ワケありスナイパー(超短編小説)
彼の名はジン。
現在、十二階建てのマンションの屋上でうつ伏せの姿勢をとり、ライフル銃を手に持って、銃口を地上に向けている。
ジンはライフルスコープから、一人の中年男性に照準を合わせている。
中年男性は手にクラフトの紙袋を持って、一軒家とアパートの裏側の、ひと二人がすれ違えるかどうかというぐらいのスペースへと入って行った。
(隠れているつもりだろうが、まる見えなんだよ)
ジンは、マヌケな行動を取る中年男性にあきれつつも、憎しみのこもった視線で照準を合わせ続ける。
中年男性は、建物の奥のほうまで移動して立ち止まると、その場にしゃがみ込んだ。
(……何やってんだよ、背中が邪魔で分からないって。このスコープ、透視ボタンはないのかよ……)
ジンは、スコープの性能に不満をぶつけ、中年男性の姿勢に対してへのイライラを紛らわす。
それから数十秒ほどが経過して、ジンの念が中年男性に伝わったのかはいざ知らず、男性はその姿勢からは不自然に、百八十度反転した。
「ウソだろっ、気付かれた?」
ジンは、中年男性のあまりに違和感のあるポジションチェンジに慌てて、思わず声を漏らしてスコープから目を逸らした。
(……まさかな、二十四倍率ズームだぞ。気付くはずないって……)
ジンは心の中でそう自分に言い聞かせると、再びレンズから中年男性の様子を確認する。
案の定、男性はジンには気が付いていないみたいで、下を向いて、紙袋から中身を取り出している。
(なんだ? ……缶詰に紙皿か?)
中年男性は紙皿を地面に一枚置くと、プルトップ缶のフタを開けて、中身を割り箸で紙皿の上に移していく。
移し終えると、男性は手を二度叩いた。
すると、野良と思われる猫が一匹、男性の背後からスルッと登場した。
そして、脇目も振らずに中年男性が用意したエサに食いついた。
男性は嬉しそうな笑顔で、野良猫を見守っている。
ジンの視界からターゲットの姿がみるみるぼやけていく。
ジンは嗚咽した。
「なんだよ、オヤジ、浮気してたんじゃねぇのかよ。平日は朝早くから、会社から帰って来た後も、休日の今日だって、こそこそと家を出て行くから、てっきり女のところに行っているのかと……。ちくしょう、オヤジ、疑ったりしてごめんな」
ジンは力なく起きあがると、ボストンバッグの中にモデルガンを仕舞い込み、自己嫌悪に陥りながら、父親よりも先に自宅に戻った。