見出し画像

Muv-Luv Alternative Manchuria:第六話

※この物語はフィクションであり、実在の人物・事件などには一切関係がありません。
※オルタネイティヴ世界線とは異なる確率時空でのストーリーです。
※参考文献 「MUV-LUV ALTERNATIVE INTEGRAL WORKS」及び「シュヴァルツェスマーケン 殉教者たち」
※©Muv-Luv: The Answer


1992年10月10日 日本帝国・首都京都 斯衛軍衛士養成学校

夏が過ぎ、秋がやって来た。
1960年に開催された京都五輪を記念して、日本帝国ではこの日を「体育の日」と定めて祝日にしている。
本来は1940年・皇紀2600年に開催される予定だったが、先の戦争の影響で中止。
その後戦後復興が一通り終わった頃合いを見計らって開催された五輪だ。

この日に合わせて、養成学校でも体育大会が開催される。
紅白の二組に分かれ、それぞれ得点を競い合うのだ。
私は白組に編入されている。

入場行進から始まり、選手宣誓。
そして、競技が始まる。
玲花は運動が苦手なので、大会運営側の手伝いをしている。
本部のテントに居るのが分かった。

そして私は運動は得意な方なので、幾つもの競技に参加することにされてしまった。
もっとも衛士訓練校であるため、皆それなりに動けるように訓練されているのだが。

競技は順調に進んでいく。
満洲では見た事がなかったが、騎馬戦という物がある。
4人ひと組で3人が馬となり、1人が騎手となる。
騎手は軽い者の方が有利なので、私も騎手の一人となった。
戦術眼を養う事が出来ることから、かなり力を入れて開催される。
とは言え、実際の戦闘と比べれば人死にが出ないだけ平和的とも言える。

そして何故か、私が大将と言うことにされてしまった。
しかし私は競技の経験がない。
戦術的なものは他の者が補佐すると言ってはくれたのだが……。
教わったルールは簡単。落馬するか、鉢巻を取られれば戦線から脱落する。
敵の大将を落馬させるか、鉢巻を取れば勝利となるのだ。
これは確かに戦略的な競技だ。

赤組の大将は、どうやら七生らしい。
これは本気を出さざるを得ないが……何せ私には競技の経験がないのが不安要素だ。
経験者から提案された白組の戦術はこうである。
全20騎中大将の護衛に3騎。
残り16騎は錐行の形を取り敵の防衛戦を一気に突破。
そのまま大将に打ちかかり、鉢巻を取る作戦だ。

敵側の作戦は不明。
ともあれ、号砲と共に競技が開始される。

白組は事前の打ち合わせ通り、速攻で敵の守りを打ち破るつもりで行動を開始。
赤組の方は……こちらの突入を受けるのが5騎。
残り15騎は7騎ずつに分かれ、こちらの突入を両翼包囲しようと動いているのが見て取れた。
包囲される前に敵陣を突破出来るかが鍵である。

しかし、こちらの突撃は上手く受け止められた。
敵陣を突破出来ずに詰まってゆくのを、赤組側は左翼右翼から包囲。
そのまま、包囲殲滅に入った。
後は泥仕合だ。鉢巻を奪おうとする者、それを阻もうとする者。
5分経たないうちに、騎馬の7割が戦闘不能とされた。

いけない、白組の方が不利だ。
気がついたときには、既に私を含む4騎が孤立した状態になっていた。
赤組の残騎はこちらの倍。8騎だ。

このままだと包囲されて終わりだ。
私は護衛に声を掛け、敵の攻撃を避ける為に右翼側に移動を開始する。
護衛の3騎が護衛として頑張ってくれたものの、多勢に無勢。

結局隅に追い詰められてしまう。

「殿下。鉢巻頂戴します!」

七生騎が一騎打ちを挑んでくる。
これは好機。逆に返り討ちにしてくれる……!

「隙あり!」

私は七生の鉢巻を取ろうと手を伸ばす。

「おっと、そうはいきません」

七生は器用にかわす。

「これならばどうだ!」

かわした先に手を伸ばす。
だが、体制を立て直した七生の方が手が長い。

「頂きです!」

リーチの差で私は七生に負け、鉢巻を取られてしまった。

「参った! 私の負けだ!」
「今回は勝たせてもらいました。でも、作戦が当たらなければ一騎打ちに持ち込めませんでしたからね。その点では、参謀が上手くやってくれたと思いますよ」
「白組の作戦が当たれば大勝利だったのだが……。防御側に上手くやられてしまった……」
「殿下は、騎馬戦見たことないでしょう? ならば今回は上出来ですよ。僕達は何回かやってますからね」
「そうか、ありがとう。来年があれば今度は勝ってみせる!」
「その意気ですよ。次も負けませんからね!」

そして、騎馬戦は終了となった。

最後の締めは対抗1600メートルリレーだ。私は足の速さを見込まれてアンカーに選ばれている。
紅白の点数差はほぼ拮抗。最後のリレーで勝負が決まるのだ。

走者がスタート地点に並ぶ。私は最終走者のため暫し待機だ。
教官の号砲で競技が開始される。
周囲からの歓声が凄い。
一周400メートルのグラウンドを一周して次の走者へバトンを渡す。
一周目が終わった時点では、赤組に若干遅れた感じだ。
二周目。差は若干縮まったものの、まだ遅れている。

三周目……第三走者が頑張ってくれたお陰で、だいぶ差はなくなったが……逆転出来るのか……。
審判としてグラウンドに来ていた玲花が励ましの言葉をくれる。
「殿下、アンカー頑張ってください」
「分かった。では行ってくる」

そう言ってスタートラインに並ぶ。
赤組の第三走者がアンカーにバトンを渡す。
この時点では、20メートル程差が付いてしまっている。
ええい、出来るだけの力を出すだけだ!

数秒遅れて、白組の第三走者がスタートラインに到着した。
私はバトンを受け取り、全力で走り出す……!

みるみるうちに、赤組アンカーを射程に入れた。
白組応援席からも凄い歓声が上がっている。

「ハルカさん頑張れー! あと少しー!」
「逆転まであと少しですわ!」

歓声に応える暇はない。今は一気に加速するのみ!

グラウンドを三分の二ほど走ったところで、やっと赤組アンカーに並んだ。
あとはラストスパートだ。
一気に追い抜く……!

赤組アンカーも必死に走っているが、私の方が速い。
一気に抜き去って、そのままゴールした。
白組の勝利だ!

私はそのままコースにへたり込む。
玲花が走り寄ってきた。

「殿下! やりました! 凄いです!」
「……あ、ありがとう。少し休ませてくれ」

白組応援席からも皆が駆け寄ってきた。
私をもみくちゃにして勝利を喜ぶ。
少し、こそばゆい。

こうして、体育大会は白組の優勝で無事に終了した。
何故か、優勝トロフィーを受け取る役まで任された。

校長から優勝トロフィーを受け取り、振り返って皆の前に掲げる。
大歓声が起こった。

楽しい秋の一日はこうして終わったのだ。

1992年12月31日 日本帝国・首都京都

1992年もあと数時間で終わる。
級友達から、二年参りに行こうと誘われた。
なんでも、年が変わる瞬間に寺社に詣でることをそう言うらしい。
確かに、満洲中央電子台MCTVでも毎年12月31日大晦日になると日系人の為に特番を組んでいた覚えがある。

漢族や満洲族は礼教が主体なので廟に詣でるのが常だ。また、少なくない数の回教徒はモスクで礼拝する。
日系人は別だ。少なくない数の日系人が存在する我が帝国の各地には、日本本土から勧請した神社が多数存在しており、彼等の崇敬の対象となっている。
日本本土と同じ様に、彼等もまた年末年始には神社を詣でるのだ。
我が帝国はかように多民族国家である。

そんな事を考えながら少し厚着をして――新京の寒さよりはかなりましだが――待ち合わせ場所に赴く。
そこには既に級友達が待っていた。

「ハルカさん遅いですわ。早く温かい甘酒が飲みたいです」
「申し訳ありません。少々準備に時間が掛かりました」
「それにしても、それは少々厚着ではありません?」

私の格好を見て級友が言った。確かに、冬の新京で着ていたものをそのまま着てきただけだ。
厚手のコートに毛皮の帽子。新京の寒さはこれでも辛いのが、京都はそこまで寒くない。
級友達は私より薄手のコートや手袋などで防寒してるようだ。

「済みません、新京ではこのくらい着込まないと冬は辛いもので。冬着はこれしか持っておりませんから、つい仕方無く」
「まあまあ、もこもこで可愛らしいではありませんか。さあさあ、早速行きましょう」

私は京都の地理には詳しくないので、行先は級友任せだ。

「そう言えば行先はどちらに?」
「ハルカさんでも、清水寺くらいは聞いた事あるでしょう? 今日はそちらに行きますわ」

清水寺……「清水の舞台から飛び降りる」のあの清水寺か。
かの有名な場所に行けるのは楽しみである。

それから市電を乗り継いでしばらく。
凄い人だかりを書き分けて、私達は清水寺の有名な舞台へ到着した。
ここからだと、京都の町並みが一望できる。
京都の町並みは、まるで大陸で戦争しているのが嘘の様に美しい。
――この時ばかりはその美しさに我を忘れそうになった。

「23時57分ですわ! あと3分で年が明けましてよ!」
「来年もまた無事に皆で2年参りが出来る様に!」
「――5・4・3・2・1、1993年ですわ!」
「明けましておめでとうございます」
「おめでとうございます」

私はあっけにとられた。満洲族の間ではこう言った習慣があまり無いからだ。

「ハルカさん? 何をぽかんとしていらっしゃいますの?」
「あ、いえ、私の国ではこう言った習慣が無いので……」
「まあまあ! これからしばらく日本に居るのですから、慣れてくださいませんと」
「で、では改めて。――明けましておめでとうございます」
「はい、おめでとうございます。では身体も冷えたでしょうし、甘酒でも頂きに参りましょう!」

それにしても凄い人だかりだ。
移動している撃ちに群衆に紛れて級友達を見失なってしまった。
こう言う時は下手に動いても仕方無い。
私は甘酒の出店で一杯注文して、用意してある座席に座った。

「おや――殿下ではありませんか。こんな所で奇遇ですね」

この声は……七生か?

「やっぱり殿下だ。初詣ですか? お一人で来られたので?」
「いや、級友達とはぐれてしまってな。お主こそ一人で来たのか?」
「そうですよ。実家に居るとなんだかんだとうるさいし、立場が立場ですから級友達ともそこまで親しくありませんで」
「そうなのか……悪い事を聞いてしまったな」
「いえいえ、こうして殿下と遭遇できたので全く問題無しです。良ければ少しお付き合いしても?」
「ああ、構わん。寒いだろうから甘酒でも飲んで温まると良い」
「ではお言葉に甘えて。隣、失礼しますよ」

甘酒が運ばれてくる。

「それでは新年と我々の武運長久を祈って」
「乾杯!」

冷えた身体に甘酒が染み渡る。腹の底から温かくなってきた。

「殿下。良ければ舞台の方へ行きませんか」
「そうだな。また京都の町並みが見たい」
「では参りましょう」

再び、私は清水の舞台から京都の町並みを一望する。

「どうですか。1000年の都は」

七生が聞いてきた。

「素晴らしい眺めだ。この眺めが破壊される様は見たくないものだな……」
「ええ、その為に僕らが身を挺して戦う必要があるのです」
「そうだな。民のため国のため。国籍は違えど、それは同じと思いたい」
「殿下。前に新京の街を見せてくれると仰いましたね? あれは何時出来そうですか?」
「訓練校での訓練が終わり次第……何とかしたいと思う。ここ京都にも負けない街並みを見せてやろう」
「……それで僕はまた一年頑張れます。ありがとう殿下」

それはこちらの――と言おうとした時、私の名を呼ぶ者がいた。

「ハルカさん! やっぱりこちらに戻ってらしたのね!」

先程はぐれた級友達だ。

「おっと、見つかると色々詮索されそうだから僕はこれで失礼しますね。では殿下。良い新年を」

七生はそう言い残して立ち去った。

そして級友達が私を囲む。彼女らの気持ちはとても温かい。
私にとって初めての日本の正月。それはとても温かいものだった。
願わくば、来年も同じ様に迎えたいものだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?