消えたカエルたち
僕が小学校3年生くらいだったと思うので、あれは昭和51年頃のことだろうか。
ある日曜日、近所の戸田川に家族4人で魚釣りに行った。釣りと言っても、粗末な竹竿でフナを数匹釣るくらいである。
川に行くまでは草が生茂る沼地が広がり、そこでは青大将が這っているのをみた。
「蛇なんか、わたし、いかん!」
当時35歳くらいの母親は、父、兄、僕の後から恐々と歩いてきた。
いかん!というのは、名古屋弁で「駄目! 苦手! 勘弁して!」というような意味だ。
はっきりした記憶はないけど、その日、僕たちはフナだけじゃなく、カエルを捕まえた。しかも5匹も。
一番でかい大将格のカエル。僅かに小さいナンバー2のカエル。こいつだけは他の4匹とは違う黄土色っぽい肌をしていた。
それから中くらい、やや小さめ、もう少し小さめ、の計3匹。一番小さいと言っても10センチ弱だっただろうか。そこそこの大きさはあった。
僕は、幅50センチくらいの水槽で、そのカエルたち5匹を自分の部屋で飼い始めた。
水槽には濡れた土を敷いて、適当なサイズの石を置いただけだ。問題は餌だが、これは僕が毎日庭で何か虫を取ってくることになった。
学校から帰り、庭に出て虫を探す。木の葉っぱには、カナブンがよくいた。捕まえるとフンを出すやつだ。
そのカナブンを、カエルたちの水槽にポトリと落とす。
しばらくすると、瞬時にカエルが舌を伸ばし、カナブンが消えた。
「すげえ!」
カナブン、ハエ、アブもあげた記憶がある。ハエをとるのは、母もよくやっていた。
「あんた、カエルなんか部屋でよう飼っとるなあ!」
母の姉には、そんなことを言われた。
長電話の中で、母がそんなことを教えたに違いない。
今振り返ってみると、自分でもよくあんなの部屋で飼ってたなとは思う。
カエルたちは夜も鳴くことはなかった。あまり動かず、水槽の中で各自の場所にいつもいた。
そして互いの姿をじっと見つめていた。俺たちは一体どこにいるんだろう、とでも言うように。
そんな日々が数ヶ月続いただろうか。
ある朝、母の叫び声が聞こえた。
「あんた! カエルがおらん!」
飛び起きた僕は、床に置いた水槽を見た。母がそこを指差して、もう一度叫んだ。
「一匹おらんよ!」
それは日曜日だったのだろうか。父親もやってきた。
「なにい? カエルがおらん!? なんでだ!?」
3つ年上の兄もやってきて、家中は大騒ぎになった。
確かに一番小さいカエルがいない。水槽には4匹しかいないのだ。
「逃げたかも」
僕は部屋中を探した。ベッドの下に潜り込み、押し込んであったエポック社野球盤や生き残りゲームを引きずり出して探した。
だがいない。
「どおこ、行ってまったろう!?」
母がそう行った時、父が冷静な口調で言った。
「見てみよ。そのカエル、おおきなっとるぞ」
父が指差したカエル。
最初から一匹だけ雰囲気が違ったナンバー2の黄土色カエル。そいつの体全体が確かにパンパンに膨れあがっているのだ。
「こいつが食ったかも分からんな」
父のセリフに僕たち家族は水槽の前で固まった。
カエルがまさかカエルを食うとは。
アマガエルとかじゃない。そこそこ大きいカエルを。そんなばかな。
「餌が足りんかったろうか」
ハエを捕まえては、弱らせて飛べないようにして水槽に落としてやる担当だった母が、自分の責任だとでも言うようにポツリと呟いた。
4匹のカエルたちは、俺は何も知らない、と言う顔つきで、そこに座り続けている。
あの口の大きさで、まさかカエルを・・・・。
こいつら、こわい・・・・・。
僕は反省し、それまで以上にカナブンやら虫を取って、残った4匹にあげることにした。
だが、次の悲劇がやってきたのはすぐだった。
1ヶ月後、ある朝、また母が叫んだ。
「見てみやあ、これ!! また1匹おらん!!!!」
二番目に小さかったカエルが消えている。
僕は、すぐにナンバー2のカエルに視線を投げた。
前回以上に腹をデカくしたそいつは、僕の視線に気づくことなく平然としてそこに座っている。
こいつ・・・・。
僕が寝ている時、この部屋でどんな惨劇が起きたのだろうか。
まさか目の前にいるやつに食われるなんて・・・。
やめろ! 俺を食うなあ!
カエルの叫び声が、深夜この部屋で響いたというのか。
「まあいかん!! これ、まあいかん!!」
狂ったように母は叫び続けている。
そして、父はカエルたち3匹を庭に逃した。
「ネコに食われるかもしれんが。運がよければ公園か運河まで行くわ」
近所には池がある公園や運河があった。
庭をぴょこぴょこ跳ねていくカエルたちを見ながら、僕は縁側に座って、少し寂しい気持ちに浸った。
それからしばらく、カエルたちの姿は庭で見ることができた。しかしやがてナンバー3が見えなくなり、続いてナンバー1もいなくなった。
1年近く、ずっとそこにいたのは、れいのナンバー2だった。
「ああれ、あんた今日はこんなとこにおったの?」
母は庭の植木に水をまくとき、そいつを見つけると、まるで旧友にあったかのように懐かしみ、水をいっぱいかけてやった。
そいつの腹は、気のせいかいつもデカく見えた。
そのとき僕は、そのうち自分が食われるかもしれない、と思った。