億越え医師の採用基準①-医師の特殊性を考えろ-
さて、今回は、「医師の雇用」というテーマで考えていく。
医師の雇用を考える時に重要なのが、医師を取り巻く環境と、一般職と違う医師の特殊性を理解することだ。
一般職と違う医師の3つの特殊性
厚生労働省の「第22回医療経済実態調査(令和元年に公表)」によると、勤務医の平均年収は1,328万円で、開業医の平均年収は2,745万円と報告されている。
かつてよりは、医師の年収は減少傾向だが、依然として高い水準である。
一つ目の特殊性は、医師の採用市場の流動性が高いことである。
これは、医師自体の平均年収が高いことに起因している。
開業勤務医(開業医の元で勤務する医師)↔勤務医↔独立開業と、いずれの勤務形態をとってもある程度の年収が基本的に保証されているために、医師の採用市場が非常に流動的なのである。
また、医師の将来需要の回で書いた通り、2022年時点では医師人材は(需要)>(供給)のバランスになっている。
これも流動性に拍車をかけている。
もう一つ、医師の特殊性として挙げられるのが、学問としての「医学」の存在だ。
医師にとっての「医学」は、学問体系であると同時に、自らのスキルの源泉、つまり商売道具であるのだ。
さらに、医学の進歩は早く、ついていくためには日々アップデートを続けなければいけない。
医師にとっては医学が自身の価値の源泉であるために、最新の医学が学べる環境というもの自体が高い年収と同じくらい価値を持ちうるのだ。
以上あげた
①高い平均年収に起因した人材の高い流動性
②(需要)>(供給)の採用市場バランス
③自らの価値の源泉である学問としての「医学」の存在
の3つの特殊性が医師の採用市場を極めて流動的なものにし、採用を困難にしている。
医師次第で収益は倍変わる
さて次は、医師の意識と医業収益というテーマでみていこう。
私は知り合いの分院展開をしているクリニックの収益構造を知っているが、その全てのクリニックで、雇われ院長の分院は赤字で、その赤字分を医療法人の理事長(オーナー)のいる本院の黒字分で補填している構造になっている。
人間というのは現金なもので、給与が同じならば楽したいと思うもの。
そこまで思わなかったとしても、医療の場合、収益を上げようとすると圧倒的に医師に負担がかかるため、分院院長にとって分院収益と院長負担増は正の相関の関係となる。
もう一つ、これは私も開業医になって分かったことだが、分院院長は収益を上げるための保険診療の構造に詳しくない、ということがある。
例えば検査Aと検査Bがあって、検査結果で得られる情報は両検査ともほぼ同じ、診療報酬もほぼ同じ、ということがある。
しかし、検査Aをするには看護師が15分取られるのに対して、検査Bをするには5分しか、かかからない場合、当然経営的には検査Bが優秀となる。
実際には、得られる医療的情報が違ったり、診療報酬が違ったりするので、各々の検査の①得られる医療情報、②診療報酬、③かかる経費(人件費や医療資材)の全てを把握しておかないとクリニックの効率的な経営はできない。
医師の雇用で成功するためのポイント
クリニックがある程度軌道に乗って、患者数が増えれば増えるほど、院長の負担は増加する。
医療の収益構造は、どこまでいっても医師の労働集約型モデルのため、当然である。
そこで、患者数の増えてきたクリニックの院長が考えるのが、医師の雇用である。
基本的には、まず週1回午前診などを非常勤医師に任せて、徐々に曜日を増やしていき、上手く回ってきたら、常勤医師を雇用するケースが多い。
ここで重要になってくるのが、院長の自分が同じ診察枠で診療した時と比べて、いかに収益を落とさずに、雇用した医師にバトンタッチできるかだ。
これは漫然と医師を雇用していては絶対に達成できない問題で、戦略的に雇用する医師を選定し、任せる診療内容を吟味する必要がある。
具体的に、収益性を落とさずに診療を委ねられるパターンを考えていく。
①エンゲージメントの高い医師を雇用する。
まず考えられるのは、自分の家族もしくは、自分と強固な信頼関係を気付いている医師を中隔にすえるパターンだ。
家族の場合、一般的に(夫婦)>(親子)>(兄弟)>(親族)の順でやりやすい。
ただし、兄弟・親族は関係性によっては避けた方がよい場合もあるので、ここは各事例によって慎重に検討するべきだろう。
家族以外の場合は、研修医時代や勤務医時代の同期や後輩がいいだろう。
実際に彼らの働いているスタンスが分かっているから、自分の経営方針と合うか合わないかも判断しやすいし、経営面でのお願いも聞き入れてもらいやすい。
もし、分院展開などを考えている場合は、これらのエンゲージメントが高い医師を分院長にすえると、比較的うまくいきやすい。
②雇用医師の診療担当範囲を限局する。
もし、A.エンゲージメントが高い医師を採用できなかったり、あるいはB.エンゲージメントが高い医師は意見が割れた時に扱いに困るから嫌だ、という方はパターン②をおススメする。
診療分担範囲を明確にするとは、
「〇〇先生には、この検査をお願いします」
「〇〇先生には、この予約外来をお願いします」
というように、雇用した医師の診療範囲を絞り、明確にすることだ。
診療分担範囲を明確にすることで以下のようなメリットがある。
・スタッフのオペレーションが組みやすい。
・診療マニュアルを構築しやすい。
・予約制にすることで、診察人数をコントロールしやすい。
・収益が安定化する。
例えば内科系なら、腹部エコーや内視鏡検査などをバイト医師に任せるケースなどは典型例だ。
基本的に医師には、1.検査→2.所見入力→3.結果説明だけをやってもらえばよく、検査機械の使い方だけをバイト医師に教えれば、基本的には回る。
検査に回る患者さん、というので疾患範囲も狭められるので、バイト医師側からしても非常に取りつきやすい。
また、急にバイトなどの応援医師の勤務体系が変わったりした場合でも、予約制検査なら、検査枠を調整することで対応しやすい。
また、仮にバイト医が、検査を回すのが遅い先生だった場合でも、あらかじめ「1日〇件をこなしてください」というのを明言していれば、医師の技量によって収益のブレが出にくくなる。
③医学的なインセンティブを用意する。
3つ目は、医学的なインセンティブを用意するパターンだ。
開業医であっても、何か技術的に秀でる部分があったり、経営的に優れた部分があれば、それを魅力的なフックとして採用でアピールする。
そうすることで、通常では採用できないような優秀な医師を採用できたり、エンゲージメントを高くできるのだ。
番外編:予約外診療を任せるのは上手くいく?
逆におススメしないのが、予約外診療(時間予約制外来)だ。
特に内科と外科の症例が入り混じる予約外診療などは、新専門医制度以降、専門分化がすすんだバイト医師の中で対応できる者は少なくマニュアル化も難しい。
取り扱う疾患も多いため、スタッフのオペレーションも複雑化し、慣れている院長と、慣れないバイト医では、単位時間あたりに診療できる患者数が場合によっては3倍ほども違ってくる。
まとめ:医師の特殊性を考えたシステム設計が、安定経営を生む
これまで述べた医師の特性、ペルソナを十分に理解しないと効果的に医師の力を発揮させることができない。
医師を雇用するときは、担当してもらう診療科や疾患、目的を明確にし、属人的でないシステムを作り上げてからでないと危ない。
これは分院展開を考えるときでも同じである。
つまり、優秀な医師を分院長にすえる、というよりは平均的などんなタイプの医師がきても回るようなシステムにする。
そういう意味では、差別化しにくい保険診療のクリニックよりも、自由診療のクリニックの方が、クリニックのサービスや内装の雰囲気などでパッケージ化しやすく分院展開に向いている。
将来的に医師を雇用して院長の負担軽減を考えている方、医師を雇用して自院拡張や分院展開を考えている方は、限界まで1人でやって人手が足りなくなってから雇用するのでは、上手くいかない。
経営に少し余裕のある時にこそ、院長の役割をスタッフにどんどん委譲していってオペレーションを固めていったりマニュアル化をすすめていき、脱属人化ができてから医師を雇用すると成功する。
最後に重要なことは、人材のパイプを作ることである。
勤務医時代の病院との人材パイプ、医局との人材パイプなどがあると強力だ。
医師の質が担保されるし、万が一、バイト医師が急に来れなくなっても、代役を送ってもらえる体制は非常に頼もしい。
これが無理なら、医師人材派遣会社の各担当とのパイプ形成が必須である。
以上、今回は、医師の採用市場の背景と、採用のポイントについて述べた。
次回は、看護師の採用について考える。