秘話 ロングアンドワインディングロード
「もうやめだ! もうやめてやる! 脱退してやるぜ!」
帰宅するなり、荒れまくる夫、ポールマッカートニーに、新妻リンダは不安げな表情で声をかけた。
「どうしたの、ポール? またジョンと一悶着あったのね」
「まあそういうことさ。リンダ、いいからこれを聴けよ」
ポールが差し出したのは、一つのカセットテープだった。
「まあ、またビートルズで新曲作り始めたの?」
「違うよ。なかなか世間に出せない呪われたプロジェクト、レットイットビーセッションで録ったザロングアンドワインディングロードさ」
「早くあの名曲をファンに聞いてもらいたいって言ってたあの曲ね」
当時、娘と一緒にスタジオを何度も訪れたことのあるリンダは、その荘厳な曲をよく覚えていた。
「ようやく映画プロジェクトが動き出していてね。どうやら今年映画公開と共に、この曲も入ったアルバムが出せるみたいなんだ」
「すごいじゃない、ポール!」
「ところがどっこいだ。あの3人がめちゃくちゃにしようとしてるんだ。フィルスペクターっていう、昔から僕たちの知り合いなんだけどね。この男に3人が勝手にプロデュースを頼んでさ」
3人というのは勿論、ジョン、ジョージ、リンゴだ。
リンダは、ここでもポールと3人の亀裂が深刻なことを知った。
「じゃあ、今回はネクタイが素敵なジョージのプロデュースじゃないのね?」
デビュー以来、ずっとビートルズのプロデュースを担当してきたジョージマーティンが外されると聞いて、リンダは美しい表情を曇らせた。
「そのフィルがだな、俺の、俺の名曲、ロングアンドワインディングロードをめちゃくちゃにしたんだよ!」
顎の髭を弄りながら、ポールは童顔を険しくして、外の風景を見つめた。
「めちゃくちゃって・・・、どういうこと? リンゴがドラム叩いたとか?」
「そんなレベルじゃない。勝手にだな、俺の了解を得ることもなく、あいつは俺の曲にオーケストラやら女声コーラスを被せやがったんだ!」
ロンドン北東部、閑静な住宅街にビートルズのベーシストの怒声が響き渡った。
「まあ・・・・、だってあのプロジェクトは確か、原点回帰がテーマで、オーバーダビングは一切しないっていう」
「そこなんだよ。それがいいんだよ、あのプロジェクトは。ロングアンドワインディングだってさ、シンプルになんの飾りもない曲だからこそ良さが出るんだ。それをオーケストラだの、よりによって女声コーラスだなんて・・・」
「女声コーラスって、まさか髪の長いあの女じゃ・・・・」
リンダはそういいながら、密かに笑みをこらえた。
「あの芸術家だったら、俺は発狂してたけどね。まあそうじゃなくても、ビートルズの曲に女声コーラスだなんてね。あり得ないさ」
「で、3人はなんて言ってるのかしら」
「最高だ。さすがフィルだ、だって。リンゴまで調子に乗って、ポール、これがいいんじゃないか、わかんないかなあ、だって。あのデカっ鼻をシンバルでぶっ叩いてやろうかと思ったぜ」
「まあまあ、落ち着いて」
夫をなだめながら、リンダはカセットテープを手にとった。
「じゃあ、早速一緒に聴いてみましょうよ。どんなにそのフィルっていう悪漢がひどいアレンジをしたのか、興味津々だわ」
そして、二人はベッドルームに行き、床に座って一緒にその曲を聴いた。
3分40秒の曲が終わった後、リンダは前を向いたまま、ポツリとつぶやいた。
「ちょっと・・・、めちゃくちゃいい感じじゃないの、これ」
「え?」
ポールは頭上から鳩のふんが落ちてきたときに浮かべるような、間抜けな表情で絶句した。