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IQ・犬の恩返し(超短編小説)

ついに人類は発明した。動物と会話をすることの出来る器具を。

動物と言っても一種類限定、犬だけではあるが……。

それでも、画期的な発明であることに違いはない。

人間と犬が会話する方法は、いたってシンプルである。

世紀の大発明である、『ワンワン・ピープル首輪』を犬の首に装着するだけで完了である。

そうするとあら不思議、犬は人間の話す全ての国の言語、その国の中の方言をも理解することができ、人間もまた、犬の話す言葉を国籍問わずに分かってしまうのである。

首輪は、約一年後から量産化される予定となっており、一般消費者が購入出来るのはそれからである。

それまでの間は各国に一本だけ、希望があればモニター販売という形で、割安な価格で国に販売される。

日本政府は、当然それを即決で購入した。そして、『ワンワン・ピープル首輪』が国民の前で初めて披露されたのは、購入後、最初の日曜日の午後七時、テレビの公共放送からであった。

その首輪を装着して、電波を通して日本国民に語りかける第一号に選ばれた犬は、すでに日本一賢い犬としてお茶の間で大人気となっていた、トイプードルのチャチャである。

司会者の紹介でチャチャが飼い主に抱かれてスタジオに登場すると、会場の観客からは、「かわいい!」やら「よっ、勤勉!」といった大声援がチャチャに向かって送られた。

そして、飼い主の中年女性がチャチャの首に『ワンワン・ピープル首輪』を取り付けると、いよいよスイッチオンである。

「……チャチャくん、チャチャくん、ワタシの言っていることが分かりますか?」

飼い主の中年女性は、地上から宇宙に飛び立った宇宙飛行士に衛星電話で話しかける、第一声の時を思わせるようなたどたどしさである。

「ママさん、分かるワン」

チャチャがそう言うと会場に居る人、テレビを観ている視聴者は、初めての体験に驚いて絶句してしまった。

ママさんはというと、世界陸上の百メートル走の決勝で、まさかの十六秒台で優勝してしまった直後の時のような、目を大きく見開いて口をポカンと開け、まだ現実を受け止めれていないといった様子である。

だが、しばらく会話のラリーが続くにしたがって、ママさんは幾分かチャチャとの会話に慣れてきたのか、自然な感じの口調になっていった。

その後も人間と犬との会話でのやり取りは続き、気が付けば二時間生放送の特番も、残すところあと十分を切った。

「チャチャくん、今日は貴重な話を色々と聞かせてくれてありがとうございます。放送時間も残り僅かとなって参りました。話の続きはまた後日聞かせてくれたら嬉しいです。チャチャくん、残りの時間でママさんや会場の皆さん、視聴者の方々に一言お願いできますか?」

司会者の男性は、チャチャにそう尋ねた。

「分かったワン。ママさん、会場の皆さん、そして視聴者の皆さん、ボクのことを日本一賢い犬だって言って、いつも特別扱いして可愛がってくれてありがとうワン。今日は皆さんにお礼の気持ちを込めて、放送終了まで、円周率を延々と言うワン」

「えっ、円周率を答えるって……皆さんお聞きになりましたでしょうか。ほとんどの方が学校で習った三桁までの数字しか分からないと思うのですが、なんとチャチャくんは、その先の数字も答えてくれるということです。さすがは日本一賢い犬です」

司会者は、犬の口から円周率というフレーズが出てきたことに、心底おどろいているといった口振りである。

「それではチャチャくん、円周率の披露をお願いします」

「分かったワン。それではいくワン」

日本中の人々が固唾を呑んで見守る。

「円周率、8.3779458128……」

ことごとく言い間違えるチャチャに、日本中が微妙な空気に包まれていた。




















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