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Muv-Luv Alternative Manchuria:第五話

※この物語はフィクションであり、実在の人物・事件などには一切関係がありません。
※オルタネイティヴ世界線とは異なる確率時空でのストーリーです。
※参考文献 「MUV-LUV ALTERNATIVE INTEGRAL WORKS」及び「シュヴァルツェスマーケン 殉教者たち」
※©Muv-Luv: The Answer


1992年06月16日 日本帝国・首都京都 斯衛軍衛士養成学校

うららかな春は過ぎ、梅雨の季節になった。
毎日雨ばかりでうんざりする。

新京では6月から8月に掛けて多少の雨は降るが、日本の梅雨のように大量には降らないので新鮮ではあるのだが。

訓練校に入って2ヶ月。シミュレータでの訓練の日々が続く。
やっと感覚が掴めてきた気がする。

そもそも人間は三次元で動くように出来ていない。
だから戦術機を駆る衛士は装備そのものの問題もあるが、適格者は少ない。
航空機のパイロットも同様であったと聞く。
私は無駄に死ぬことを許されない立場になってしまう訳だ。
戦術機ならば、歩兵や戦車などでは到底倒せない数のBETAを一機で倒せる。
人類の勝利の鍵であると言えるのだ。

「皇女殿下、今日は何か難しい顔をしておられますな」

廊下で七生と擦れ違った。
あいつは何時も馴れ馴れしい。

「私も考え事位することもある。何用か?」
「いえ、特に用事は。ただ擦れ違って何も声を掛けないのも失礼かと思いまして」
「……いや、まあ良い。用事が無ければ話しかけてくるなとも言える立場では無い。ましてや君は先輩にあたる。無碍にする訳にはいくまい」
「ええ、先輩なので何でも聞いてください」
「では……君の搭乗機は決まっているのだろう? 後学のために教えてくれないか」
「現時点では、82式戦術歩行戦闘機 ”瑞鶴”になります。F-4J ”撃震”の後継機にあたります」
「我が帝国では、F-4Mがまだ主力機だ。自国開発までは美国アメリカの所為で出来ておらぬ。その点、日本は国産機があって羨ましい」
「国産機とは言っても、まあ裏では色々ある模様でして。高度な政治的お話になりますね。なお、我が家は青の機体に搭乗することを許可されています。……まあこれでも八男とは言え五摂家の人間ですし」
「そうなのか。我が国にはそう言った伝統がないから参考になる」
「――裏で聞いた話では、殿下にも”瑞鶴”の紫色が用意されているとの事です。満洲の日本閥がかなり無理をして米国に受け入れさせたとか」
「ふむ……。美国アメリカとしては自国機を使わせたかったのだろうが。そもそも私は銃より近接戦の方が得意でな。美国アメリカ機は射撃中心になるだろうから、日本機の方が適正があると思うのだ」
「ほほう。殿下は剣術を嗜まれると。僕も一通りの嗜みはあります。満洲の剣術も興味ありますね。是非体験させてもらえませんか?」
「私のは家庭教師からの受け売りだがな。良ければ次の休みにどうか?」
「早速引き受けていただき恐悦至極。では武道館を借りる手続きがありますので、これにて」

売り言葉に買い言葉とはこう言う事を言うのか。
なんとなく流れで決まってしまった。

1992年06月19日 日本帝国・首都京都 斯衛軍衛士養成学校 武道館

何故か大勢の観客の下、私と七生が剣の手合わせをやることになった。
休日なので暇をしている生徒達、教官達まで勢揃いしている。

「審判は付けませんよ。竹刀ですがルール無用の乱取りで行きます。良いですね?」
「良かろう。どちらかが『参った』と言うまでだ」
「それでは参ります……チェストー!」

いきなり叫び声を上げて七生は打ちかかってきた。
噂に聞く薩摩示現流か……?
最初の一撃に全てを賭けると聞いている。

私は竹刀を横に構え一撃を受け止めた。
竹刀とは言え、重い……。

「ほう、これを受けるとはなかなか。しかし実戦で鍔迫り合いは禁物ですよ」

そのまま竹刀が滑り、私の右手へ打撃を与える。

「くっ! やるな! だがこの程度で降参したりはしないぞ」

そのまま横に移動、七生の脇を狙う。
しかし、七生はその動きを読んでいたのか、前転して間合いを取る。

再び私は七生と対峙する。
隙有り! と見て打ちかかったが、なんと七生は竹刀を掴んで蹴りを出してきた。
私は慌てて竹刀を手放し、後ろへ飛び退ざる。

「ふむ……これを躱すとはなかなかですな。得物は返しますよ」

竹刀を投げてよこす。
私はそれを受け取り、言って返す。

「家柄で舐めておったわ……お主、相当手慣れておるな」
「言ったでしょう? 実戦では何でもありなのですよ。流石に真剣では刃を掴むなど出来ませんが」
「言いおる! この一撃受けられるか!」

私は渾身の一撃を七生へ放つ。
しかし、これも読まれていたのか、逆に七生は私に打ちかかってきた。
その一撃を私は躱すことも出来ず、両者とも面に打撃を受ける。

「……参った。私の負けだ」
「いえ、僕も避けられないと思ったから打ち込んだまで。殿下の腕は相当なものですよ。まあ、実戦では両者共に致命傷なんですけどね」

緊張していた周囲の雰囲気が解け、賞賛のざわめきとなる。

「これまでといたしましょう。殿下、貴女は相当腕が立つ。それは自信を持ってください」
「ありがとう。また稽古を付けてくれるか?」
「それはもう、喜んで。将来の皇帝陛下に教えたとあらば、家の誉れです」

この時からだろう、私の七生への態度が変わったのは。

1992年08月10日 日本帝国・首都京都 斯衛軍衛士養成学校 戦術機ハンガー

暑い……新京も夏は暑くはあるのだが、日本ほど蒸し暑くない。
帰省する家は遠いので、私は夏休みも寮生活中だ。

エアコンなどと言う文明の利器は学生寮にはない。
よっぽど戦術機のハンガーの方が快適だ。
あそこは機械の為に空調が効いている。

練習機として回されている古くなったF-4J ”撃震”だけだが、それでも
実際に搭乗できる機会はそれほど多く無い。

……私は一日も早く国元に戻って民のために戦わなければならないのだ。
そう思うと、焦りばかり募る。

ハンガーで整備中の撃震を見ていると、背中にヒヤッとした感触が。

「殿下、こんなところで何やってるんです? 暑いでしょうし、氷菓子でもどうですか」

七生だ。売店で買ってきたであろうアイスクリームを私の背中に当てたのだ。
通りで冷たい訳だ!

「何をする! いきなり背中にアイスクリームを当てるとは!」
「いやあ、失敬失敬。殿下も暑さに参ってここに来たのだと思いまして。
どうです、一本」

そう言ってアイスクリームを手渡してくる。

「……まあくれるというならもらうが」
「素直でよろしいですよ、殿下」
「うるさい、私だって暑いものは暑いのだ」

ありがたく頂戴する。冷たくて美味い。

最近は天然食料も大分逼迫してると聞いている。
我が満洲帝国も庶民は米の飯が食べられない位食糧事情が悪化しているのだ。
西側への援助として大量の食料を輸出しているのだが、それで自国民が飢えては元も子もないが……。
しかし、我が帝国には輸出を自由に出来る権限はない。
全部美国アメリカの匙加減一つなのだ。
私の生まれる前から、我が帝国は西側への物資提供役として貢献させられてきた。
国共内戦でも、ベトナムで美国アメリカが始めた戦争でも、我が帝国が後背地として機能していたから継続出来ていた所がある。

傀儡国家と揶揄される我が帝国だが、戦前は日本、戦後は美国アメリカと主が変わっただけだ。
北はソ連、南は中共、西は外蒙モンゴルとほぼ四方はイデオロギー的に対立している東側。
辛うじて朝鮮半島が日本なので、そちら方面は安心できるのだが、東方・北方・南方の守りを固めなければならない。
実際、ソ連がハバロフスクに首都機能を移転してきたときには、東側の国境線に要塞線を築く為に国力をかなり消耗したと聞いている。
現在はBETA大戦の勃発のため、表向きは人間通しの争いはないのだが……。
隙を見せればいつ国境線を越えるか分からない連中ばかりなのだ、周囲は。

「……殿下。おーい、殿下。何を考えてられます? アイス、溶けちゃいますよ」

気がつけば、もらったアイスクリームは半ば溶けかかっていた。
勿体ない。私は急ぎ口に入れる。

「ふう、ご馳走になった。ありがとう」
「いえいえ。こう言う所だと食べ物くらいしか楽しみはありませんので。僕らは未成年ですから、お酒もたばこも駄目ですからね」
「日本の食糧事情はどうなのか? 大陸は酷い有様になってしまったが」
「南洋の食料プラントのお陰もあって、まだそこまで逼迫しておりません。舶来物好きは、欧州から品物が入ってこなくなったと文句を言っておりますが。とは言え、庶民が飢えるまでは辛うじて行っていないところです。大陸戦線の状況次第では難民などの受け入れでまた状況が変わるでしょう」
「大陸派遣軍が日本から来てくれているのには感謝している。だが、損耗も激しいと聞き及んでいる。我が帝国は中華の覇権などもう気にしておらぬが、中共と民国の主導権争いは益々酷くなっていると聞いているな。国土の半分以上を失陥しても人間達は主導権争いか……浅ましいものだな」
「同じ西側どおしだから僕達はまだ解り合えていますが、東側と米国アメリカ中心の西側には大きな意識の隔たりがあります。欧州では何度も東西で合同作戦が行われていますが、どれも捗々しい戦果を上げてはいません。……どちらも戦後の主導権を握りたいのでしょうね」
「BETAより恐ろしいのは人間なのかも知れないな……」

ハンガーの片隅で二人ともしんみりしてしまった。
涼みに来たのだが、余計薄ら寒くなってしまった気もする。


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