した。医師から、ヘルニアであるため、安静にし、マッサージは控えるよう言われた。診断書では、病名が急性腰痛症と記載された。相手方整骨院に電話で診断結果を伝え、マッサージができないため回数券の解約を希望したところ、解約できないと言われた。
2 日後、相手方整骨院から、肩と首にゆがみがあり、背骨周辺の筋肉をつけるためには、インナーマッスルを鍛える必要がある、病院でマッサージは行わないようにと言われたとしても実施して問題ない、病院では治らないと言われた。契約書や回数券について送付してほしいと依頼したが対応されない。相手方カード会社からは、請求を 2 カ月保留にすると連絡があった。2 回目の施術代金は現金で支払うので、回数券代は全額返金してほしい。

<相手方整骨院の主張の要旨>
和解の仲介の手続に協力する意思がある。
申請人の請求を一部認める。
回数券代は返金するが、カード決済にかかる加盟店手数料約 6500 円を負担してほしい。2 回目の施術代金については回数券 1 回分(割引料金)ではなく、正規料金約 8000 円を支払ってほしい。

<相手方カード会社の主張の要旨>
(略)

2.手続の経過と結果(和解)
仲介委員は、期日において、申請人および相手方整骨院から施術時の様子や回数券購入の経緯等を聴取した。
申請人は、相手方整骨院の施術によって腰痛の症状が悪化したかどうかは因果関係が定かでないことから、回数券の清算ができれば、以後相手方に症状悪化について損害賠償等の請求をするつもりはない、との意向を述べた。
相手方整骨院は、回数券の代金返金には基本的に応じる意向ではあるが、相手方カード会社から、カード決済手数料(約 4%)が控除された立替払金が既に入金されていることから、カード決済のキャンセルを行うことは難しく、手数料控除後の立替払金額を返金したいと主張した。
仲介委員は、同手数料は相手方整骨院とアクワイアラーとの間の契約によるものであり、申請人負担とすることは妥当でないと指摘し、調整を図った。その結果、申請人と相手方整骨院は等分で負担することに合意し、申請人が同手数料半額の他、2 回目の通院時の施術代金約 8000 円を負担し、相手方整骨院が回数券代からこれらの金額を控除した額を返金するとの内容にて、両当事者間で和解が成立した。相手方カード会社については、カード処理の必要がなくなったため、申請人は相手方カード会社への請求を取り下げた。

https://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20200318_2.pdf


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